八高線②
拝島橋とやらがどんなものか、私の想像では木造で小さな橋だと思っていた。
だって女の子が鞠をついているなんて話が残っているんだから古いのを想像するでしょ?
でも……。
「超近代的ですね」
「片道二車線、多摩川を横断する鉄筋製の橋だからね」
「ここに鞠をつく女の子が?」
「その逸話はもうちょい古い時代のあれこれなんだが、あそこ。山肌が見えてる部分があるだろう?」
橋の向こう側には確かに山がある。
その合間を縫うようにして車が行き交っているのだが、土砂崩れのように一部だけ土が顔を見せている。
とはいえ、その真下は補強されているようで今後ここが崩れるようなことはないだろう。
どちらかというと崩れたというよりは、意図的に崩したというべきだろうか。
「あそこら辺の崩落に巻き込まれたという話もあるね。実際は知らんし、それらしい気配も無し、下に降りればまた違うかもしれないけど正直浮遊霊とかが多いから気配が感じ取れない」
「ですねぇ、というかこの辺り浮遊霊多くないですか?」
「多いな。多分土地的にそういう場所なんだろう」
霊的に集まりやすい場所や、散りやすい場所というものがある。
多くの場合前者は霊道と呼ばれ、後者は聖地なんて言い方をされることがある。
今回の場合前者なのだろうけれど……。
「多摩川が原因ですよね」
「そうそう、タマゾンって言葉知ってる?」
「なんですかそれ」
「多摩川沿いって多種多様な生態系があって、アマゾンみたいだから多摩川のアマゾン、略してタマゾンって言われてる」
「はぁ……」
「つまり動物も霊も特殊な生態系しているわけだ。霊は生きてないけど」
「だとしても、これは結構異常では?」
私の見える範囲というのは狭いが、それでも軍人さんっぽい人やお侍さんみたいな人が酒を酌み交わしている。
……というかあの羽織は時代劇でよく見るぞ?
「そう遠くない……といっても車で1時間くらいか? その辺には土方歳三ゆかりの地もあるからそういう霊もいるんだろうな。なかなかにレアだぞ」
「嫌なレアリティですね」
「あの婆さん、面白いモノが見られると言っていたがこのことだったんだな。とりあえずちゃちゃっと鎮魂して神社に行くか」
そう言うと千秋さんは橋の下に降りて、人気が無い場所でお線香を焚いた。
続けざまに祝詞を唱えて、柏手を打ちけろりとした表情で戻ってきたのである。
なお霊の方々はお供えされた酒に群がって宴会を始めていた。
……鎮魂、できてないような……。
「成仏しませんね」
「魂を鎮めたという意味では鎮魂であっているよ。まぁしばらく悪さをするようなのは来ないだろうね。そもそもこっちは来られないというべきかな」
「と、言いますと?」
「あの方々は個々でも物凄く強い。まともに除霊しようとしたら大怪我じゃすまないだろうさ。けど悪霊じゃないからこうして平然としていられる。そういうのは鎮魂すると苦しんだりすることがあるからね。御神酒で乾杯できるくらいの霊魂ともなればちょっと悪意持った霊が近づいたらズンバラリンだ」
「……敵に回してはいけないと」
「そうそう。まぁそのうち成仏するでしょ。私らの与り知らぬところでね」
そんな風に笑いながらも千秋さんは気を抜くことなく、その光景を睨むようにして見守っていた。
「さて、神社だがここから歩いて十分くらいだ。拝島大師って言うらしいけど、初詣なんかじゃ近場の住民が駐車場を貸し出すくらいには人気らしいぞ。一時間5000円とか言うぼったくり価格でも人が来る程度には」
「それはまた……」
「隣り合わせで日吉神社というのもあるな。こっちは初詣の時屋台が並ぶらしい。今時珍しいもんだ」
「屋台ですか。どんなものが?」
「詳しくは聞いてないが変わり種だと七味唐辛子を売っているそうだ。あとは普通のおみくじとか、綿あめとか、肉串とか、お祭りと変わらないな」
「……神社で生臭ものですか?」
「おおらかなんだろ」
「それで済ませられるのはなんとも……」
正直肉や魚を控えろと言われている今、その手の動物性たんぱく質を求めている私にとってはなんか、なんか悔しい。
仕事が仕事だけに仕方ないとはいえ、神様のおひざ元で肉を堂々と売りさばくおじさんを想像するだけで涎が出てくる気がした。
「まぁお参りだけして八高線下に戻ろう。ここからが本番というべきだからな」
「はい」
「んで、今日明日で諸々片付けて立川でこってりギトギトのラーメン食って帰るとしよう」
「はい!」