エマージェンシー
授業が諸々終わって、全員が集まってから最寄りのスーパーに寄って食材やら生活必需品を買い込む。
最近何かと忙しくてシャンプーとか、洗剤とかキレそうだったのよね。
それから一緒にお酒も何種類か。
こっそり小瓶の日本酒も買っておいた。
三人がどれくらい部屋の影響を受けるかわからなかったから物差し感覚でね。
味の変化を含めた五感というのは意外と霊に直結していることがある。
例えば心霊番組でよくある「寒い」とかそういうのは霊に関係している場合が多い。
もちろんただ単に冷気が集まりやすい場所という事もあるが、私の部屋は常に20度前後を保っている。
霊的な意味で涼しいので夏は冷房いらず、冬は暖房いらずである。
彼らは変化を起こす事は出来ても、一度起こした変化にもう一度手を加えるのは苦手である。
だからポルターガイスト後に物を置きなおすとかそういう事はしない。
「結構買いましたね」
「ごめんね、重い?」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
冬香が代表して私の隣に陣取っている。
片手でいつでも補助できるようにしつつ、もう片方の手には食材がぎっしり詰まった袋。
見た限りそれなりに重いだろうに、平然としているのは運動部ゆえだろうか。
「そういえば今日はサークルいいの?」
「あー、以前いたサークル潰れちゃったんですよ。ほら、あの肝試し企画したところがそうなんですが……」
「潰れたってのは穏やかじゃないわね」
「この前コンパでお薬使って女の子お持ち帰りしようとした先輩がいて、大問題になって潰れました。ニュースになってましたけどテレビ見てませんか?」
「あー、うちのテレビろくに見れないと思って。チャンネル変えると大体霊現象起こるから、テレビの方に」
さりげなく困っている事の一つだ。
おかげでここ最近は部屋から出てスマホで天気を調べているほどに。
エレベーターが壊れてからはそれが顕著になったようにも感じる。
以前は雑音が入る程度だったんだけどなぁ……。
「二人は大丈夫?」
「うっす! ですよ!」
「はい、大丈夫、です……」
彩音と水樹にも声をかけてみれば声色はともかく平然とした様子だ。
どちらかというとぎこちない水樹の方がピンピンしていて、彩音の方が辛そうに見える。
彼女が持ってる荷物そんなに重くないんだけどな……水樹はお酒の入った袋と、洗剤などの入った袋。
つまりは重量感たっぷりの液体が入った代物を両手に持っているのだ。
一方の彩音はスポンジやみんなの寝間着になるようなものを持っている程度でそこまで重くはない。
サイズは少々大きいがそれだけだ。
「彩音、さんだっけ。辛そうだけど?」
「さんはいらないですよ先輩! ただの運動不足ですから!」
「胸を張って言う事じゃないわよ……」
「彩音は昼夜逆転型なんですよ。いつも授業中寝てますし、太陽光の下を歩くだけで死にかける貧弱コミュ強です。一方の水樹はアレで合唱部なのでそれなりに鍛えてるんです。発声練習に欠かせないとかで肺活量とかすごいですよ」
「マジかぁ……」
人は見かけによらないというが、それ以上に第一印象ですら信用できないのだなぁ。
まぁ私からすればどちらも健康体としか思わないけど。
とかなんとかやってたらマンションの前に辿り着いた。
鍵を使い自動ドアを開け、工事中の看板が掛けられたエレベーターの前を素通りして階段に向かう。
非常階段の他に低階層に住んでいる人はこっちを使う事が多い。
最上階に住んでる人とかは開き直って宅配してもらって、仕事もリモートに変えてもらい部屋から出ない生活をしていると聞いた。
苦労しているのは遊びに出かけたい子供くらいだろう……と思っていたら通学が大変なだけで、帰ってきたらオンラインで通話しながらゲームをしているらしい。
時代の変化とはすごい物だ……。
「っと、あそこの部屋よ」
階段を登りきったところで彩音が汗をだらだらと流して死にかけている。
うーん、まずはシャワーかな?
少しさっぱりして、リラックスできるように道中買ってきたシャツに着替えた方が楽だろう。
その間に私は適当におつまみでも作ればいいか。
「はい、どうぞ」
鍵を、そしてドアを開けた瞬間全員の表情が引きつった。
部屋が荒れていた。
泥棒でも入ったかのように物が散乱して、そして皿や壺が割れているのだ。
私の趣味じゃなくてオーナーと千秋さんが話し合って設置した魔除けの一種だったはずなのだが……。
「ごめん、ちょっとうちのバイト先に電話入れる」
速攻で千秋さんに連絡を入れることにした私を誰か褒めてほしい。
……炎天下で待たされている彩音が死にかけているけど、もうそれは仕方ない物としよう。




