4.足止め
「何とかならない?」
若葉の部屋に入るなり、彼女はそう切り出した。
「何とか?」
「悠紀子……ううん、麗子さんのこと」
やはりそう来たか。
朱鷺弥は深く溜息をついた。
「あのなぁ、部外者で素人の俺らが首つっこんでどうするんだよ? 警察はちゃんとそれなりに優秀だから、黙ってれば犯人くらい挙がるって」
「でも時間がかかるじゃないの」
若葉は、膝の上で両拳をぎゅっと握りしめた。
「悠紀子は、今時珍しいくらい繊細で大人しい子なの。これ以上お姉さんが容疑者だなんて状況が続いたら……」
「だけどな」
「朱鷺弥、バイトでこういうことやってないの? 森川さんのお仕事についていったりしてないの?」
「何回も言うけど、それはテレビのサスペンスの見すぎだ。あと俺の仕事は事務だし」
うんざりと、朱鷺弥は主張した。
彼のバイト先は、実は探偵事務所なのだ。といっても事務担当で書類整理などが主な仕事内容だし、探偵の仕事も浮気調査や人捜しである。間違っても関係者を集めて「さて」と言ったりしない。「犯人はこの中にいる!」とも言わない。
その辺りを勘違いしているのは妹だけではないが、いちいち訂正するのも面倒くさくなってきていた。
「とにかくその……麗子さんか? 動機や物証が出ない限りは逮捕されないし、取り調べだって乱暴にはしないだろうさ。今のところ任意同行なんじゃないのか?」
「そうだと思うけど……」
若葉は、まだぐずぐずと思い悩んでいる。何にでも首をつっこみたがるのが妹の短所だ。
「友達が心配なのはわかるけど、ここにいたって俺達にできることはない」
「……朱鷺弥」
これ以上話していたら、強引に懐柔されかねない。
一刻も早く、朱鷺弥は若葉を連れ帰りたかった。家で両親が気を揉んでいるし、どれだけ昨夜の出来事がショックだったのかは憔悴しきった顔を見れば一目瞭然だ。家でゆっくり休ませたかった。
「帰っていいのか聞いてくるから、いちおう荷物まとめておけよ」
言い置いて、朱鷺弥は廊下へ出た。
北側から、二列ずつ九つの部屋が南に向かって並んでいる。朱鷺弥の乏しい知識にてらせば、廊下で部屋を完全に区切った日本家屋は物珍しく思えた。多少西洋の様式を加味して建てられたのかもしれない。廊下はそれぞれの部屋の四方を囲むようにして造られていて、襖がなければ太い柱が建ち並んでいるようにも見える。
「すみません、よろしいでしょうか」
目についた年配の刑事に会釈して、声を掛ける。なにやら手帳に書き込んでいた刑事は渋面をあげた。
「何か?」
「朝倉若葉ですが、帰宅してもよろしいでしょうか?」
「朝倉……ああ、ヨシさんのお孫さんのご友人ですね」
刑事は少しだけ表情を和らげた。だが、続く言葉は朱鷺弥の願望を裏切るものだった。
「申し訳ありませんが、差し支えなければもう二、三日留まっていただきたいのですが。先ほども申し上げた通り、ヨシさんの亡くなった状況に疑問が生じまして」
「ああ……」
首を絞めた跡がおかしかったという、あのことだろうか。
ということは、犯人の目星がつかなければ若葉は容疑者ということになる。
今更そんなことに気づいて、朱鷺弥は内心で舌打ちした。
「警察で取り調べを受けているという、こちらのご長女はどんなご様子ですか?」
「紳士的な対応を心がけてはいますので、ご安心ください」
無駄とわかりつつ訊いたが、答えはやはりにべもないものだった。だが、あまり進展していないらしいことは雰囲気で察せられた。
刑事に会釈して、朱鷺弥はきびすを返す。
犯人を見つけられるなどと、自惚れているわけではない。しかし、このまま若葉を容疑者扱いなどさせたくない。
何があっても、彼女は守らなければならないのだ。
「若葉」
襖を開けると、座布団に座っていた若葉が驚いたように彼を見上げてきた。外に声が漏れないよう、できるだけそばによって声を潜める。
「昨日、お前が見聞きしたことだけでいい。榊原家の人のことを教えてくれ」
「朱鷺弥……?」
首をかしげていた妹は、次の瞬間ぱっと明るい顔になる。
「調査してくれるの?」
「しかたない。このままじゃ何日も足止めされるからな」
嬉しそうに、若葉が朱鷺弥の手を取って振り回す。子供じみた仕草に苦笑しつつ、彼女がやっといつもの調子を取り戻したことに彼は安堵していた。




