一件落着?
「終わった、帰る」
たった一言、そう告げた千秋さんは足早に千寿氏の家を出ようとした。
礼と言って札束を渡されていたが、普段の金なら喜んで貰ってしまうはずの千秋さんはそれを近くの用水路に投げ捨てていた。
「いいんですか?」
「いいんだよ。あんなやばい金もらえるか」
「やばい……?」
「呪いの人形って定番の怖い話あるだろ? 捨てても捨てても戻ってくる奴」
「あー、はい。割と人形系はそういう話多いですが、メリーさんとかチャッキーに比べたら害の無い……わけじゃないけど被害としては軽微な部類ですよね」
「そうそう。あの金は同じタイプでな。どうあがいても持ち主の所に戻ってくるものだった。しかも特級のやべー呪い付きで、なにかあったら殺しにかかってくるタイプ。今回のトリガーは敵対じゃないかな」
「じゃあ捨てても意味ないんじゃ……」
「前に話しただろ。流し雛、水の流れは呪いも流す。呪物を捨てるには川が一番だ。まぁ用水路でも同じような事ができるってだけで効力は落ちるが、追いかけてくることはないだろ」
かなり広い用水路だが、水の流れはゆったりしたものだ。
そこでさっきの札束の端っこがゆらゆら揺れているのがまだ見える。
正直気味が悪いが、これ以上見るのはやめておこう。
「ちなみに拾った人は……」
「あー、追いかけてくる呪い含めて一部の条件とかぶっ壊れてるからな。多分死ぬ」
「ちょっ!」
「だいじょーぶだって、この辺りじゃ千寿氏は有名だろうし、用水路に落ちてる金をどうこうしようというやつはいないだろうさ」
千寿氏の家、そして評判などから察するに半ば村八分なのではないだろうか。
だがお金持ちなのは確か、用水路に捨てられたお金から連想することもできるくらいには。
同時に訳アリの品と見て、お金が完全に流れていくまで誰も触ろうとはしないだろうというのが千秋さんの見解だった。
「……子供は?」
「あ……」
問題はそんな大人の事情なんか知らないという子供。
彼らは好奇心のままに何でも手を出す。
それがどんなに危険なものかも知らず、時に本当に死にかけるがそういった経験を続けて大人になっていく。
よーするにだ。
お金が用水路に落ちてたら拾うでしょ、子供なら!
「あー、えっと、そこは大丈夫じゃないかな……ほら、用水路で遊ぶなって子供は言われてるだろうし……それに今は夕方だぞ? 子供も帰る時間だし、明日までには全部流れてるって……たぶん」
「たぶんじゃだめじゃないですか……」
「だってさぁ、今更触れたくないだろ。あれ、要するにウィルスに感染したパソコンを適当にいじくりまわしてどうにか動くようにしたレベルの代物だからな? 拾うのだって危険なんだぞ! 近づきたくもない!」
「そんなものを用水路に投げ込まない!」
「いやいや、長く持ってる方が危ないし、奴の地元だから何かあっても対処できるだろ! 最悪の場合あの爺が動くだろうし、私も呼ばれたら対処くらいはするさ! まともな方法じゃないけど!」
「あー、それ! まともな方法じゃないって言いましたけど、さっきのしめ縄とかなんですか? いや、内容は聞きましたけど、どうやって手に入れたのかとか!」
普通しめ縄を、それも呪いに使われた木に巻かれていたものを一般人が持っているなんてありえない。
そう思い問い詰める。
「あれなぁ……一度お焚き上げされてるんだよ。お経を読みながら炎にくべられてな? だけど、焦げ跡一つつかなかった」
「は?」
「だから少しも燃えなかったんだって。それをどうにかしないといけないとなった時に霊能力者ネットワークで誰が貰うかってなった時に私が運よく手に入れたんだよ。呪物コレクターなんかも参加したでかい抽選会だったけどさ……」
「なんですかそのけったいなネットワークとコレクター」
「裏じゃ有名だぞ? コレクター共は手に負えなくなったら霊能者に任せる。あいつらの所に行っても結局もう一回抽選で誰が対処するかって話になるだけなんだ。まぁ……他の呪物の影響でもっとやばい事になってる場合も多いから嫌われてるけどな」
「……その人達、こう、なんといいますか」
「頭のネジが外れてるって言いたいんだろ。実際まともな感性じゃないが、目利きだけは凄いんだよ。嗅覚と言い換えてもいいし、それに付随するだけの金とコネは持っている」
「一番厄介ですね……」
「なぁに、この業界にいればもっと厄介なものにも出くわすさ」
そう言って千秋さんはカラカラと笑った。
うん、そうね。
もっと厄介な人、千秋さんの弟子やっている私が他人の事どうこう言えないわ。




