彼女は、夢で舞い踊る
対峙する悪夢。
誰も動かない。いや、動けないに等しい。
出方が訳ではない。最適解が出ないからだ。
すると、
「やーめた。今日は帰るよ」
間の抜けた返事。コートの男は頭の後ろで手を組む。
「ただ言っておくよ」
「今あの国を治めているのは俺たちだ。スノウ、死んでも連れて帰るからな」
何もない能面のような面構え。
あれほど表情豊かな襲撃者の心根が見えたようだった。
「それじゃ」
風のようにいなくなると、スノウはその場でへたり込んでしまった。
「とうとう見つかってしまったのね…」
「スノウ…」
グレイの投げかける声は聞こえていないようだった。
『一部始終、見せてもらったよ』
全員のインカムに響く声。
『とうとうその日が来たみたいだね、スノウちゃん』
マジェスタ。
グレイはやはり俺たちの素性を知っていたか、と唇を噛む。
「すみません、みんなが傷付いてしまって…」
『構わないよ、野郎どもの手当ては誰かに任せるとして・・・』
豪快な男。スノウはそのぶっきらぼうな台詞とは裏腹にマジェスタから悔しさを感じ取った。
『それよりも、いい機会だ。スノウちゃんの故郷奪還のためにぶっ叩く』
「何を言ってるんすか、相手は!」
柄にもなく大声をあげるグレイ。
ガルムは簡単に倒せる相手じゃない。自分が元いた組織だ。
『わかっている。だからこの街を統一して戦力を増やすつもりだった』
手のひらの上、マジェスタがスノウを匿った瞬間からスノウを救いあげるつもりで動いていた。
この街は金と銀を取り込めば統一したも同然。
H.C.いや、マジェスタにならどうにか出来る。そんな気概が彼からは溢れている。
『というわけだ、それに乗りたまえ』
轟音と共に断続的に突風が吹き付ける。
ヘリだ。操縦桿を握るはバンビ。
『本当は俺が直々に向かいたかったが、多忙なものでね、後はバンビちゃんにお願いするよ』
「スノウちゃん大丈夫!?サンタナたちも乗っていくよ!」
広い機内に乗り込む4人。バビロンから北西50kmの白雪合へと飛翔した。
グレイは、窓際で拳を強く握りしめている自分を見て思った。
彼はマジェスタのその振る舞いが気に食わなかった。
(…スノウが気に入ってて、居場所を作ってもらってる事には感謝するが軟派な奴だ。俺たち故郷から逃げてた者の苦しみはわからない)
「おっ、怖い顔すんなよ!俺の事嫌いなのか?」
気がつけばサンタナが目の前にいた。両手にはコーラを持って。
差し出されたものを取り会釈を返す。
「いや、昔の事を思い出してね」
「グレイとスノウの故郷なんだって?平和になったら色々案内してもらえるって事だよな?」
平和、平和か。
「あぁ、そうだな。」
「いったなー?約束だぜ、約束!」
仲間か。スノウに取り巻くしょうもない奴らが多い中でサンタナはそのままで接してくれる。
人見知りの自分としては、スノウとミスティぐらいしか話さなかったから新鮮だ。
命に代えてもスノウを守ってみせる、必ず。
「スノウ可愛いけどオデのタイプぢゃねーんだよナァ」
スノウはムスッとした顔。ハームがウザ絡みしているようだった。
白雪合には大きな城壁が聳え立つ。
上空から攻めたかったが、城壁からドーム状に電磁シールドが張り巡らされている。
「あれ、出る時になかった!」とスノウ。
今の支配層が設置したであろうもの。
他の地区と交流が盛んだったのが白雪合だったが、スノウ達がいた頃とは違う国の設備の様だ。
(…俺たちの故郷はアルマに依存しすぎない国だった。あんなに新技術を導入してるとなると知らない国と思った方が良いみたいだな)
「グレイ君の思う通りに、あれは元々白雪合にはないもの。白雪合が他の区域に戦争を仕掛けて手に入れたものよ」
心を読まれた。なんだこの女性は!
「なんて顔をしているよ、全然喋らないけど顔と行動と結構わかりやすいわね」とバンビ。
マジェスタの秘書をやる腕とは聞いたがここまでとは。
真顔だが、動揺が心拍数に現れていた。
(恥ずかしい、落ち着け…黙ってればさとられない…)
「というわけで見つかっても面倒だし10km先の森に着陸するわ。そこから私も含めて5人で行動!」
「あと、私は戦闘要員じゃないからよろしくー!」
戦闘員3人に非戦闘員が2名か。
これから攻める先はどんなとこかわかってるのか、グレイは心で叫ぶ。
サンタナが言う。
「じゃ、俺達はスノウを守る騎士。聖焉騎士団ということにしようぜ!」
なんだその名前は。ハームも力が入ると楽しんでいる様だ。
センスないけど、まぁいいか。
ヘリは自動操縦でH.C.に帰っていった。
森を進んで門からしか出入り口がない白雪合を目指す。
門にたどり着くが、門番もいない。
領内へ入るが、それよりも人が住んでいる気配がない。
古い屋敷のような家屋。しかし窓は大体割れている。
「噂では和風だと聞いてたけど、こんなに荒らされてちゃ風情も何もないわね」
そう振り向くと、スノウは涙を流していた。
「私が…私が居なくなったからみんな…ごめんね…ごめん」
バンビはスノウを抱き締めた。
「悪くない、悪くないよ。ずっと故郷を思って戦ってたんだね」
より強く引き寄せた。堰き止めていた壁が流れ出した。
…
……
「まだっすか?」
自分以外に興味のないハーム。
「…あんたほんと空気読めないわね」
酷いですよ姉さん〜と弁解していたが案外権威に弱いみたいだ。
すると白い布を纏うものが5人。
顔には気味が悪く紋様の入った一枚布。
いつからそうしていたかはわからないが、取り囲まれている。
「んだぁ、儀式でもはじめんのか?」
サンタナが構える。
グレイはスノウから刀を手渡される。
軽く片手で素振りし、切っ先を自分の目の前に向ける。
「各々背中は守るのよ!」
包囲戦のセオリー、前の敵を打破すること。
自分が倒れると味方の背中が晒される事となる。
「おっしゃあ!!!オダァ暴れ足りなかったんだ!!!」
ピストルを構えるハームは抑えきれずトリガーを引く。
「みんなオデが倒しちゃうもんね!」
早速ハームが1人を撃ち、よろめいた所にタックルをかました。
「負けてらんねー」
サンタナは力強く腕を振り回す。
戦力じゃないと言ったバンビは、腕輪と背中のリュックの中身を組み合わせてバズーカを顕現させた。
放たれるは電磁ネット。天使の電磁銃に近い電圧で抜けられにくいネットに帯電させる。
答えは捕縛。予想外の策略に布の下の狼狽が見える。
頭は冷えている。
本人がアンドロイドのような精巧な動きで斬りふせる。
白雪合は刃物が発達している土地。
布繊維の剛性をあげた衣類が一般的の為、防刃なのを考慮しながら躊躇いもなく振りかざす。
本来速攻をかましたハームこそがスノウのカバーにいくと思っていた。
しかしバンビの捕縛した敵に執拗に打ち込み続ける。
「くそッ」舌打ちと言葉が表に出た。
スノウが危ない!
スノウに近づいた敵は、すぐに吹き飛ばされた。
「少しくらいは仲間を頼れって。お前、誰かさんに似てるぜ?」
サンタナだ。周りを確認していたようだ。
「…ありがと」
少しの悔しさと、胸の奥が熱を持った気がした。
そうして刺客を倒し、気がつくと夜が明けて太陽が昇っている。
それ以上に刺客が来ないのでたまたま斥候部隊に当たっただけのようだ。
「眠くなってきちゃった…」
スノウが目をパチパチさせながら身体を引きずる。
深夜からバタバタと動き回ったから無理もない。
たどり着いた城下町を歩いても特に警戒されていないようだ。
周りを確認した後、そこで一泊する事にした。
城下町【積接市番】
美しい城廓の白雪天城の下に広がっており、門からは5kmほどの距離に存在する。
クーデターが起こって2年経つが、表向きの市民は変わりのないように暮らしているようだ。
宿屋に泊まり、一日は体を休めて城へ向かう。
スノウは久々に帰ってきたということでパーカーのフードを目深に被り散歩することとなった。
他の3人は適当に過ごしておくと言っていた。俺たちに気を使ってくれてるのか。
そんな時、ハームが口を開いた。
「そういえばこのチームにはリーダーがいないよなあー!オデがリーダーってことでいいよな???」
サンタナを見る、すると
「いいんじゃない?バンビさんには引っ張ってもらってるけど、バンビさんは戦闘メインじゃないし」
グレイは内心、サンタナがリーダーをやらないのか、とすこし落胆しながらもあまり興味がないので軽く頷いた。
宿を出て歩く足跡は2つ。
「…私たち帰ってこれたんだね」
「あぁ、ここまで長かったが」
「この街も変わってないようでよかった。あまり城から出たことはないけどさ」
生まれながらにして姫だったスノウ。
そうあるべきと育てられて、あまり外界とは関わることのない象徴として在っただけ。
誰かを魅了し続ける花、無垢な存在。
誰かを傷つける事はなく、傷つく事はない。
それが彼女の生き方。そう生きると決めたわけではなく最初からそう生きただけ。
(だからそれを害虫から守る刀が必要だ)
彼女は利用されやすい。
政治材料として、権力の誇示のために。
泥だらけの世界で見つけた唯一の救い。
彼女に救われたからこそ俺の命に賭けても救い続ける。
そんなことを知らずに今日も彼女は笑う。
それでいいんだ。ずっと側にいてほしい。
街路を歩くと、
「あれ、もしかしてスノウ様ですか?」
グレイの目付きが変わり、刀に手を添える。
「はい、こんにちは」
フードを取り、笑顔で問いかける彼女。
「あぁ…なんと美しい。
最近はお身体が触ると伺っており、お顔をお出しになっていませんでしたから…
この国も少し暗くなったなんて思っていたところでございます」
「姫さまがご健康ならこの国は安泰ですわね、ありがとうございます」
スノウは積極的に手を差し出すと、熟年の女性は涙を流しながら手を握った。
すると気がつけば人だかりが出来ていた。
「姫さまだ!!!姫さま!!!!」
「画面で見るよりも美しい!!!現実だったんだ!!!!」
「この国をまた明るくしてください!!!」
スノウがいなくなって2年。放送にもスノウは出てこなかった。
復活した彼女に大きな声援。
変わっていないように見えた人々。しかし何処かで現状の統治に不満を持っていた。
「みんな、もう少し待っててね」
スノウも涙を流し、そう答えた。
気がつけばスノウは舞っていた。
真剣な顔をして踊る彼女に息を飲む衆人。
彼女はこの街の『舞姫』だった。




