抱擁すべき腕
「サンタナ!!!!!」
やっと追いついた。
エムナは到達した。
自分がどんな表情をしているかわからない。
安堵?不安?疑惑?焦燥?
それを押し混ぜた色だと思う。
ここまでのサンタナの動きに疑問を感じていた。
「ねぇ、教えて。何を考えてるの?」
いつもと変わらない笑顔でこちらを見る男。
H.C.の陥落と、ユティの失踪。
ずっと一緒にいた男の心がわからない。
思えばそうだったのかもしれない。
ずっと優しく、側にいてエムナとユティと歩いてきた。
いつからそうしてたかはわからないが、ユティと二人でいて、サンタナと出会って、ここにきた。
3人でいつもいるから男らしいところもあるサンタナが良い人に見えていた時期もあった。
でも人見知りのユティが軽く笑いながらいるのを見ると、お似合いだと思った。
そんな中で亡霊と出会って、
みんなと巡り合って。
居心地の良さを感じていたのに、
なのに。
「俺はH.C.を抜ける」
聞きたくなかった言葉。
「なんで!」
「あそこは思ってたとこじゃない」
「亡霊も最近何を考えてるかわからないから、逃げたほうがいい」
嘘だ、と自分が思っていた声より大きく出た。
「私は最近ずっと亡霊と一緒にいた、彼は口悪いけど純粋で…」
「何を言ってるんだい、あいつは嘘つきだ!」
「今にも俺たちをダシに出世しようとしてるよ」
言葉より先に足が出た。
「最近のあんたの方がわからないよ、コソコソ動いて居たり居なくなったり」
防がれた事を気にせず、突き刺した方と逆の脚を回転させるように突き刺す。
「最近ユティちゃんともあまり会ってないんでしょ?夜中に居なくなって、あの子心配して毎日泣いてるんだからね!」
これは自分のためじゃない、亡霊とユティの為の戦いだ。
胸に思いながらエムナは不断の猛攻をかける。
しかし相手はサンタナ。
手甲に阻まれるが、量で押す。
隙間を縫うようにサンタナの顎をつま先で捉えた。
顔が激しく上に吹き飛ぶ。
「…入った」
綺麗な一撃だ、幾ら大の大人といえどこれは…
「いけない子だなぁ」
口から垂れた血を舌で拭き取る。
サンタナは顔の前で両腕を構える。
ファイティングポーズ。戦う意思の表れだ。
くる、
そう思った頃にはエムナは地面を転がっていた。
土煙を上げながら勢いを殺していくが、止まらない。
10mは離れたか。
全身が擦り切れる痛みに立ち上がれない。
「許せ、エムナ」
エムナを拾い上げようと近づく。
「お前を一人にはさせないよ」
だが
「なんだこれは」
それは銀で出来たシャボン玉、
宙に浮いた銀色の球体。
少し綺麗なそれを見て
サンタナは間を取った。
感覚で気付いたが、これは危ない。
そう思った瞬間には破裂した。
弾ける水銀の飛沫。
顔に付着したそれは、皮膚を溶かす刺激を放つ。
「水銀?酸?なんだこれはァ!!!!」
声を荒げるサンタナ。
こんな姿は今までの彼からは想像のつかない。
付着したのも数滴。
大打撃ではない。
しかし彼の頭の中で警鐘を鳴らしていた。
気付かなければやられていた。
昔から悪事の常習犯だった彼は、人一倍警戒心が強かった。
視線に敏感といえばいいのだろうか。
それに慣れた彼は、人からどうやって見られているかを感じ取る才能があった。
だがそんな意識の外から、致命傷も与えられかねない能力。
ユティに会いにいくふりをして得たH.C.の人たちのアルマの情報を吸い取った。
そこにはこんな力を持つものはいなかった。
何故?
目を凝らすと、瓦礫の間からゆっくり迫るガスマスク。
「そういえばあんたがいたかぁ」
隠密起動隊、隊長トムその人だった。
「…お前を見張ってたが、お前の仲間に部下をやられた」
言葉は静かに、だが厳格な様が感じ取れた。
「復讐に来たんですか?ちっさいですねぇ!!!」
無言の男は音もなく近寄る。
足を動かさないで忍び寄る姿を持って返答となる。
浮遊する水銀の泡玉。
発生は腰に据えられた小型の機械。
それは空間に浮かぶ地雷のようで。
次々と弾けると、だんだんわかってきた事がある。
泡の中に酸と空気より軽い気体を混ぜている。
酸を飛ばすだけなら酸を掛ければいいだけなのに何故水銀をパッケージとするのか、サンタナは思案する。
酸とわかった以上は受けるのはまずい。
避け続けなきゃいけないが、小さな飛沫は皮膚をヒリヒリと焼きついていく。
(俺の力と相性が悪すぎる…)
サンタナの能力、それは触れられないものには通用しない。
正確には使う事はできるが、一度使うと戦えなくなってしまう。
基本的には相手の優位に立てる技だけに、それを塞がれた上でじりじりとチェックをかけられているようだった。
逃げる方向にはだいたい配置されて、リズムよく弾けていく。
服や皮膚は幾らか喰らって溶けている。
しかし普段盾としても扱う腕には一回も受けていない。
そして、水銀の爆弾以外に攻めてこない彼に対する正解だと感じていた。
(トム、一人で特務を任され、白雪合の件ではレーザー兵器を一人で対処したと言う…)
サンタナが奪ったレーザーランスの部品を回収した男。
レーザーランスを奪って気付いたが、これは最上の兵器だ。それこそ白天華と同規模に。
それを単身で奪い取ったということが重要であり、そして
「くっ…」
時間の問題であったが、とうとう腕に付着した。
アルマが煙をあげて溶ける音がする。
次の瞬間、さらに連鎖して破裂する水銀。
降り注ぐ水銀の雨を受け切ったサンタナは次の光景をみて叫ぶ。
「なんだこれは!!!!!!」
適材適所に配置し、無言で追い詰める暗殺者。
サンタナが勝てる確率は、1%だ。




