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1話『厄介な依頼』

 学生の本分は勉強だと大人は言う。

 事実その通りだと思うし、俺も必要だから中学時代はずっと勉強をしてきた。


 そんな俺の中学でのあだ名は――


「根暗ロボットなんて酷いですっ! お兄ちゃんは暖かい心を持っています……だから絶対にロボットなんかじゃありませんっ!」


 相変わらず優しい妹だ。

 こんな俺のために怒ってくれるのだから。


「ありがとう、でも大丈夫だ。他者との交流を拒否して生きてきた俺にも原因はある」


「そうだとしても……誰よりも勉強を頑張ってきた人に向かってロボットだなんて……」


「いや、ロボットはまぁいいんだ。それよりも俺が気になっているのは、あれだ……根暗の方だ」


「え、根暗の方……ですか?」


 妹が微妙な顔を浮かべている。

 何故だ?


「だって可笑しいだろ。俺のどこが根暗なんだ。身体だって鍛えているし」


「で、ですよねっ!」


「それにあれだ。もしも俺が大学生だったのなら、おそらくクラブで踊り明かしているだろう」


「クラブ……」


「都会にいって川に飛び込んでもいいぞ」


「うわ……根暗の人が考えるパリピです……」


「え?」


 俺は慌てて妹の顔を見ると、哀れむような目がこちらに向けられていた。


「ごめんなさい……私の病気のせいで、お兄ちゃんには無理をさせて……」


「え、いや……なんで今の流れでそんな話に?」


「お兄ちゃんがそんな暗い性格になったのは私のせいですから!」


「いやいや、暗くないから」


「病気の治療費の為ですよね? 大手に就職できるように難しい学校への入学、それも学費免除の為に推薦まで。その為にずっと机に向かって黙々と勉強だけをして……暗くなるのも当然です!」


「一応毎日筋トレを……まぁうん……そうだな」


 どうやら俺は根暗な人間らしい。

 しかし後悔などあるはずもない。


 俺は妹の病気を治す為なら――人生を捨てられるのだから。


 だって可哀想だろ。

 小さい頃から身体が弱く、数年前には治すのが難しい病気にかかった。


 そのせいで生活のほとんどをベッドの上で過ごしているのだから。


 普通に学校へ行けているだけ俺はまだ幸せだ。


 だから俺は根暗でもいい。

 なにより名門校への推薦だって手に入れたんだから。


「あ、お兄ちゃん、携帯が鳴ってますよ?」


「本当だ……誰だろ?」


 携帯を見ると知らない電話番号が表示されていた。

 そもそも俺の電話帳に家族以外の番号は登録されていない。


 そんな悲しい現実に目を逸らしながらも、俺は臆する事なく電話に出た。

 すると――


「君は妹の為に高校生活を捨てられるかい?」


「勿論です」


「……即答か」


 開口一番から凄い問いかけだな。

 俺も反射で答えてしまったが。


「えっと、貴方はどこのどちら様でしょうか?」


「私は九条グループ会長の九条英明である」


 九条グループ。その名前には聞き覚えがあった。

 銀行から家電、医療事業まで、多くの事業に携わっている超大手企業だ。


「なるほど……それで、九条会長がどのような用事でしょうか?」


「ふむ、疑わないのかね? いたずらだとか」


「イタズラなのですか?」


「いいや、私は正真正銘の九条英明本人である」


「それなら何も問題はないのでは?」


「君に問題がないのならそうだな」


 よく分からない会話の後、咳払いを一つした会長は言った。


「君の妹さんの病気を治してやる。それも最先端の技術での治療だ」


「……お金がありません」


「金の心配は不要だ。手術から退院、その後のケアに掛かる費用の全てを儂が出してやる」


 神だ。電話の向こうに神がいる。

 それほどまでに会長の言葉は、俺達にとって救いそのものだった。


「もしもそれが本当なら是非もありません。私個人に可能な事なら何でもやります」


「ふ、やはり君は調べた通りに優秀だな」


 調べた通り? そんな疑問が浮かぶが、会長の言葉が続く。


「高校生活の全てを捨てろ、そう言ったらどうする?」


「捨てます」


「詳しい内容を聞かずにか?」


「貴方が妹の病気を治してくれるというのなら、私はマグロ漁船にだって乗ってみせます」


「何故にマグロ漁船……しかしなるほど、君の覚悟は分かった」


「それはつまり、妹の病気を治してくれるということでしょうか?」


 俺は妹を見つめる。真剣に話す俺を心配そうに見つめる愛すべき妹を。


「いいだろう、報酬は前払いで構わない。明日にでも手術できるように手配しよう」


 あまりにもトントン拍子で物事が進んでいく。

 しかしその全てがこっちに都合がいい。

 ならば乗るしかない……このビックウェーブに!


「私はどうすれば?」


「君には妹さんの手術成功後、とある街に引っ越ししてもらう」


「引っ越しですか」


「君には三年間、その街で暮らし、そこの学園に通い、そして――私の娘の学園生活をサポートしてもらいたいのだ」


「娘のサポート……?」


 それからは激闘の毎日だった。


 会長の言葉通りに妹はすぐに大きな病院で手術を行い、無事に成功した。

 大きな手術だったのでリハビリは必要らしいが、それでも命に別条はないという。


 妹の手術を見届けた俺は指示された通りに引っ越しをした。

 何の変哲もない街の――超巨大なマンションの最上階に。


 どうやらこの身の丈以上過ぎる部屋が俺の三年間の住まいらしい。


 しかし喜んではいられなかった。

 なにせ高校入学まであと数日しかなく、それまでに俺にはすることがあった。


「絶対に読むべし、ね……」


 俺の手元には殴れば人を殺せる程度には分厚い本があった。


 どうやら受けた依頼に関係する情報が全てこれに乗っているらしい。


 それから俺は寝る間も惜しんでその本を読んだ。

 そして理解した。


「厄介な依頼という訳か」


 本の中にはサポートする相手、つまりは会長の娘である『九条くじょう 彩華さいか』の情報が記載されていた。


 そしてその情報を纏めた結果、少女の性格を一言で表すと――


「傲岸無礼」


 その一言に尽きるのだった。

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