鎮魂歌
今回のお話では実際の事故などを取り扱っております。
実際に祖母に聞いた話を基に書いたものであり、面白半分に使用したものではありません。
ご留意ください。
「はい、こちら千秋さんのオカルトなんでも相談事務所……あぁ、松浦さんか。どしたん? え? その仕事をこっちに? なんでわざわざうちなんかに……あぁ、親父さん引退するんだ。ってことは今後はこっちがやるべき? あ、それを考えるための試験ね。りょーかい、じゃあ明日にでも向かうよ」
その日の依頼は一本の電話からだった。
いや、依頼というには少し様子が違ったが、仕事という言葉を使っている以上金銭の発生する何かしらというのは間違いないだろう。
「春奈、明日からしばらく仕事に出るが泊りと出勤どっちがいい?」
「……聞いてるだけで選択しないんですよね」
「まぁ、今回に関してはそこまで面倒なのは少ないから出勤でもいいんだが泊りのが楽だぞ」
「はぁ……大学の予定見直さなきゃ」
「おや、ちゃんと学生やってて感心だ。講義か補講の予定かい?」
「いえ、サボってもいい日程の調整です。こんな身体だからある程度休んでも許されるんですけど、それでも単位取れるくらいには出席しないといけないので」
教授も忙しいのだ、わざわざ一人の生徒に特別授業なんてしてくれない。
休みに関してはある程度融通してくれるが、レポートや試験では容赦なく点数を突き付けてくるから抜けた穴を埋める必要がある。
まぁそういう時のために冬香がいるわけなんだけどね。
あの子とは多くの授業が被っているのでノートを見せて貰ったり授業内容を教わったりするのだ。
ついでに言うと冬香は成績はそこそこだがノートが奇麗だ。
だが要領が悪いのである。
あの子のノート丸コピして同じテスト受けて、そしてもっといい点数を取ったこともあるのだ。
その時はラーメンで怒りを鎮めたのはいい思い出である。
なおそれ以降ノート写す代金としてラーメンを請求されるのだが……。
「春奈もちゃっかりしてるねぇ。それより仕事の話は聞かないでいいのかい?」
「また幽霊関係でしょう? 今度はテケテケでも捕まえに行くんですか?」
「いや、今回は真面目な仕事だ」
座り直し、煙草を灰皿に押し付けた千秋さんがこちらに視線を向ける。
珍しくも時々見せるその表情は真剣なものだ。
おふざけが介入する余地のない話、そういう時にだけ見せる姿。
「除霊と浄霊の違いは覚えているな」
「除霊が幽霊をぶん殴ってあの世に逝かせる……いわば格ゲーみたいにゲージ削り切って倒す感じで、浄霊は心残りとかそういうのを解消して自らあの世に逝かせる方法ですよね」
「大体あっている。ただ浄霊に関しては時間が経ちすぎて不可能な場合もある。そういう時に行われるのが鎮魂だ」
「鎮魂って言うと……慰霊とかですか?」
「まぁそうだな。手法はいつものお祈りだが今回は場所が場所だ。中には除霊に切り替える必要がある場所も出てくるが、喪服正装は絶対だ」
「聞いてる限りだとあまり危険そうな仕事には思えないんですが」
恐らく浄霊中心の仕事になるだろうという話だが、もっと言うならばメインは鎮魂らしい。
ならば幽霊と直接戦うような除霊展開になることはなさそうだ。
ちなみにそちらの方面では私はかなり弱い。
弱いというか、幽霊を祓う方法なんて片手の数ほども知らないのだ。
せいぜいが煙草と、持ち歩かされている祝詞と経文くらいである。
それも読み上げるのではなく経文や祝詞で直接ぶん殴るのだ。
これが効かなかったら詰みなので、普段は逃げる事にしている。
翌日古傷が痛む方がその場で死ぬよりよっぽどマシだ。
「いや、なんというか……浄霊がメインの調査サブって感じの仕事でな。元はベテランの婆さんがやってたんだがこの前腰を痛めてついに引退を決めたらしい。そこでお鉢が回ってきた。元々金にならないが名誉は得られるって仕事だから個人に任されてたようなものだ」
「お金にならないのによく引き受けましたね」
「言ったろ、名誉は得られる。この業界、名が売れるっていうのは重要な事なんだ」
アングラの中のアングラ、途中にはダミーが大量にあるオカルト業界だ。
千秋さんのなんでもオカルト相談事務所なんてけったいな名前も小銭稼ぎのためのダミーであり、本職としては別名義の個人事業主として対幽霊問題に挑んでいる。
この事務所で行われる大半は思い込みの除去、あるいは上書きであり実際は現場での仕事が大半である。
なお除去か上書きというのは幽霊に憑りつかれたという思い込みを、お祓いしてもらったという思い込みで解決するという物だったりする。
「つまりは広告を得られると」
「悪い言い方をすればそうだ。だがまぁ、私にも縁のない話じゃないんだよ、今回の仕事」
「……ご親族が?」
千秋さんは天真爛漫だが、これでいて結構な家のお嬢様だったりする。
だが女性だけが霊感に恵まれ、男性はさっぱりな家系でありお母さまが既に他界されているとのことでお父さまとの確執がかなり深い様だ。
唯一の理解者だった祖母は亡くなり独立しているという話で、女性の親戚筋はむしろ相談してくる側らしい。
「いや、婆様のご友人の御家族だ。八高線脱線事故は知っているか?」
「歴史で習いました。確か終戦後に起こった大きな電車事故でしたよね」
「婆様のご友人の両親がそれで亡くなられたそうだ。今回の仕事を握っていた所も同じような理由で金にならないソレを云十年続けていた」
「という事は泊りがけでその鎮魂に?」
「これだけだったらそんな必要はないってわかるだろ? 本題はここからさ」
にやりと笑みを崩した千秋さん、真面目タイムは終了らしい。
ならばと私も煙草を口に話を聞く。
「どういうわけか、あの辺り一帯は妙に心霊スポットが多いんだよ。地図で言うなら多摩地区」
「まさか……」
「おう、その一帯の心霊スポット全部鎮魂する仕事。元主もついでにと回っていたが腰が限界じゃあしょうがない。そういう積み重ねが信頼に繋がったような人だったがから事故の鎮魂に行けない事だけを悔やんでいたそうだからな」
「あの……いくつくらいですか?」
「そうだなぁ、まず八王子城址、ここは滝から身投げした女の霊が有名だ。次に拝島橋、鞠をつく女の子の霊が出るという。青梅にもいくことになるがそっちは吹上トンネルなんかが有名で、ついでに奥多摩での霊現象調査と対応の仕事。あと公衆電話とか別のトンネルなんかもあるけどその辺は軽く見てくるくらいらしいな」
「7つですか……」
「これを三日かけて行う。奥多摩のはついでに入った仕事だけどな」
「鎮魂とはいえかなり手がかかりそうですね……それにしても今時鞠をつく女の子ですか?」
「あぁ、ありきたりすぎて珍しいよな」
「確かに、本気でそんな話があるとは思っていませんでしたよ」
「立川断層の真上ってのもあるのか、妙な噂は多い土地だ。そういうのがあってもおかしくはないと思うが……まぁなんにせよしっかり準備していかないとな」
「拒否権はないようなので帰って支度してきますね……」
なんか、妙にうきうきしてるのが嫌な予感させるんだよなぁ。
ちなみに前話の話までは挿絵付きでコミケにて頒布中です。
夏コミは多分行くのでいたら声かけてくれると嬉しいです。