レミングス
レミングス、それは鼠の集団を意味する言葉。
しかしてその本質はハーメルンの笛吹きに由来する。
大量の霊を引き連れて目標に取りつかせることで自殺の扇動を行う祟り神のひと柱。
もとをただせば霊能力のある人間だった悪霊であり、裏稼業にも手を出していたため家族諸共殺されてしまったという経緯があるらしい。
が、そんな事はどうでもいい。
「どうします。あの3人帰した方がいいですよね」
「いや、もうターゲットだ。下手に帰すと逆に危ない」
「それってどの道無理では?」
冷酷と思われるかもしれないけれど、実際そういう物としか言いようがない。
祟り神に眼をつけられたというのは遅かれ早かれ死ぬという事。
なんなら普通の神様に愛されるのだって命がけで、ちょっと気になるなーくらいの感情を向けられたとしても死にかねない。
生きている事例は数少ない以上私達木っ端者ではどうにもできないし、高名な人でもお断り案件だろう。
「そりゃレミングスを祓えるなら上々ですよ。評判も上がるし危険も減る。けどその程度の対価で挑む相手じゃないですよね」
「その通り。ただ抜け道が無いわけじゃない」
「抜け道?」
「レミングスの特徴は自分は一切動かない事。手駒を利用して配下を増やしている。他の祟り神がRPGならこいつは戦略シミュレーターだ。だから今あの三人と私達をロックオンしている奴を潰せば逃げるのは難しくない。多少の不便はあるかもしれないけどな」
「……その準備はどうします?」
おそらく千秋さんが言っているのは身代わりだ。
形代なら容易いものだが、ともすれば人身御供を用意しなければいけない。
その手の業者もいるのだが法的に完全ブラックでアウトな事なので相応のお金が発生する。
ついでに今回は私が住んでいる部屋という事もあるので始末屋と清掃屋という……まぁ端的に言うなら痕跡とかを諸々消してくれる所にお願いしなきゃいけない。
完全に赤字になる。
「あまり頼りたくないんだが……うちの本家筋に連絡してみるわ。婆様亡くなって以来だけど祟り神案件は村八分の残り二分だからな」
「あぁ、あそこの人達なら腕は確かですからね。信用できるかどうかは別として」
「祟り神を利用したなんて知れたらご破算だ。下手すりゃレミングスと縁ができて全滅だろうから向こうも真剣にやるだろうさ」
「そういう意味じゃ私達って奇縁に恵まれすぎてますよね……今後あれと縁を持ち続けるとなると生きた心地しませんよ」
「そう言うな。意外と役に立つんだぞ? 祟り神の目印って言うのは」
「それライオンのマーキングと変わらないですからね? いつ食べられるかわかった物じゃないし、死んだ後のこと考えたら憂鬱です」
「まぁ……同意だな。私達が死ぬ前にレミングスが対処されるのを祈るしかないが、それにしても厳しい事に変わりはないから」
縁を持つというのはマーキングされることと同義であり、これは俺の獲物だと主張されているようなものだ。
並大抵の悪霊ならそのマーキングだけで逃げていくから仕事は楽になるかもしれないが、死んだ後は対処法が無い。
いや、ぎりぎりなんとかできるかもしれないけれど、四十九日を無事乗り切って成仏できた場合だけで少しでも未練があれば取り込まれる。
一切の未練を残さない死に際なんてそうそうないからほぼ仲間入りが確定してしまっている。
そこからの対処法なんて二つ、誰かに除霊されるか、さもなくば祟り神を超える祟り神になる事。
ようはそれだけ大暴れしなければいけないわけで、その規模になるともはや災害認定される。
私は自分のためなら大抵のことはできると思っているし、冬香達を見捨てる事にも躊躇は無かった。
だけど無関係の人間を何百何千と殺せといわれたらさすがにね……。
更に言うならそこに自由意思があればともかく、上からの命令となると自我を奪われているだろうからもはや霊現象ではなく現象でしかなくなる。
全てレミングスの手腕による功績と見なされて私達は使い捨てのコマに成り下がる。
一番簡単なのは……。
「この際縁とか全て千秋さん所の本家に押し付けられません?」
「少し難しいな……あいつらも暢気にそれを受け入れる事は無いだろうし」
「少しなんですか?」
「あぁ、やり口知っているから抜け道も知ってる。ただ時間の勝負になるな。今から初めて間に合うかどうか……ま、やってみるさ」
「お願いしますよ? 私達の未来のためにも」
「そうだな、明日の酒が美味くなるためにも頑張ってみるさ」
さて、そうなれば私は全力でサポートしないとな。
半人前の私が下手な事をすれば逆効果になりかねない。
ならせめて飛びかかる火の粉くらいは祓うとしよう。




