13.事件当夜のこと
文子は、幼いころから母親に逆らったことはなかったという。
言われるままに進学し、結婚し、同じ家に住み続けて子供を育てた。
最初に齟齬が生じたのは、悠紀子を生んでからだったかもしれないと、彼女は言ったそうだ。
『どうして男の子を産まないの』
乳飲み子を見た瞬間の、ヨシの第一声がそれだった。
悠紀子は難産で、何時間も苦しんだあとの安心しきったひとときに、その言葉を投げつけられた。
その後、何事もなかったかのようにヨシは悠紀子をかわいがって育てたが、文子はことあるごとにふと母の一言を思い出した。
次の齟齬は、六年前の麗子の事件だった。
お前の育て方が悪いからと、ヨシにさんざんなじられた。ひたすら謝るだけの文子に母はますます激昂し、罵倒した。反論は無駄だと、長い間に悟っていたので何も言い返さずじっと頭を下げていた。
しかし、麗子は違った。正面からヨシと口論し感情をぶつけ、いらだったヨシはその鬱憤を娘ではらした。文子はひたすらじっと感情を飲み込み続けた。
あの夜も、ヨシはそのために麗子が訪れるより以前に文子を呼び出した。麗子の赤い腰ひもを持っていたのは、ちょうど着物の整理をしていたからだった。
麗子のしつけがなっていない。女の子のくせにあんなに気が強くてどうする。お前が悪い。
そんなことを何度も何度も言われた。いつものように、虚ろに謝罪を繰り返していた文子だが、聞き捨てならない一言が落ちてきたのだ。
『これ以上は我慢できません。早く麗子を大人しくさせなければ、悠紀子の結婚は許しませんよ』
文子は、その時初めて反論した。
悠紀子は何も関係ない。問題は麗子と自分にあるのだから、あの娘を巻き込むのはやめてほしい。そう訴えた。
だが、ヨシは頑としてうなずかなかった。それどころか、悠紀子の部屋へ行くと立ち上がったのだ。
無我夢中で、母の首を絞めた時のことはほとんど覚えていなかった。我に返ると小さな老人の身体が足下に倒れ伏していて、だらりと舌が垂れた死に顔に思わず逃げ出した。
部屋にいた夫に打ち明けると、彼は文子が握りしめていた赤い紐を手にヨシの部屋へ飛び込み、驚いて追いかけた彼女の目の前で、天井から吊したのだ。
あとは、朱鷺弥の推測した通りだった。




