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防衛に徹するのであれば、策を出しましょう

 オリバー・セルフリッジは、“戦争”という言葉からはおよそかけ離れた人物だった。温厚で仮に敵国の人物であったとしても、できる限り傷つけないように済ませようとする。ただし、その智謀は広く知られており、だから遠く海を隔てたプーチダ王国が侵攻して来ていると分かった時、彼は国によって呼び出され意見を求められたのだ。

 政治家や官僚達の前で彼は言った。

 

 「防衛のみに注力するのであれば、充分に勝機はあります」

 

 その言葉を彼らは信じなかった。プーチダ王国の軍事力は凄まじく、彼らの国とは圧倒的な差があったからだ。

 その疑問を受けると彼は言った。

 「もちろん、何の策も弄しないのであれば我々は敗けてしまうかもしれません。いえ、敗けないまでも、多くの兵士が殺され町や村も破壊されてしまう事でしょう」

 その発言に彼らは

 「ならば、策を弄すれば、この戦争に勝てると言うのか?」

 と問いかけた。すると彼は自信満々に、

 「もちろんです」

 と、そう答えたのだった。

 「プーチダ王国は凄まじい軍事力を持っていますが、家畜の種類には恵まれていません。わずか二、三種類のみだそうです。それに対し、我が国には牛、豚、馬、羊、山羊、家鴨、鶏、蛙等々、実に十種類以上の家畜がいます。敗ける道理がありません」

 その謎の説明に、政治家や官僚達は首を傾げた。当然かもしれないが、彼が何を言っているのか分からなかったのだ。苛立たしげに宰相が問いかける。

 「それがどうしたのだ? まさか、貴殿は家畜達に国を守ってもらおうなどと思っている訳ではあるまいな?」

 それに涼しい顔をして、セルフリッジは返す。

 「はい。実はその通りです」

 政治家や官僚達は顔を見合わせる。

 続けて彼は言った。

 「もっとも、神々の力も借りますけどね」

 その言葉に宰相らは呆れたが、それに構わず彼は言った。

 「――もしも、決してこちらからは相手国に攻め込まないと約束していただけるのなら、最小限の被害でこの国を護る策を出しましょう。どういたしますか?」

 政治家や官僚達は頷いた。そもそも侵略を防げるかどうかも分からないのだ。相手国に攻め込めるはずがない。

 それを受けるとセルフリッジは策を語り始めた。その策は、政治家や官僚達にとって驚くべき内容だった。

 

 プーチダ王国の軍が攻め入ったのは東側の海岸だった。彼らの予想に反して何の抵抗もなく順調に進む事ができた。その地域は牧歌的な村々が多くあり、人々は既に避難していたが、家畜や食糧は多く残されており、飢えや渇きに兵士達が苦しむ事はなかった。

 斥候からの報告によれば、その先は自然の要害になっており、どうやら敵国はそこを防衛ラインにしているようで、軍を集中させているらしかった。

 この作戦の最高責任者は、その策を聞いて笑った。

 「防衛に徹するのなら、食糧は全て持っていくか焼き払うのが定石。連中はよほど慌てていたようだ」

 長い船路に兵士達は疲れ切っていた。食糧が充分にあるのならば、無理をして攻める必要はないだろう。しばらく休養してから、侵攻を開始すれば良い。

 最高責任者は兵士達に休むように命じた。

 が、一部の兵士達はその指示を不安に想っているようだった。

 「この国の神々は、自分達を信じない余所者には厳しいと聞いています。激しく祟るのだとか」

 最高責任者はその兵士達の不安を「臆病者め!」と一蹴した。我々には我々の神がいる。なぜ、その加護を信じないのか?と。

 

 ――がしかし、それから祟りは本当に始まってしまったのだった。

 

 二週間が過ぎた辺りだった。多くの兵士達の体調が悪化し始めたのだ。頭痛、高熱、鼻血、嘔吐、腹痛。彼らは様々な症状に悩まされているようだった。

 当然ながら、「神々の祟りだ」という噂が広まり、兵士達の士気は大きく下がっていった。

 最高責任者はそれを「迷信だ」と馬鹿にしていたが、やがて自分の体調も悪くなり始めるとそれを否定できなくなっていた。恐らくは疫病なのだろう。だが、疫病が流行るのならばこの国の人間も同じはずだ。何故、我々だけが苦しんでいるのだ? まさか、本当に神々の祟りなのだろうか?

 少なくとも、斥候の報告によれば、この国の軍隊に体調悪化の様子は見られないようだった。

 ――こんな状態でいるところに攻め込まれたら一溜りもない。

 彼はそれでも粘りたがっていたが、自身の病状の悪化もあり、部下達の説得に従い、やがては軍を退く決断をしたのだった。

 

 「……予想よりも、少し早かったですね。相手の責任者は賢明な方だったようだ」

 プーチダ王国の軍が退いたという報告を受けて、オリバー・セルフリッジはそう語った。

 「まさか、家畜の種類が少ない事が、軍事力の強さに影響するとは思っていなかったでしょうに」

 

 家畜は人々の生活に様々な恩恵を与えてくれる。毛皮、肉、乳。だが、メリットがあるばかりでなく、大きなデメリットもあるのだ。その一つが伝染病の原因になる点だ。家畜が伝染病を媒介するし、また伝染病発生の原因になりもする。家畜の中で新たな伝染病が生まれ、それが人々を蝕むのである。それにより、数多の人命が奪われて来た。

 だから家畜の種類が多くなればなるほど、伝染病の脅威は大きくなるのである。

 しかし、それは同時に家畜の種類が多い社会に生きる人々の方が、多くの伝染病への耐性を持っているという事でもある。

 当然ながら、家畜の種類が少ない地域に暮らす人々が、多い地域に移動してくれば、伝染病に感染して病に苦しむ事になる。その為、そのような地域に暮らす人々が軍事侵攻して来ているのであれば、長期戦に持ち込むだけで、戦局は大きく有利になるのだ。

 

 防衛に成功した事を受けて、政治家や官僚達はオリバー・セルフリッジとの約束を破り、プーチダ王国に攻め込む計画を立て始めた。だが、結局は計画は却下された。この国にはプーチダ王国程の航海技術はなく、兵士の多くが耐え切れないだろうとセルフリッジから説得をされたからだ。

 下手したら、相手国にも辿り着けず、軍が壊滅してしまう。

 もっとも、彼が戦争を止めたかった理由はそれだけではなかった。元より彼は戦争が嫌いだが、発病しないだけで多くの病原菌を持っているだろうこの国の人間が攻め込めば、軍人だけでなく、多くの一般の人々が疫病の犠牲になる。それだけは絶対に許せなかったのだ。

 

 “無理に他国の資源を奪わなくても、充分に私達は仕合せに暮らしていけるのに、どうしてわざわざそんな事をしようとするのでしょうねぇ……”

 

 残念がる政治家や官僚達を見て、彼はそっと心の中で呟いた。

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