除霊(物理)
「おー、こりゃひでえな」
千秋さん、襲来直後にこの一言である。
私のお連れさんには何も言わない辺りいつもの勘の良さが発揮されているのだろう。
「見た感じ妙なところはないんですが霊気が凄いので」
「そうだなぁ、これはさすがに私も驚いた」
「冷気ですか? たしかに涼しいですけど」
「冬香、エアコン付けてないよこの部屋。ほら」
私達の会話のすぐ隣で彩音が部屋の中を指さして答えた。
それを見た冬香の腕に鳥肌が立つのを見たがさしたる問題ではない。
さっきまで涼んでいた空気が尋常じゃないものだと気付いたんだろうね……。
「しかしなんというか……規則性がないな」
「そうなんですよね。なにも特徴が無くて複数犯かなと思っているんですけど」
「けどそれも考えにくいよな。大体の奴は和室に押し込んでいるわけだし」
「えっと、何の話っすか?」
おっと、専門外の人間がいるのを忘れていた。
「勝手に物が動く霊現象をポルターガイストって言うのは知ってるよね」
「はい。ドイツ語でしたっけ?」
「それは覚えてないけど、普通ポルターガイストって言うのは規則性があるんだ。心霊番組とかでもやってるけど特定の棚だけとか、衣類だけとか、そういう風に何かしらのこだわりみたいなのがあるの。だけどこの部屋は……」
「服もお皿も、電化製品もお構いなしっすね……」
「うん、ある程度強い霊だと部屋の家具とか全部動かしたりもするんだけど散らかすだけというのは聞いたことがないんだ」
以前とあるお宅を訪問した時はカーペットだけ裏返しにしたり、家具が全部北の方角に向けられたりしていたけれど散らかすというのは無い。
だからこそ私は複数の幽霊が同時多発的にポルターガイストを起こしたのかなと思ったんだけど、千秋さんがそれを否定。
結局のところよくわからないことになってしまった。
「ま、死にはしないだろぶっ」
そう言って部屋に入った千秋さんの顔面に向かって私のシャツが飛んできた。
ケラケラと笑いながら、こちらを見ていたためクリーンヒット……無地で有名なお店で買った安いやつだから汚れてもいいけど、こういう想定外の攻撃くらった千秋さんは……。
「おっしゃいい度胸だお前ら!」
キレる。
滅茶苦茶キレる。
煽り耐性が小学生並みに低いのでちょっとしたことでキレるのだ。
ゲームで煽られただけで呪いかけようとするくらいには耐性が無いので普段は一人用ゲームしかしないだけある。
「じゃあ千秋さんがお祓いしている間片付けかな。悪いけど手伝ってもらえる?」
「アッハイ」
冬香の上ずった返事に続いて彩音と水樹がこくこくと頷いた。
彩音は恐る恐ると言った様子だったけど、水樹の方は一言も発することなく部屋をくまなく観察している。
意外と肝が据わっているようだ。
冬香はびくびくしながら時折千秋さんの奇声に驚いていて見てて飽きない。
「あの……こういうのはどうしたら……」
「あ、ごめん。同性でも嫌だよね。そのまま放置しておいて。あとで拾っておくから」
水樹が恐る恐ると言った様子で指差したのは下着。
ちゃんと家事はしているから洗濯済みだけど、他人の物に触れたいとは思わないだろう。
「先輩、こっちのちょっとえっちぃ本はどうします?」
「本棚に入れておいてー」
「了解です。でも先輩もこういうの読むんですね」
「ただの少女漫画だけど? 過激なシーンが多いだけで」
「いえ、BLが混ざってましたけど?」
眩暈がした。
まさか隠していたあの本が……!?
いやいや、そんなバカな……あれは机の引き出しに作った隠し棚の中に入れておいたはず……。
「おっほぉ、こりゃまたマニアックっすね!」
彩音ぇ! お前さっきまで風呂掃除してたじゃないか!
なんで私の秘蔵本持った冬香の隣にワープしてきてるんだぁ!
「で、先輩。どうします?」
「……本棚で」
「はーい」
くっ……おのれ幽霊!
こうなったら……。
「千秋さん……加勢します」
「おう、どんどんやれ……」
眼の据わった千秋さんの横で犬神を封じた鉈を持つ私。
それに怯えた様子の三人組が視界の端に写ったが無視して鉈を手当たり次第振り回した。
何も切る事ができないそれは、幽霊だけを切る事ができる。
遠慮なくそれらしいところ目がけて振り回した……身体が悲鳴を上げるくらいに。




