14.そして
「いろいろと、ありがとうございました」
駅まで送ってくれて、深々と頭を下げる秋彦に、若葉は恐縮した。
「悠紀子もすぐに元気になるだろうし……落ち着いたら、東京に戻ると言っています」
「そうですか……」
どう言っていいのかわからず、若葉は口ごもる。朱鷺弥は、秋彦を見つめた。
「大変だと思いますが、何かお手伝いできることがあれば遠慮なく連絡してください」
社交辞令でない証なのか、連絡先を書いたメモを秋彦に手渡す。受け取った彼はさらに深く頭を下げ、如才のない兄に若葉は心が軽くなった気がする。
「がんばってください。お身体に気をつけて」
「ありがとう、若葉さん」
不器用な言葉でも、きちんと届いたようだ。秋彦は笑ってくれた。
「電車が来ますよ。そろそろホームへ」
「はい」
別れの挨拶を交わし、自分の荷物を持って若葉は改札を通る。ふと振り向くと、朱鷺弥が秋彦と何か話していた。
「どうしたの?」
追いついてきた兄に訊いても、さっさとホームを歩いていってしまう。訳がわからないまま、彼女はそのあとを追いかけた。
電車が入ってくる。轟音の中、巻き起こる風に促されるように、一度だけ振り返った。
木々だけがそこにあり、さわさわと揺れていた。
「俺も――」
「え?」
視線を戻すと、朱鷺弥のまなざしとぶつかった。
静かで、吸い込まれそう。胸が騒いで、うつむいてしまう。
「俺も、彼女と同じことを思ったことがあるよ」
若葉の手を、彼がそっと握りこんできた。
文子のしたことや思いは、警察へ差し入れに行った悠紀子が聞いてきて、話してくれた。秋彦は気が重くなったが、麗子はいらだったように吐き捨てたのだ。
『身勝手だわ』
悲しみではなく、あくまでも怒りに身を震わせて、彼女は強く拳を握りしめていた。
『自分がしたことを娘にかこつけて。娘のためですって? 卑怯だわ!』
悠紀子はただ泣いていた。だからそれ以上は麗子は何も言わなかったが、秋彦には彼女の憤りの理由が理解できる気がした。
憎むことで、攻撃することで、彼女は心に負った傷を克服し、過ごしてきたのだろうと朱鷺弥は最後に言っていた。その対象を失って、早晩生きる意味すら見失うかもしれないと。
秋彦は、車のスピードを上げた。早く帰らなければ。
今すぐには無理かもしれないが、彼女をここから連れ出したい。できれば、そばで見守りたい。
六年前からずっと、そう思っていたのだから。
朱鷺弥。彼もまた、麗子と同じように苦しんだことがあるのだという。だからこそ、あんなに親身になってくれたのだろう。
『昔は当たり前だと思われていたことが、どうして変えられてしまうんでしょうね』
半分だけ血の繋がった妹を、彼はそれ以上に愛したことがあるそうだ。
『当たり前として許された時代に生まれたかったと、長い間悩みました』
今は……。
今の彼は、苦しんでいないのだろうか。
もしも苦悩の直中にいるのであれば、いつか救われてほしいと、秋彦は心から願った。
見慣れた古い家屋が近づいてくる。玄関から出てきた細い人影に、彼ははっとした。
風に煽られる長い髪を手で押さえて、愛しい女性は凛とそこに佇んでいた。
超特急でアップしてきました。推理のジャンルに入れていますが、サスペンスのほうに重点を置いて書きました。トリックがつたなくて申し訳ありません。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。




