お引っ越し
新居、引っ越し、その手の言葉にわくわくするのは私の経験が少ないからだろうか。
引っ越し慣れしている人なんかは「またか」とうんざりするかもしれないが、私は結構こういうわくわくは好きだ。
普段片付けない部屋を奇麗にして、見えなかった床がそこに存在するのを実感する。
いつもなら絶対に動かさない家具、箪笥なんかを必死に動かしてはその裏でゴキブリの死骸が転がってないかとひやひやしたり、思わぬところから煙草の吸殻が転がり出てきて鍛冶にならなかったことに安堵する。
そんな時間が好きだったりする。
……引っ越し先が心霊マンションじゃなければな!
お値段なんと一部屋お買い上げで10万円、築半年のマンションに私は引っ越す事になった。
理由はいくつかあるのだが、主に千秋さんのせいである。
前回の仕事は完璧とは言えないが及第点を貰った私達、そのご褒美として引っ越し先のマンションを紹介されたのだが……業界繋がりの紹介という事で幽霊絡みだった。
千秋さん曰く。
「あー、いるけど大したことないな。数が多いだけで蚊柱の中に住むようなものだ。慣れれば問題ないし今の部屋よりセキュリティも設備も整っているから安心しろ」
とのこと。
蚊柱の中に住むってなんだよ……私は蚊じゃないぞ!
「で、手伝いはありがたいんですがどんな魂胆ですか?」
「いや、普通にお前のお母さんに手伝い頼まれた。お前の家の飯美味いなぁ。漬物とか最高だし、ぬか床と一緒にくれるっていうからさ」
「ぬか床に釣られたのかこの人……」
「私も漬物やってみたんだがどうにも上手く行かなくてな? 漬物石に使っているのが曰く付きの要石だったのがいけないのかね」
「倫理的にもアウトですね……」
どこから拾ってくるんだそんなもの……。
またあれか?
呪物コレクターネットワークとかそういうのか?
「そうは言うがあの要石は私も欲しくて手に入れたんじゃないぞ。とある伝手で回ってきた仕事の関係で持ってるだけで、持ち主は死んでる」
「死んでるって……」
「ありゃなんかの封印だったんだろうな。それを動画撮影で引っこ抜いて記念に持ち帰ってきたやつで、そのまま力に負けて死んだ。自業自得だな」
「……それ、私達も危ないんじゃ」
「そうでもないぞ。うちには封印してたものよりやばい呪物が山ほどあるからそっちで手一杯だろ。まぁ仮にそんなもの無くても私らに矛先が向くことも無かっただろうし、要石が無くても呪物同士で牽制し合って何もしてこなかっただろうな」
だろうな、って確定じゃないんだ……。
今度見かけたら手を合わせるくらいはしておこう。
「ちなみにこれから引っ越すマンション、内見しましたけど何も感じませんでしたよ?」
「あぁ、あれは住んだ相手に対してのみ効力を発揮するタイプの悪……地縛霊だから」
「今悪霊って言いかけましたよね?」
「まぁ悪霊ではあるが、本当に大したことないぞ? 旧吹上トンネルのに比べたら雑魚だ」
「あそこと比べたら全部雑魚ですよね」
「たまにいるんだよ。無茶苦茶つよい浮遊霊というか、徘徊する系の悪霊。そういうのがいるから比較は難しいんだが、5段階評価でも下から2番目くらいだな」
その評価の基準がわからないから何とも言えない……。
絶対評価なのか、相対評価なのかもわからないし、知りたくもない。
「お前がいつも虫を追い払うようにしてるような連中が一番下で、5段階評価の最底辺な? 以前河川敷であった兵士の幽霊が真ん中くらい。トラックの幽霊も同じくらいだな」
「ってことは本当に雑魚……?」
「あぁ、ただ数だけで言えば相当なもんだが雑魚がいくら群れても雑魚だ」
「……ざっくりで」
「300くらいいたかな? あの地域にいる悪霊全部閉じ込めた感じだった」
「多いですよ! なんでそんな悪霊の巣があるんですか! 築半年で!」
「そりゃお前、わざとそういう作りにしたんだよ。部屋ひとつ潰して周囲一帯を安全にする。いわばゴキブリホイホイだな。あのマンションは都営とかじゃなくて地主が建てたものだし、こっち側に伝手があったんだろ」
「ゴキブリハウスに住めと!?」
「ちょっと霊感あるだけの人間なら死ぬかもしれんがお前なら大丈夫だ」
何を根拠に……と言いたいが、私もそれなりに経験を積んで悪霊祓いのあれこれは多少心得ている。
無防備な人よりはマシ程度だが、例えるなら戦場で武器と防弾チョッキ持ってるくらいだろう。
ただし武器はナイフと拳銃で、防弾チョッキは使い古しの物だけど。
千秋さんなんかはそこそこのライフルでも持ってるんじゃないかな。
呪物含めたら戦車くらいの戦力になるだろう。
「私が買ってもよかったんだが、正直生活するだけなら事務所で十分だしな。それに下手に呪物持ち込むと中にため込んだ奴らが逃げ出して周囲一帯を悪霊爆撃することになる」
「それは……」
「例えるならゴキブリ満載のマンホールに殺虫剤流し込むようなもんだ」
「最悪ですね……で、私の場合は?」
「美味く共存できると思うぞ。それに最悪の場合に備えた道具もくれてやるからな」
そう言って千秋さんがとりだしたのは千寿氏の家で使った鉈だった。
あの時渡されたキーホルダーはそのまま持っていろという事なので、家の鍵につけていたがこれも曰く付きなのかもしれない。
「その鉈って……」
「犬神を封じてあるやつ。生身の物体は切れないが、幽霊くらいならバッサリ斬れるぞ。私の呪物コレクションの中でも攻撃力という1点で言えば最強だな」
「そんな物騒な物を引っ越し祝いに?」
「そうなるな。なにせほかの呪物は持ち主にも危険を及ぼすから難しくて……あ、例のドッペルゲンガー作る鏡とかでもいいが、あれ使うと本人が疲弊するからおすすめしないぞ。ちょっと買い物にドッペルゲンガー送ったら死ぬほど疲れた。ダイエットには向いてるが……春奈に入らんだろ?」
「呪物そのものがいらないんですが……まぁお預かりしておきます」
そう言って鉈を受け取る。
布でグルグル巻きにされ、更に梵字で何かが書かれているが無視しよう。
使わないで済むといいんだけどなぁ。




