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12.犯人

 犯人の部屋へ入り、朱鷺弥は単刀直入に切り出した。

「あなたが犯人ですね」

 その人物は、力無く座り込んだまま顔も上げようとしなかった。覚悟していたのかもしれない。

「なぜか、とは聞きません。自首を勧めに来ただけですから」

 隣で若葉がはらはらしているようだったが、朱鷺弥は正面だけを見据えていた。

「麗子さんの容疑は晴れると思います。真相が明らかになるのは時間の問題でしょう。黙っていても、重いだけです」

「……そうですね」

 榊原文子は、疲れ切った声で呟いた。

「どうして、私だと思ったのですか?」

「腕が震えていたから」

「え?」

 朱鷺弥は、文子の右腕を指さした。

「包帯が巻かれていて、しかも力を入れるのが困難なようですね。気分が優れないと食事に来なかったのに、若葉の話ではきちんと昼食はとった様子だったと」

「それだけですか?」

「ええ、それだけでした」

 うなずくのと同時に、文子の後ろの襖がからりと開いた。

「麗子……悠紀子」

「お母さん……どうして!」

 悠紀子が飛び込んできて、母にすがって泣き出した。麗子は黙って身体をずらし、そのあとから利明と秋彦が入ってくる。

「物的証拠がなかったので、実験をしてみたんです」

「実験?」

「事件当時、被害者の部屋から誰にも見られずに抜け出す方法と、それを実行できたのは誰なのかということを」

 文子は目を伏せ、利明ががっくりと座り込んだ。

「麗子さんがヨシさんを発見してすぐ、気づいた悠紀子さんが部屋から出てきた。悠紀子さんはヨシさんの斜め向かい、つまりこの部屋の隣が自室になります」

 朱鷺弥は、ノートに書いた本棟の見取り図を示した。角部屋になる榊原夫妻の部屋とヨシの部屋は向かい合っており、夫妻の部屋の隣が悠紀子、麗子はそこから一つおいたところに自室がある。

「まず、麗子さんがヨシさんの部屋の襖を開ける」

 消しゴムで、麗子の部屋から現場までを辿る。ヨシの部屋に当たる部分には、クリップをおいてある。

「これは本当に突発的な犯罪だっただろうと思います。だから、トリックなんてものはなかった。単純な方法で、あなたは誰にも見つからないように脱出したんです」

 消しゴムが、ヨシの部屋の襖の部分で止まる。

「この家の部屋にはすべて、出入り口が二つついています。麗子さんが開けるのとほぼ同時に、あなたは逆の襖から廊下に出て」

 クリップを廊下に移動させ、今度は悠紀子の部屋からボタンを動かした。

「悠紀子さんが出てくる。彼女が完全に部屋から出たあとで、素早く移動して」

 クリップは、空き部屋から向かいの悠紀子の部屋の方へ廊下を渡り、止まる。

「ここで、若葉がやってくる」

 若葉に見立てた安全ピンが、客間のある棟から渡り廊下を伝い、やってくる。

「若葉をやり過ごして、急いでこの部屋へ戻り、こちらの入り口から中へ入り、もう一つの襖から外へ出る」

 クリップ――犯人は、相当遠回りをして自分の部屋へ戻り、そこを通り抜けた。

「若葉達が実験してるのを見つけて、一緒にやらせてもらったの。そうしたら……」

「悠紀子と若葉さんの話はほぼ同じだったから、虚偽ではないと判断したわ。それに基づいてあのときを再現すると、お母さんが犯人としか考えられなくなったの」

 妹の言葉を引き取って、淡々と麗子が続ける。

「お父さんは共犯なのかしら? それとも、本当はお父さんが犯人なのかしら?」

「お姉ちゃん!」

 悲鳴のように、悠紀子が叫び。

「いいんだ……」

 静かな利明の声が、その激昂を沈めた。

「義母を天井から吊したのが、私です」

 笑い顔のような、泣き顔のような表情で。

 悠紀子は父を見つめたまま、放心していた。

「秋彦君……悠紀子を、部屋へ」

「はい」

 半ば抱きかかえるようにして、秋彦は彼女を連れ出した。

 しばらく誰も何も言わない間があって、やがてのろのろと文子が手を持ち上げた。

 着物から覗く手首の包帯が、微かな音をたててほどけていく。

 露わになった肌に、若葉が小さく声を上げた。

「母が抵抗したあとです」

 指の形がわかるほどに、赤黒くくっきりと、それは手首に刻まれていた。

「それほどの痣なら、痛むでしょうに」

「ええ……」

「警察の方にすべてお話しして、治療も受けさせてもらいます」

 利明は、妻の肩を抱いた。呻くように彼女は泣き崩れ、やりきれない嗚咽に若葉はうつむいた。

 麗子は。

 眉一つ動かさず、両親に一瞥すらくれず、挑むように前だけを見据えていた。


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