力の所在
牙を剥いた肉食獣は、走って近づき腕を振りかぶる。
亡霊は身を屈めると、自分の居た場所に男の腕が振るわれていた。
「やるじゃないのッ…!」
しゃがんだ顔に膝を入れる。亡霊の顔に綺麗に入る。勢いよく顔は跳ね上がる。
「持って行かせて貰うぜ」
そこから亡霊の胸に連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打。
思いっきり拳をぶちこんでいく。
腰を起点とした、上半身を左右に揺らした連打。驚異的な加速は彼の身体を待とうアーマー《双龍》
その能力は、シンプルに拳の強化。
街を暴れている配下を従える強者の力。
「後ろに付いてるスポンサーが違うッての!!」
「さ、お前をボコればインセンティブやべーからなァ」
強力な右ストレートが入り、亡霊は宙に浮き、地面に落ちた。
肋骨が折れたような錯覚、胴体がごっそり吹き飛んだ痛み。相対したオールバックの男は外見だけじゃない強さを持っている。
上体を起こしてすぐに片腕を飛ばすように走らせる。しかしあっさりと弾かれた。
飛び込んでくるような男の蹴りをまともに顔に受け、頭が左に揺さぶられる。
しかし、弾かれた腕は壁に突き刺していた。ワイヤーを巻き取りながら壁に移動する。高速すぎて更に頭がシェイクされる。
「あら、おめータフなんだなぁ。感触はリアルだったぜ」
「あんだけカラダに叩き込んで動けてるって並みの精神じゃねーな」
オールバックの獣はこちらへ駆け出す。
「気に入ったワ、俺はリュージっつーんだ」
「気に入ってても金貰ってる以上は喧嘩で喰わせて貰ってるんやわ。あんま俺の地元荒らしてるとコロさなきゃいけねーんだワ」
拳を握り、
「余所者とはそこんとこの"覚悟"がちげぇ。つーわけでヨロシク!」
気合の込めた一撃は亡霊の腕で防がれた。
「僕も黙ってやられるわけにもいかんのでね」
下からくる機械腕のアッパー。
咄嗟にリュージはバックステップで避ける。
ーー楽しい。楽しいぞ。
リュージはこの街で力でのし上がった。
ここまで心踊る喧嘩は久しぶりだった。
(こいつのタフさは異常だが、強さはそんなんでもねぇ。俺は無敗、いつでも無敗!
俺以外は動くサンドバッグ。負ける喧嘩なんてねぇ!)
いつもこうだったのだから。
空を切った機械腕は天井に刺さった。
そこからワイヤーを巻き取り天井に張り付く。
その体制から下に向けて数発パンチを放つ。
頭上からの攻撃に反応出来ず、リュージは攻撃を食らう。
それでも受けた攻撃はこちらが上。
ダメージレースは亡霊に圧倒的に不利だった。
「そこから落としてやるよザコが!」
覚悟か。
覚悟なんて語り尽くせないほどしてきたよ。
亡霊は心に思う
そうして着地、立ち上がったリュージの胴体に飛び蹴りを入れる。軽く体制を崩すそれの足を機械腕が掴む。
そして壁に投擲。X軸に吹き飛び叩きつけられた森野に待ってたのは容赦ない、もう一撃だった。
人間相手には出力を抑えてるはずだが、普通の対人より力を入れてしまった。正真正銘の一撃。
あー、頭がふらふらするなぁ。首をさすりながらみんなの所に戻ろうとした。
「ま…てよ。俺はまだ負けていねぇ…!」
「俺はこの街をてっぺん取る。クソみてぇな車椅子野郎じゃねぇ…誰にもでかい顔させねぇ…」
リュージが壁から出てくる。満身創痍。彼は気力だけで立っていた。
「だからってこうして関係ない人や街を壊して、傷つけていいのか?」
「うるせェ…この世界はそんなもんだろぅがよ…よぇぇ奴からくたばる…算数も何もかも喧嘩の役にはたたねぇ。」
「盗りてぇから盗る、ムカつくから殴る、俺より偉ぇから消す、ただそれだけだろうが!!!!」
身を乗り出した瞬間、無慈悲にもまた壁に叩きつけられた。
「…」
亡霊は静かにその場を去った。