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八王子の都市伝説

「……ついでに終わらせようと思ったが失敗したか?」


 そんな声が聞こえたのは暗闇、それこそ鼻をつままれてもわからないような真っ暗な空間の中だ。

 光も飲み込むような、というのは比喩でも何でもない。

 車のライトはもちろん、室内灯も付けたうえで真っ暗なのだ。

 まさしく光そのものが喰われているような状態で、光源こそ見えるがそれ以外は一切関知できない。


「なんですかここ」


「八王子ってのはまぁ山が多くてな、そうなるとトンネルも多い。そしてトンネルなんてのは古いものほど事故が多発している場所なんだ。他にも霊的な意味があるが覚えているか?」


 たしか以前教わったことがある。

 トンネルやドア、とにかく何かを抜けるというのは事実上の彼岸と此岸の境目となることがあると。

 向こうとこちらを隔てているものは、世間一般で思われているよりも分厚い物じゃない。

 割と、それこそ散歩感覚で迷い込んでしまうようなものなのだ。


「覚えてますけど、なんですかこれ」


「わかりやすく言うとあの世一歩手前」


「……人生で二度目です」


「二度あることは三度あるっていうな」


「やめてください不吉な……でもなんでこんな事に」


「いやー、春奈のチャンネルと私のチャンネル、そんでこのトンネルのチャンネルがドンピシャだったんだなきっと」


 話は十分ほど前になる。

 近場だし浄霊、あるいは除霊を頼まれていたトンネルと電話ボックスも見ておこうという話になった。

 ルート的には遠回りになるが、立川に行くにはどのみちどこかのトンネルを抜けた方が早かったので賛同した。

 その結果私達はよくわからない暗闇、千秋さん曰くあの世一歩手前に迷い込んでしまったのだ。


「これ、どうやったら抜けられます?」


「抜けた先は雪国じゃなくてあの世だと思うが、それでもいいか?」


「よくないです無事おうちに帰りたいです」


「だよなぁ。となると元凶をどうにかするのが手っ取り早いわけだが……招くか」


「は?」


 私が間の抜けた声を挙げた瞬間千秋さんは何かのボタンを押した。

 同時に後部座席に連なるドアが開く。


「招き入れないと入ってこられない霊ってのもいるんだ。吸血鬼伝承なんかはそうだし、神様や妖怪の中にもそういうのはいるな」


「ちょっ、じゃあこれって!」


「だから招き入れたんだって。ほれ、もう見えるはずだ」


 言われて周囲に視線を巡らせると普通のトンネルに戻っていた。

 室内灯もギラギラとまぶしい位に光を当ててくる。

 咄嗟にそれを消そうと手を伸ばした時バックミラーに視線が吸い寄せられた。


「……………………ども」


 ぺこり、と頭を下げた半透明の女性と目が合った。


「千秋さん……」


「お嬢さん、どちらまで?」


 まるでナンパした女性を送り狼しようとする輩のごとく軽い口調で尋ねる千秋さんは煙草を咥えている。

 火は付いていないが、この状態でも弱い霊なら逃げ出しているはずだ。

 だというのに堂々と、それこそ我が城と言わんばかりの雰囲気で後部座席に鎮座している彼女はすっと指を伸ばした。

 ……幽霊だけど細くて長くてきれいな指だな。


「あいよ、しっかり掴まっててくれ! ……春奈、舌噛むなよ?」


「へ? ひぃいいいいいいいやぁあああああああああああ!」


 千秋さんの言葉を聞いた瞬間踏み込まれたアクセル、ギャリギャリと音を立てて削れるタイヤと猛スピードで走りだした車。

 久しく命の危機を感じたと思ったら追い打ちが来るとは思っていなかった。


「右、曲がりまーす!」


「信号! 赤!」


「知らん! おらぁ、時速120㎞!」


「法定速度!」


「忘れた! からのドリフトターンで左折!」


「タイヤ! 煙!」


「あとで依頼人に請求する! とどめのー、あ、掴まってろ? 突撃ー!」


「あああああああああああああああ」


 ドンっという衝撃と共に何かにぶつかって車が止まった。

 ボンネットが跳ね上がり、煙を吹いている。

 後輪が熱を持っているのかゴムの焼けるような匂いもする。

 そして胃と脳が揺られてグロッキーだ。


「物損事故……人身事故……どっちですか……」


「んー? 霊的事故」


「はぁ?」


「まぁ見てみなって。あ、車からは降りるなよ?」


 そう言われ、あけられた窓から外を見た。

 車がぶつかったのは電話ボックス、恐らくは依頼にあったものだろう。

 ガードレールを無視してそれに突っ込んでいる。


「今の私らは幽体離脱しているようなもんだ。肉体も車もあのトンネルでぐっすりおねんねしているだろうな。とはいえ交通量の多い場所じゃないし、警察もこの件に関しては話が通されているはずだから捕まることもないだろ。あとは肉体に帰るだけだ」


「いやいや、後ろのお連れさんと電話ボックスは……」


「彼女の目的地がこの辺だったからちょうどいいかなと思って突っ込んだ。もう出て行ってるから大丈夫だぞ?」


 振り返ると既に女性はいなくなっていた。

 そしてもう一度窓から外を見ればホバー移動か? と思うほどの動きですーっと電話ボックスに近づいていく女性。

 次の瞬間だった。

 バキッという大きな音と共に電話ボックスが手のひらサイズの小さな箱になった。

 それが宙に浮いて、こちらにやってきたのでつい手に取ってしまう。


「これって……」


 手渡された、そう感じたが手に取ったソレは重くない。

 まるで重量を感じないのだ。

 例えるなら某大手通販会社の中身に対して無駄にでかい段ボールのごとく。


 そんな事を考えていると女性はツツーとその箱を撫でた。

 次の瞬間には彼女は消えて、同時に箱も形を変えていた。

 先ほどまでは無理やり圧縮して作った不格好な正方形だったそれが、今では組木細工のような装飾を施された奇麗なものになっている。

 見ていれば魂を奪われてしまいそうなほどに奇麗で……。


「これ、呪物ですかね」


「どっちかというと式に近いか? 随分と気に入られたようだな、女たらし」


「どうせなら男の子にもてたいですよ……」


「ま、なんにせよ一石二鳥で片付いたしさっさとラーメン食ってホテル帰って晩酌して寝るべ。部屋でどんなエロビデオ流されてるかも気になるしな!」


「……京都丸ホテルは普通の場所なのでアダルトチャンネルは有りませんよ」


「……生きてる希望の8割くらい失ったよ、責任取ってくれ春奈」


「嫌です、さっさと元の身体に戻って立川行きましょう」


 なんだかんだ、なし崩しというかその場の勢いだけで解決した二つの心霊スポット。

 これが後に私の人生で最大級ともいえるトラブルを解決するカギになるとは梅雨しらず、霊体だからと無理をさせた車体が基のトンネルに戻った際にはエンジンが煙を上げて動かなくなりラーメンどころではなくなったのは余談である。

 ……そういえば公道を爆走してたはずなのにほかの車がそんなに走ってなかったのは幽体離脱のせいなのかな。

 逆に言えば普段からトラックの霊とかが公道を走っているともいえるわけで……やめよ、考えると怖くなってきた。

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