千秋さんという人
「もしもし千秋さん? ちょっとうち来てくれませんか?」
「やだよ」
ブツッと音を立てて電話が切れた。
怒りの鬼電。
「うるさいなぁ……何があったんだよ。エレベーターならただの機械故障だって言っただろ。何の霊障もなく、その痕跡すらなかった。なんの問題も無いよ」
「じゃなくて、私の部屋が荒らされてるんですよ。そりゃもう千秋さんの部屋並に」
ちなみに千秋さんの部屋は足の踏み場どころかドアの開閉すら難しいレベルで散らかっている。
床に置かれたゴミやらを踏みながらベッドの上に飛び乗らなければいけないような部屋なのだ。
以前ちょっとした理由からお泊りさせてもらったが、シングルベッドに女二人で暑さにうなされながら寝たのは最悪の想い出である。
「……泥棒?」
「鍵はかかってました。窓とかも見た限り閉まってます」
部屋を覗き込んで、開けっ放しにされたドアから見える窓全てに鍵がかかっている。
唯一見えないのは閉め切られている和室の窓のみ。
あとは死角になっているお風呂場くらいだろうか。
とはいえそんなところからの出入りは難しいだろう。
「んー、何かあるとは思えないけど……仕方ない。駐車場代は出してもらうぞ? 身内割引きでその値段だ」
「わかりました。お給料から引いておいてください。3か月支払われていない分から」
「………………」
「まだ支払いが滞るようであれば千秋さんのお師匠様たちに……」
「OKすぐに行く。友達割引きでビールひと缶でいいぞ!」
「わーい」
ちなみに支払いが遅れているのは先々月までの分である。
先月分は霊の多摩地区見回りの際に入ったお金を手渡しされた。
そして今月分がまた滞っている。
「というわけで、私の上司兼師匠みたいな人が来るけど驚かないでね。ファンキーな人だけど意外とまともだから」
「了解っす……」
荷物を抱えながら彩音が息を荒げている。
一方水樹は顔色を変えることなく、そして平然とした様子で部屋を見ている。
冬香はと言えば……。
「あー、涼しいですねぇ……冷房かけっぱなしですか?」
ドアの前を独占して涼んでいた。
だがそれは冷房じゃない、霊房である。
この部屋は心理的瑕疵物件、つまりは幽霊部屋だ。
涼しいのは間違いないが、機械的なものではないのである。
「ちなみにその上司さんってどんな人なんすか?」
「えーと、変な柄のTシャツが基本でいつもジーパンとスニーカー。あとキャップ被ってる」
「変な柄?」
「ANPANって書かれてるのにおにぎりの絵が描いてあるようなシャツ。あとPATIMONって書かれてるのに元ネタにしたであろう画像のキャラが描かれていてどこで買ったのか逆に気になるようなのがお気に入り。寝るときは全裸」
「それはまた……ん? なんで寝る時のことまで知ってるんっすか?」
「こういう仕事してると遠征とか普通だし、直帰すると危ないからお泊りも珍しくないの。例えば連れて帰ったらまずいのがいた場合適当なところに捨てて帰るんだけど、上司……千秋さんっていうんだけどその人の家はこの部屋ほどじゃないにせよ幽霊屋敷だから」
千秋さんの借りている部屋も曰く付き物件である。
が、あの人は自衛ができるので問題ない。
生活能力が皆無ということ以外はという但し書きがつくが。
「はぁ……」
「端的に言えばダメ人間で、この仕事に縁がなければ野垂死にしていたタイプよ。スタイルと顔はいいから上手くすれば貰い手がいるかもしれないけれど、家事全般ダメな人だから捨てられるかもしれないわね。ちなみに電子機器も苦手。機械工学っていう面で見れば強いけど、システム面になるとポンコツだからPCのセットアップとかできない」
以前それでお呼ばれしたが、最新鋭で3桁万円するゲーミングPCをスペックだけで購入して持て余していた。
ついでにゲームなんかのインストールも頼まれてやったはいいけれど、まだまだ使いこなせていないらしくキーボードを打つ際は人差し指でポチポチしている。
その癖スマホは普通に使えているのがよくわからない。
ソシャゲの課金控えてくれたらお給料の支払いが滞ることも減るだろうに……。
「聞いてる感じちぐはぐな人っすね……」
「一応旧家のお嬢様でもあるんだけどね……そういう意味では家事や機械のシステムに弱いのは似合っているかもしれないけど。あ、そういう意味だと目利きとかは得意よ。年末にやってる番組でお高い盆栽一発で見抜いたりしてた」
無駄な特技と思うかもしれないけれど、千秋さんの鑑定眼は本物だ。
一応そっち方面でも食べていけるのかな……あ、あと車の組み立てとか。
うん、彩音の言う通りちぐはぐな人だ。




