白い雪が降る
「俺たちは街の小僧どもが起こした反逆に巻き込まれてしまった」
タムラもギリギリまで戦っていたものの、王と妃が目の前で討たれた際の最後の勅命。
「姫はよい、鬼請衆を連れて国から出よ!」
殿の溺愛する嫡子、それを顧みずに脱出命令。
これは殿にも考えがあるのだと察した。
「雪が降る街だ、耐え忍び耐え忍びいつか芽吹くものがある」
それが最後の言葉だった。
・・・
「・・・なるほど」
亡霊は絞り出すように言った。
故郷を追われた直属部隊。
いきなり起きたクーデターで意思統一出来ることなく、殿を助けたい銀と、殿の遺言を抱えて逃げてきた金。
気持ちは同じだが、擦れ違っただけ。
歴戦の直属部隊が瓦解するほどの勢力から受けた傷はプライドも許せないだろう。
「若く勢いのある者たちには今は勝てない」
どこか悲しそうな眼をしている金鬼。
「・・・薄く積もる雪、それを隠す深い霧」
いつものように無感情・・・いや、激情を押し殺すミスティ。
「お嬢ちゃん、まさか!」
そうタムラが声を上げると
「私は姫の影、姫は私と共にいる」
眼を丸くするタムラ。
だがその眼に微かに火が灯った。
「あの野郎・・・パークスに会いに行くぞ!今すぐに!」
さっきまでの弱った姿勢から一転、全身からウズウズとした気持ちが溢れ出ているように見えた。
「準備しろ、お前ら!」
ジャケットを着て事務所から飛び出した。
それを追いかけるようにミスティと亡霊も駆け出した。
「亡霊、聞こえるか」
マジェスタからの通信。
「どうしたんですか」
「この話、円満に解決しろ」
こちらの情報は筒抜けのようだ。
から返事を返すと
「それがミスティちゃん、そしてスノウちゃんの為になる」
深い事情は分からないが、何が起きているのかは何となく察した。
銀の事務所に押し入ると、シックスとエイト、そしてパークスがいた。
「今更何の用だ」
つっけんどんな態度を取るパークスに
タムラはやっと時が来たと騒ぐ。
テンションの差についていけない様子をしているが、
パークスはしっかり耳を傾けた。
―――
――
―
「・・・というわけだ」
とタムラが話し終わると
「あんたらよくやってきたよ」
エイトが涙を浮かべていた。
「姫が生きていることはわかった、だがこれからどうする」
金と銀は敗走している。
この1年で鍛錬は積んだものの、圧倒的な戦力差を埋められるとは到底思えない。
小さく手を挙げる亡霊。
「兵力と、やつらに食らいつける技術はこちらで提供しよう」
金と銀には願ってもないことだ。
「おぉ、兄ちゃんやってくれるのかい!」
「待てよ、命を懸けた戦いだ。お前らにメリットがないだろ」
とパークス。
「その代わりと言っては何だが」
俺らの傘下に入ってほしいと告げた。
彼らからしたら憎き若造ばかりのチームだ。
誇りを踏み躙る気持ちにならないかと思案した。
少しの沈黙。
手持ち無沙汰となった亡霊は
「いや・・・白雪合奪還まででいい、その後はあんたらは故郷に帰るだろう」
そんなのでいいのか!とタムラ。
「俺らは元々君主に仕える軍人だ、それに代わりは無い」
腕を組みながら応えるパークス。
なら決まりだ、と亡霊は手を打った。
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今から5年前。
白雪合は古来の風習を重んじる土地だった。
殿はよくできた為政者だった。
政府との繋がりも深く、休日は城下町へ出て、民との交流を行う。
妃は凛とした姿と、その美貌から民からの憧れを受けていた。
そして美貌を受け継いだ愛娘も、街の皆から愛されていた。
鍛冶の街も近く、古き良き武術道場が下町では門戸を広げている。
政府きっての歴史を重んじる街として寵愛を受けていた。
永年続くような街。
だがしかし生まれながらにして格差が存在する。
自分より年下ながら神のように崇めなくてはいけない王族。
それに対して不満を感じる人はゼロではなかった。
罪人や、親がいない子供たちが集まる荒れた区画。
とはいえ命までは奪われず、普通の平民として生きていけるのだが、人格が育つまでの間に苦労を強いられる。
「俺も大人になったら鬼請隊に入りたいなぁ」
平和なこの国での名誉。
戦う際に、鬼を請けおって駆ける部隊。
この国には15~18歳の3年間、兵役訓練の義務がある。
とはいえ幼少期から武術の素養を行っているので、自然な流れで部隊に志願する。
そこで結果を出して、更に実務経験を積んだ精鋭部隊こそが「鬼請隊」だ。
兵役訓練以前では、模擬刀を使用した剣術訓練を行うが、
実践では外の人間と戦う必要がある。
最新技術であるアルマを使用した訓練が行われる。
今現役の兵士たちは、当時の武器型アルマを愛用する人間が多いが、若い世代は外の最新鋭のアルマを提供される。
土地柄、両手は武器を使用したい意思が強いため
軽い脳波を使用して使うことが出来る尻尾型のアルマが提供された。
尻尾型は咄嗟に第三の腕のように使えたり、背後に対するけん制、咄嗟のリーチ確保と武術の心得がある使用者だと性能を大いに発揮できるのでこの土地の若者には愛された。
「すげー、腰から腕がもう一本生えているみたいだ!」
とメシア。
腕程度の細さだが、人間を3名ほど持ち上げることができるしなやかな尾。
耐久性も高く、足の代わりにバランスを取ったりすることができる。
「何でもできそうな気がするな」
貧民街出身のメンバーで志願した兵だが、普段から遊びのように鍛えており、兵役では全員上位に食い込んだ。
夜。
「このままいくと、俺らも鬼請隊に入るのは夢じゃないかもなぁ」
とハーザクが話す。
青く光った三日月を眺めているメシア。
「いや、俺はもっと欲しいものがあるんだよねー」
一番付き合いの長いグレイは何となくメシアが欲するものを察していた。
「俺は、俺の世界を救世しなきゃねぇ...!」
そう呟くメシア。
月明かりに照らされた、泥のように濁った眼。
メシアに振り回される生き方。
俺の人生はその目のように泥に浸かったままなのだろうとグレイは諦観している。
そして兵役も終盤を迎えたころ。
実戦形式の訓練があった。
メシアの相手は鬼教官で知られる男。
「初めッ!!」
合図が鳴った。
メシアは尾を即座に動かし、教官の足を搦めとる。
逆さに持ち上がった教官に連打を叩き込む。
一瞬の犯行。
教官が事態に気付いたのは連撃を受けて1秒経った頃だった。
他の教官たちが即座に止めに入るが、
持ち上げた鬼教官を薙ぐように投げ飛ばし、距離を取る。
メシアは鬼教官に駆け出す。
臨戦態勢を止めない。
それに対応するように教官たちも迫る。
メシアの攻撃が届く直前で間に入る影があった。
「もういいだろ」
大柄な男、ハーザクの腰から生えるトラバサミでメシアの腕を止めた。
「お前の勝ちだ、これ以上に何がいる」
偉そうに指示を出してきたやつを潰すいい機会だと思ったが
「ハーザクに止められると弱っちゃうなぁ」
メシアは手を止めた。
混乱に飲まれた最終試合を終え、メシアたちは義勇軍に配属となった。
義勇軍になると定期的な軍事訓練、そして整備が可能となる。
政府の恩恵を受けている白雪合だが、ドーム型のレーザーバリアなるものが実装されると聞いた。
この国に居ると最新鋭の技術を手に入れることが出来る。
「得られるものは得る、そして待ってろよスノウ姫」
歪んだ救世主は口角を上げた。




