裂罅
《いま人生のピークなんだよ、お前から死ぬか?》
「その割には無抵抗な人いたぶってつまんねーピークっすねぇ」
髪をかきあげる傭兵、なぜここに介入してきたのか。
「この場所、いったん預からせて貰えないっすか?」
再度飛び出した言葉。
「あんたの復讐はこんなもんでいいんすか?」
傭兵は投げかける。
《関係ない奴にウダウダ言われる暇はねぇんだよ》
「いやー、だせぇ。ださすぎっすわ」
安い挑発、しかし亡霊ではない相手だからか悪魔はイラつきながらも
《何がいいてぇんだ?》
あとで待つメインディッシュだ、こいつも屠った後に食べる飯は格別だろう。
「この人最近まで病院いたんすよ?全開じゃねぇ」
「んで万全じゃないタイミングで他人の計画に乗っかって弱ったこの人をいたぶってだせーなぁって」
《俺がすっきりしたらそれでいいんだよ、復讐なんてのは》
「その姿勢がだせぇ」
凛々しく放つ傭兵。続けて
「もともと弱ってる奴を倒して復讐を遂げるなんてのは簡単だ。だがそれじゃもったいねぇ」
《詭弁だな、時間の無駄だ》
飛んでくる悪魔の槍を避ける男。
「ここまで周到な準備だったろう、でももう少しこの人泳がせてみようぜ」
「そしたら大きくなったこの人を食べればいい」
悪魔の歩みが止まった。
気がつくと彼の言葉をしっかりと聞き留めていた。
悪魔はその声や所作が誰に似ているかなんて気にも留めなかった。
「いま殺しても絶対満足しない、次は居ない、殺せないからそれを抱えて生きていくことになる」
なにより、と続け
「俺はあんたぐらいなら五体満足とはいかないが、持ち堪えることが出来る」
「あんたの仲間のサンタナ、だっけ。がガスマスクに倒されるのは時間の問題だ」
この場で亡霊を執着しても傭兵に持ち堪えられると援軍が来る。更にサンタナもやられると雪崩れてこちらも不利になることは明らかだ。
《復讐の為に全てを捨てた後にすぐ死ぬのは何より間抜けなことだ》
亡霊に囚われた人生、彼を越えた先の人生の方が本番なのだ。
本当はそう思ってないが暗示、冷静にそう抑えつけた。
「物分かりがよろしくて結構、また次いつでも狙いに来るといい」
悪魔は手を下ろした。
《小僧。お前に免じてこの場は引いてやろう》
「はは、こりゃどうも。でも別に俺はこの人の仲間ってわけじゃねーっすよ」
どうなっても構わない、傍観者はそう思うだけですわ。
傭兵はそう言った。
「ってわけでガスマスクさん、その人逃したってくれや」
トムは無言で攻撃の手をやめる。
《名を聞こう》
大きく息を呑んで傭兵はこう言った。
「俺?俺はカフカって言うんすわ。これからよろしく」
……
「…よかったんすか?結局逃して」
「殺したのは赤い奴ともう一人だろ、サンタナ一人やった所でアイツらをやらなきゃ弔えない」
「だし、俺たち暗部はこうなることは覚悟の上だ。俺以外にいなくなったし、H.C.は終わった。俺はもう自由なんだよ」
「よく言うっすよ、ほら」
煙草を手渡すと、古びたオイルライターで火をつける。
「…」
カフカとマスクを外した男、H.C.の残党はこの後行方を眩ました。
どこかの廃アパートの屋上でくれる夕陽、傷だらけの集団に夜が来る。




