5.麗子
麗子はどうしているだろう。
伏せってしまった悠紀子に付ききりの伯父夫婦はそれだけで手一杯で、警察にいる長女のことまで気が回らないらしい。それを冷淡だと感じつつも、この六年間の麗子の態度を鑑みればしかたがないのかもしれないとも秋彦は思う。
麗子は、あの日から徹底的に家族を嫌い、攻撃することに全力を注いできたのだから。
「あ」
飲み物を取りに向かった台所には、先客がいた。朱鷺弥と若葉だ。
「秋彦さん」
「どうしました?」
「喉が渇いちゃって……」
答えたのは妹の若葉の方だ。
「じゃあ、お茶を淹れますので、居間でお待ちください」
「でも」
「僕も喉渇いてたので、ご遠慮なさらず」
兄妹は礼を言ってでていき、お湯が沸くのを待つ間、秋彦はぼんやりと麗子のことを考えた。
二つ年下だが、勝ち気な彼女はいつも彼を振り回していた。同時にそれを可愛いと思っていたのも事実で、成長するに連れ会う回数が自然に減っていくのが寂しいと感じ始めてから、彼女への好意を自覚した。
けれど、それを打ち明けないまま、あの事件が起きてしまった。
甲高い音が思考を切り裂く。はっとして、秋彦はガス栓を閉めた。勢いよく白い湯気を吐き出しているやかんの笛をはずし、急須に注ぐ。
警察は、六年前の彼女の事件を調べただろうか。それからの彼女の行動を知れば、きっと疑い始めるに違いない。
お茶を持っていくと、朱鷺弥と若葉がなにやら真剣な表情で向き合っていた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
礼を言って、朱鷺弥がちゃぶ台の上に置いていたものを片づけ始めたが、大学ノートに書き付けられた言葉に秋彦は息を呑んだ。
「あなた方は……」
若葉がしまったという顔をし、朱鷺弥は気まずげにうつむいた。
「詮索するつもりはなかったんですが……申し訳ありません」
「いいえ」
麗子、悠紀子、そして伯母夫婦の名前が記され、それぞれの項目に細かく書き込まれていたのは、性格や事件前後の行動だった。
調べているのか。昨夜の祖母の一件を。
「どうして、これを」
「妹も、容疑者の一人のようなので……。それで」
「兄は探偵事務所で働いてるんです」
横から口を挟んだ若葉は、じろりと兄に睨まれて黙り込む。だが、秋彦はその言葉に目の前の霧を払われた気がした。
彼らに協力してもらってはどうだろう。
もっとも、警察と異なる見解を持っていたとして、だが。
「若葉さんは、昨日初めて伯母達家族とお会いしたんですよね?」
「え、ええ」
「祖母と麗子が派手にやり合ったと聞いていますが、ご不快に感じられたのでは……」
用心深く探りを入れる。それを察してかどうかは知らないが、大きな目の娘は痛々しげにうつむいた。
「そんなことはなかったんですけど、でも……」
「でも?」
慎重に、言葉を探すそぶりで、彼女は手の指をもじもじと動かしている。
「何か……こんな事言ったら失礼かもしれないんですけど、麗子さんがお気の毒に見えて」
秋彦は、危うく湯飲みを倒しそうになった。
「ごめんなさい。でも、何となくそう思って。ごめんなさい」
「いいえ」
力になってくれるかもしれない。少なくとも、彼女になら六年前の話を打ち明けてもいい。
「事件をお調べになっているなら、お二人に聞いていただきたいことがあります」
居住まいを正した彼の様子に、兄妹も表情を引き締めた。
「麗子は六年前から、祖母と自分の家族を徹底的に憎むようになったんです」




