瑕疵物件
帰宅すると和室のドアからこちらを覗いている女がいた。
面倒だったので鞄を投げつけてドアを閉める。
続けざまにテレビをつけて、料理をしようと冷蔵庫を開けると中に人の手が入っていた。
流石にこれは食べられないので横に避けてからベーコンを取り出す。
うーん、ほうれん草と一緒にバターで炒めるかな?
テレビはノイズが酷いが見られないわけじゃないので放置。
今日も株価が乱高下しているなぁ。
円安も続いているしそろそろどうにかしてほしい物だが、幸い私達の業界じゃあまり関係のない事だ。
一応海外から依頼が来ることもあるが、そういう人は大体自分から日本に来る。
そうでない場合は出張という事で旅費は向こう負担で行くことになるけど、滞在中の食事などは自腹になるので赤字になることが多い。
海外の物価が云々言う人いるけど、あっちもそんなに安くないからね?
むしろ日本より高い場合もあるし、酷い時はぼったくりにも合う。
だからこそガイドや通訳が必要になってくるわけだけど、その手の人を雇うのもこちらの負担になるので人件費も馬鹿にならない。
とくに霊関係に理解のあるガイドとなってくるとなかなか……。
この前の奥多摩でもそうだけど、地元の情報とか知っている場合なんかはどういう理由で出向くかを相談するだけでガチャ切りされることだって珍しくないし、私達の業界がそうであるようにガイド業界にも横のつながりはあるのだ。
そうなった場合はもう危ないルートか、あるいは私達のコミュニティ内で用意できるガイドを捜すしかなくなる。
手間が増えるし、まともじゃないから危ない、なによりお金が余計にかかるのだ。
日本でエクソシストを名乗っている人ほど苦労するようになってきたというのもまた時代かもしれない。
……まぁ、悪魔という存在に出会ったことはないからわからないんだけどね。
そもそもキリスト教は幽霊という存在に否定的だ。
死後は天国か地獄か煉獄と言った感じだったはず。
良い人間は神の国に迎え入れられて、悪い人は地獄だったかな?
あれ、これ仏教だっけ……あと洗礼受けてないと煉獄って言うのは覚えている。
キリスト教伝来の時に「うちのご先祖様と合えないなら別にいいや」と断った人がいたなんて話をどこかで聞いたことがある。
さて、話がそれたが今度は冷凍庫を漁るとおっさんと目が合った。
そのまま氷漬けにされるといいさ、私は鮭の冷凍切り身を引っ張り出してレンジで解凍してからオーブンにぶち込む。
バター焼きはビールが進むのだが、ほうれん草とベーコンのバター炒めがあるからカロリーに気を使って今日は塩焼きだ。
これもこれで日本酒に合うのだが……さて、晩酌は何を飲もうか。
まずはおかずと一緒にお米を食べて、残りのバター炒めでぬとぬとになった口内をビールでさっぱりさせてから鮭と日本酒だろう。
うむ、この流れだな!
しばらく待つと鮭も焼けて、バター炒めもできた。
炊飯器をあけると子供がこちらを見ていたが構わずその眉間にしゃもじを突き立ててお米をよそう。
ホカホカのご飯、ほうれん草とベーコンのバター炒め、鮭の塩焼き、そしてインスタントだがお味噌汁も付けてご機嫌な夕飯。
近くに缶ビールと、ちょっと奮発して買った5000円くらいの日本酒の小瓶を置いて手を合わせてご飯を食べる。
そしてビールを飲み、さっぱりしたところで鮭を食べるのだ。
ホクホクとしていて、それでいて塩辛さが喉に来る。
ここでキュッと日本酒を……。
「ゲフッゲフッ!」
苦酸っぱい!
なんだこれ、日本酒じゃない!?
いや、間違いなく日本酒だし今日開けたものだ。
となると霊現象で変質したか……?
よく見れば何かが沈殿しているが……妙なものだ。
少なくとも物質じゃない。
霊的な影響を受けた何かだろう。
……まぁいいか、これはこれで美味しい。
なんというかお酢を使った健康法のアレを真似て一時期リンゴ酢とか飲んでたけど、これは米酢に近いアルコールという感じだろうか。
飲めない事も無いし、残すのも捨てるのも勿体ない。
そういえば瑕疵物件に日本酒を置いておいて、内見に来た人に飲ませるなんて判別法があるとか聞いたな。
違和感を覚えたらその人は影響を受けやすいから控えた方がいいとかなんとか。
そういう意味じゃ私はがっつり影響を受けるのでは……いや、受けてたわ。
麻痺してるけど普通部屋で知らない女がこっちを見てたり、冷蔵庫に手が入っていたり、炊飯器から子供の顔が出てきたら精神を病むだろう。
けどそのくらいで害は無いのだから放置してもいい。
問題があるとすれば……。
「次は日本酒じゃなくてワインにしよう」
お酒はちゃんと美味しく飲みたいのだ。




