機範世界
機械技術が発展したこの世界では、パワードスーツ、通称『アルマ』が一般的となっている。
小型化され、市民は常に着用しており、仕事や介護、移動手段として僕らの生活を豊かにしてくれていた。
一方でこれらが普及して正しい使い方をしないものも現れた。それは身近な範囲でも。
僕はゲンゾウ。この国の中心から500km離れた『塀の外』に住んでいる。世界を分断する壁には兵器とも言えるパワードスーツを付けた監視員が常に見張っている。
塀の中《楽園》では機械文明が発達しており、外に住む僕達は中の様子を知らない。ただ言えるのは僕達はそのテクノロジーの残滓で生きているという事だった。
塀の外と言えど、ご飯に困った事はないし、ファミレスやスーパーやコンビニは存在する。機械化はされているが飯は想像に容易いものが出てくる。
塀の中ではどのような飯を食べているんだろう。
塀の中の空は何色なんだろう。
塀の外ではそんな情報も入ってこない。
今日も天気は曇り時々晴れ。情報は手のひらにある眼鏡型のデバイスから受け取る。知りたい情報はこれで調べるのが僕らの日常だが、このデバイスには全てが記されてる訳ではないらしい。
高校時代の優秀なクラスメートは塀の中に内定したらしい。
そうこう考えながらコンビニに向かっていると、コンビニの前に溜まっている治安の悪そうな人たちに声をかけられた。ひ、ふ、み、よ、5人。
「お前なに見てんの?ちょうど新しいアルマ買ったから試しに殴らせろや!」
そういいボクシンググローブのような形のアルマをつけて振り回す。
「い…いきなり何ですか…機防隊呼びますよ…」
「ま、それでも良いか。俺らツエーしさァ」
「アイツら偉そうだし機防どももボコってこの街制覇すっか」
理不尽に笑いながら壁を一発殴ると衝撃と同時にグローブが振動し亀裂が入った。
「これスゲーべ。むずかしーアルマよりただ殴るだけで何でも壊せるんだぜ?」ステッカーの貼られた汎用アルマを着た取り巻きは馬鹿みたいに腹を抱えている。
みんながつけているような汎用アルマは機能が多い分操作が複雑かつ戦闘用ではないので出力が抑えられている。
複雑な操作を必要とせず、軽くて耐久力があり、簡単にぶつけ合える戦闘用アルマが流行るのも必然だった。
「ま、これでストレス発散ってことでーーー
男の右腕が唸り打撃音が響く。身体の芯まで痺れる感覚。しかし直撃ではない。
「あ…危なかった…!」
口から出た言葉が思ったより弱々しいと後で自覚した。
咄嗟に反応した二本の機械腕が行く手を阻んでいた。出所は自身の背中からだ。
「止めたのはキメーわ。戦闘用でもねぇおめーの腕は使いもんにならんなァ!」
「シラケる事すんなよ、オラユウジ君もういっちょ入れちゃえ!!」
機械が好きなだけに、自分のアルマの出力を弄っていたのが功を奏したが二発目を受け止めると同時に火花が吹いた。もうこれ以上は持たない。
ユウジと呼ばれた男が砂山を壊すような顔を浮かべて言った。
「アバよ、クソメガネクン!」
僕が何をしたんだろう。ただ歩いてただけなのに。
そう思った矢先、人々が宙を舞った。
それは僕ではない。
さっきまで僕を取り囲んでた人達だ。
僕に向けられた攻撃が与えられる事はなかった。瞑っていた目を開けると横から赤い機械腕が遮っていた。
「なんだおめぇ!!」
「一人相手に多人数はないんじゃない?」
そういうとボロ布を纏った腕の主はもう片方の三本の爪が開いた機械腕で、不良少年のグローブを掴んだ。
そうすると不良少年は身体ごと横に吹き飛ばされた。
慣性が切れて、地面に擦り付けられた彼は動かなくなった。
何秒経っただろうか。伏せていた男たちはぎこちなく立ち上がる。
「何されたかわからんわ…カラダいてーから逃げるぞ!」
「ほんとツマンネ!お前、先輩にチクって潰して貰うからな」
僕も何が起きたかわからなかった。一瞬のうちにボロ布の男が彼らを伏せたという事だけだった。
ただ言えるのは、戦闘用アルマの攻撃速度に通常の汎用アルマのふた回り大きい体躯で反応できた事、そして耐え切れた事だ。
去っていく彼らに一瞥した亡霊のような男に声をかけた
「助けてくれて…どうもありがとう」
男は返事をせず、木枯らしのように歩いていった。
家に帰り、自分のボロボロになった機械腕を見た。情報端末で得た情報を見よう見まねのリペアを行ったが動きはぎこちない。
僕の住んでいる街、《ジュデッカ》は治安は悪くないが、たまにこうして暴れるならず者達が現れる。
塀の外では最大の都市で、壁の入り口からも一番近いため他の地域に比べると、最新技術は受け取りやすい場所だ。
-街の景観は悪くないが視界の端に高く聳え立つ廃墟ビルが、表面は綺麗な街に1つ暗い影を落としている-
もはや日々の生命線となっているアルマを壊す『玩具狩り』が悪ガキたちのストレス発散となっていた。
機械装備防衛部隊、通称《機防隊》が普段なら介入してくれるが、彼らも中身が人間である以上はこうして被害を取りこぼす事もあった。
嘆いても仕方がない、被害届も先ほど出したところだ。善良な市民でいる事が何よりも無力で歯がゆい。
二十歳を越えたばかりの僕は、近くのバーへ向かった。ここにはダーツが置いてある。調整した機械腕を試す時にここに来るのがルーチンとなっていた。…やはり万全ではないなぁ。
「お兄さん腕治ったんだね」顔を向けるとピアスをつけた方が話しかけてきた。
誰だ…?と思った矢先に隣の椅子にかけていたボロ布を掲げる。
「先日のあれだよあれ」
「あっ!ありがとうございます!」深々と会釈をする。
「もし良かったら一杯奢るから席につかないかい?」
「いえ、僕こそ奢らせてください!」
「俺が誘ったから良いんだよ」
言われるままに席に着くと男は言った
「この街は好きかい?」
「不自由はしませんよ。ただ、内側の生活は気になるし、この街じゃ手に入るパーツも違う」男は相槌を打つ。
「ここに住んでる人達はここで生まれて、何も知らないまま死んでいく。いくら生活の質が上がったとしても最先端の技術は見えないんですよ!」
「こんなに心踊る機械が沢山あるのに…!もったいないですよほんと!!」
青年は熱く語り出す。
「じゃあいつか壁の中に行けたらいいな」
青年は満面の笑みで肯定した。
椅子に座った美麗な顔の男は窓の外から、下の世界の景色を眺めていた。
「…体内で異物が動いてる感触がするなぁ」
ギィギィと乾いた部屋に音が鳴り響いていた。
ー澱んだオイルの海で手足を動かした。
咽ぶような鼻をつく匂い。
悪い視界の中で目一杯に見開いた。
この世界は穢れている。
光に手を伸ばすが届かないー