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7.事件全容

     


「鍵はかかっていたはずです」

 悠紀子は考えながら答えた。

「このあたりは人家もないし、よそからの車や人が通る場所でもないのですが、やはり物騒なので施錠はきちんとします」

「どんな鍵ですか?」

「かなり古い鍵です。付け替えようってずっと……祖母に言っていたのですが」

 朱鷺弥は小さく謝った。

 今時珍しいくらい繊細で控えめな性格らしい彼女は、まだ顔色が悪いが何とか家の仕事をこなしていた。母親の文子は、麗子を迎えに行っているらしい。

「昨日……当時のことを、お訊きしても?」

「ええ。秋彦さんから聞きました。探偵さんだとか」

「そうです」

 事務員だが、もちろんそんなことは言わない。

「そう、あのときは確か、姉の悲鳴が聞こえて……何かあったのかと思って廊下に出たんです」


 祖母の部屋の襖に手を掛けて、麗子は立ちつくしていたという。表情は凍り付き、尋常ではない様子に不安になった悠紀子は、姉に駆け寄って声を掛けたのだそうだ。

「お姉ちゃん?」

「だめ……見ては駄目!」

 麗子はそう叫んだが、一瞬遅かった。悠紀子は姉の肩越しに天上からぶら下がる祖母の姿を認め、声も出せず硬直した。

 若葉が駆けつけてきてくれたのは覚えているが、どういう受け答えをしたのかは定かではない。直後に両親が部屋から出てきて、へたり込んでしまった悠紀子の目の前で、母が半狂乱になっていった。


「ご両親が出てくるのが最後だった?」

「はい」

 朱鷺弥は、部屋割りを頭に思い浮かべてみた。確か利明と文子夫妻の部屋は、亡くなったヨシの向かいだったはずだ。悠紀子の部屋は両親の隣、麗子はさらにその横だ。

「麗子さんはどうして、お祖母様のお部屋へ?」

「夕食の時の続きだと思います」

 若葉が言っていた口論のことか。

 悠紀子の交際相手に関する意見の食い違いがあったそうだが、いったいどういうことなのだろうか。

「姉は……いつも私達家族に辛く当たるというわけではないんです」

 ぽつりと、悠紀子はこぼした。

「納得いかないことを理由も説明せず押し切られるのがいやなんです。秋彦さんからは……?」

「伺いました」

「そうですか。あれ以来姉は特に祖母とは対立が激しくなりましたが、だからといってあんなことをするはずがありません。姉は曲がったことが嫌いな人ですから」

 話でしか聞いていないが、確かに潔癖な性格なのだろうことは想像できる。そして、不器用なのだろう。

「あ、帰ってきたようですね」

 外から車の音が聞こえてきた。玄関へ向かおうとする悠紀子のあとに、朱鷺弥は続いた。

「お帰りなさい」

「ただいま」

 悄然と肩を落としやつれきった母を従えるようにして、その女性は家に入ってきた。朱鷺弥は一瞬目を見開き、息を止めていた。

 美しい。

 白い肌と切れ長の意志の強そうな瞳、長く真っ直ぐに伸ばされた髪が相まって、精巧な日本人形のようだ。凛然とした風情は、どことなく武家の女を連想させる。

 だが同時に、張りつめた危うさをも彼は感じ取った。

「あら……?」

 麗子の視線が、朱鷺弥に向けられた。会釈して、彼は簡単に名乗る。

「こちらに泊めていただいている、朝倉若葉の兄です」

「まあ、じゃあ若葉さんがお呼びになったんですね。本当に、こんな事に巻き込んでしまって申し訳ありません」

「いえ……。この度はご愁傷様で」

 話だけからイメージしていたのと違って、麗子は礼儀正しく穏やかな様子だった。妹の悠紀子が言っていた、こだわりのある部分にだけ攻撃的になるというのは本当らしい。

「朱鷺弥さん、そろそろお昼にいたしますので、若葉さんにもそうお伝え願えますか。用意ができたらまたお知らせしますわ」

「ありがとうございます」

 麗子とは逆に疲労を滲ませた文子は、脱いだ草履を揃えようと手を伸ばした。

 ぶるぶると、その指が震えていた。

 地味な和服から覗く手首に、包帯が巻いてある。

 草履は、ぶら下げられた束の間細かく揺れていた。


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