転落
エレベーターがない、逃走経路もない。
決定打もない。一方的に攻撃を食らった為、判断力も鈍っている事も無自覚だ。
いつものようにリミッターを外したとしても、相手の質量が大きすぎる所為で決定打とはならない。
機械腕を何本か抉ったとしても、それまでに何らかの攻撃を受ける。
戦車自体もこの部屋で動き回るには反応するのが精一杯だ。
ワイヤーを伸ばして捕縛するにも大きすぎる。対人間サイズだと善戦できる、砲台も武器持ちも渡り合える技術も、大きい上に連撃の義手持ちだと武が悪い。
そして逃げれない。
「チッ」
「舌打ちした所でもう覆らないよ、楽しませてくれてありがとう。後はゆっくり塀の中で解体されてくれ」
眼前に迫ってくる戦車。
大きな衝撃音。
さまざまな記憶が光となり、
巡っては通り過ぎていく。
白い部屋、機械に触れる感触、
薬品の匂い、沢山の子供、
些細な喧嘩、懐かしい空気、大人の声、
どうせ2度目の体験。
ここまでだ、救えなくてごめん。
さようなら、ピ…
しかし数秒経っても、状況は変わっていない。
地獄って到達する前から痛みは継続するのか。
目を開けると、サンタナが両手をあげて食い止めていた。
そして義手も3本折れている。エムナの技のようだった。
「なんだぁ、やられてるのは珍しいなぁ!」
サンタナは口角を上げて顔だけ振り返る。
「傷だらけだけど…無事でよかった…」
ユティが駆け寄る。彼女も全快ではないのに。
「…とりあえずこれを終わらさなきゃね」
鮮烈な蹴りを入れながら、着実に義手を弱らせていくエムナ。
「何だお前は・・・!!一度もお前を見ていない・・・!!!!!」
「お前は誰だ!!!!殺してやる!!!!殺してやる!!!!」
圧倒的に有利だった戦況がひっくり返された王は狼狽する。
義手も残り3本。そしてサンタナという男は戦車の突撃を正面から受けれる力を持っている。
そして偉大なる戦車も、長時間の戦闘からくるのか出力が落ちている。
(こんな戦いは初めてだ、こいつが弱まるだなんて…!)
しかしもう他の術はない、王は前進しサンタナを轢こうとする。
が、当然正面から止められ拮抗。
グググ…と力のこもった音と共に装甲が歪んでいく。
停止しているが故に生身を捉えることは簡単だった。
戦車を勢いよく飛び移り、剥き出しの胴体へとエムナは辿り着く。
亡霊をこんなにボロボロにした事が許せない彼女は、自身が生身の時での本気ぐらいの出力で蹴りを放つ。
玉座から飛び出た王は、放物線を描き地面に墜落した。
もう玉座には戻れない。
とうとう王を倒した。
「痛い!私がこんな目に・・・!!許されない!!!」
転落した王は泣きわめく。
玉座の上から財力、技術力、暴力で支配していた男のプライドはズタボロだった。
皆に介抱されて立ち上がる亡霊は告げる、
「お前は凄い奴だ。生まれてから苦しい思いばかりしてきて、それを晴らす事を目的としてここまで頑張ってきた。
でもお前ほどの力があったのなら、お前ほどの地位につけたのなら、お前よりも弱者を守ってあげる事が出来たんじゃないか?それでも復讐にはなれたはずだ」
「・・・」
「今回俺はお前に負けた、けど俺達として勝ったのは1人じゃなかったからだ。兵士たちだけでも対等に扱ってれば、こうはならなかったはずだぜ」
「俺はこのまま塀の中に行く。俺は俺のやる事がある。また何かあったら連絡してくれ。
被害者でもあるお前の気持ち、わからないわけでもないからさ」
端末を触り、連絡先を転送する。
「それじゃ、またな」
亡霊はエレベーターに向かう。
みんなもその後を付いていく。
静寂の残った部屋に、主人だけがひとり残った。