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人を呪わば穴いくつ?  作者: 蒼井茜


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18/30

奥多摩珍道中⑥

「で、あんな啖呵切った手前どうにもできませんでしたってことにはなりませんよね」


「……どうしようか」


「おい」


「いや、一応方法は考えてあるんだが……」


 千秋さんが言いよどむというのは余程面倒なやり方か、あるいは無茶苦茶危険という事だ。

 多分今回は後者。

 直感でしかないけれど、私達みたいなのはそういう勘って言うのを大切にしている。

 相手が人間じゃないからね、常識じゃ戦えないのよ。


「とりあえず春奈、死ぬ覚悟って出来てる?」


「まだしばらく生きていたいです。あと80年くらい」


「……何気に図太いよな、お前」


「いえいえ、千秋さんの神経と脇腹ほどではいだだだだだ」


 ほっぺをつねられた。

 ちょっと動くたびに耳元で鈴がチリンチリン鳴って五月蠅いな。


「次体重の話したらもうラーメン奢ってやらないからな?」


「ひゃい……」


「冗談はこのくらいにしてだ、死ぬ気で挑まなきゃ今回の一件はどうにもならん」


「危険なのはわかってましたが……命がけですか?」


「あぁ、少なくとも呪われるのは前提で動かなきゃいけない。今回に限っては道具も頼りない物ばかりで、本格的なものにしても使い道が限られる。ただその中で唯一確実に成功すると言っていい方法があるんだが……十中八九死ぬ」


「じゃあ却下ですね」


「そうしたいんだがなぁ……そうも言ってられんのよ」


「なんでですか?」


「臭い、どう感じる?」


 言われてハッとする。

 鈴の音、煙草の匂い、それらがあるにも関わらず獣臭がする。

 気持ち、徐々に強くなっているようにも思えるが、私達は今一歩も動いていない。

 つまり向こうから寄ってきているという事だ。


「式として使いやがったな。今回は見張りってところか? 逃げたらこいつらに呪われるんだろうな」


 何かを見つめながら千秋さんが鉈を投げる。

 危ないと怒ろうかと思ったが、その鉈は刃を下にして落ちたのに地面に転がった。

 ありえない、試し切りまでした鉈だったのに床には重い物を落としたような跡が残るだけだ。


「無理やり犬神を鉈に押し込んだが、これはコントロールされているからできた芸当だ。呪い返しで術者の手を離れた犬神なんて手の施しようがない」


「えっと、その辺りがよくわからないんですが……」


「わかりやすく言うならペット犬と野犬の違いだな。どっちも扱いを間違えると危険だが、普段の生活で絶対に関わりたくないのは野犬の方だろ? そいつが狂犬病持っていたとしたらなおさらだ」


「あ、それは嫌ですね。その例えで言うなら今回のは狂犬病持ちの野犬ってことですか?」


「いや、もっとタチの悪い猛毒を持った狼ってところだな。まともに相手したら絶対に死ぬ」


 逃げたい、今まで何度も思ったが今回ほど強く思ったことはなかった。

 本当に命がけの現場に来たことが無かったのが災いしてか、膝の震えが止まらない。


「あー、まぁあんまり心配するな。赤字覚悟で行けば全員無事で絶対に成功する方法もある」


「それ、嘘じゃないですよね? 嘘だったらこれでぶん殴りますよ?」


 地面に落ちた鉈を指さす。

 なんかすごく禍々しい。


「嘘だったらそんな暇なく死ぬから気にするな」


「ちょっ、本当に大丈夫なんですよね!」


「大丈夫だ。今回ばかりは本気で行くから私を信じろ」


 なんだろう、普段軽薄なこの人が何を言っても信じられないと思っていた。

 けど、今だけは本気で信じていい気がする。

 これも直感だけど。


「とりあえずこれを持っておけ」


「これって?」


 手渡されたのはキーホルダー。

 ウサギのぬいぐるみがついている可愛いやつだ。

 見たところ妙な感じはしない、至って普通の物だ。


「知らなくていい事もあるってな。とりあえずそれさえあれば死ぬことはない」


「このキーホルダーで?」


「後で詳しく教える。この家の中じゃ話したくないからな」


 そう言って千秋さんはずんずんと問題の子がいる部屋へ進んでいき、鉈を振るいドアをぶち破った。

 ……なんか冷静になって、あぁ、あの鉈はまだ切れるんだとか思ってしまった。


「はろー、そんでもってさようならだ」


 そう言って千秋さんがとりだしたのは塩とお酒。

 除霊としては一般的に使われるが、正直に言ってそんなものが通用する相手なのかと言われると疑問だ。

 実際塩は黒く染まり、お酒のは真っ白に濁ってしまった。

 使い物にならないどころか、汚染されていると言ってもいい。


「そんじゃこれ」


 次に取り出したのは銀の十字架だが、数秒と持たずに黒く変色してしまった。


「ほい、形代」


 投げるようにして取り出した犬のぬいぐるみは無残にも八つ裂きにされた。

 除霊はもちろん、捕獲もできないようだ。

 時と場合によるが、捕獲の方が簡単な事もある。

 その両方に失敗したという事は、千秋さんの能力では対応しきれないという事になってしまう。

 万事休す、そんな言葉が頭に浮かんだ。


「流石に神と名がつくだけあって手ごわいが、人間の悪意から産まれた存在。同じ悪意には勝てないな?」


 そう言って最後に取り出したのはボロボロのロープだった。

 いや、太さ的にはしめ縄だろうか。

 それにしては妙に禍々しいが……。


「っしゃ! 引っかかった! 春奈、これ持ってろ!」


「え? あ、はい!」


 言われるがままにしめ縄を持つと手のひらから何かが侵食してくるような感覚がした。

 ぞわぞわと、まるで髪の毛の塊に触れているかのようだ。

 気持ち悪い、けれどこれを手放すのはもっとマズい。

 そう思った瞬間だった。


 パシーンと甲高い音を立てて、千秋さんが呪い返しを受けたという女の子の額に経文を叩きつけたのだった。

 その後懐から取り出したナイフでしめ縄と女の子の間を切るような動作をしてみせた。

 すると不思議な事にしめ縄が勝手に動き始め、そして端が宙に浮いたかと思うと締まった。

 なにか、まさに犬が暴れるように動き回るそれは不思議な感覚だったが、同時に酷く不愉快だった。


 そんなものを前にして千秋さんは懐からビーフジャーキーを取り出す。

 昨晩の晩酌のあまりだ。

 たしかちょっとお高いの買ったはいいが、食べる前に酔いつぶれたところまでは覚えている。


「汝、自由を得ることはできず。されどその飢えを癒す事はできる。我に従うのであればその飢えは我が生のあるうちは満たされるであろう」


 その言葉はどこか透き通って聞こえた。

 まるで多摩川の河川敷で見せた舞のような、神聖なものを感じさせる言葉だった。


 それに呼応するように縄の動きが大人しくなり、そしてばさりと音を立てて地面に落ちた。


「もう放してもいいぞ。というか放せ」


「はい……」


 怪しげな物体を握らされていたのは紛れもない事実。

 だが、何を持たされていたのかはわからない。

 正直知りたくも無いのだが……。


「これ、なんですか?」


「あー、神社で丑の刻詣りに使われた御神木に巻いてあったしめ縄。何人もの怨念を吸ってるから結構危ない物体だけど、いつもお守り代わりに持ってる」


「よく級吹上トンネルで崩れませんでしたね」


「奥まで行かなきゃこいつが崩れるようなことはないさ。切り札の一つだし」


 一つ、という事は他にも同等以上のやばい物体があるのだろう。

 そこを掘り下げるつもりは無い。


「それで、犬神はどうしたんですか?」


「やっこさんは動物霊とはいえ式でもある。人の言葉を理解するだけの知能はあるからな。本来の仕事をこなしていただけなんだが、それは契約だ」


 そういえば言霊と契約についてさっき話してたな……。


「だから言霊と道具、餌と契約で仕事の上書をした」


「上書き……」


「そう。私が生きている間は生前の飢えをどうにかしてやるから一緒に来いって」


「危なくないんですか? それ」


「ぶっちゃけ滅茶苦茶危ない。ただ保険はかけていたから死ぬことはなかったよ。それはあとで話すけど」


「……本当に?」


「本当本当。千秋さん嘘つかない」


「先月のお給料、支払い遅れた時に仕事が無かったって言ってましたけど、実際はガチャに課金してましたよね?」


「うっ……なぜそれを……」


「事務所の経理担当は私ですよ。千秋さんの口座も私が握っていますからね?」


「……今月、推しキャラのピックアップなんだけど」


「ダメです。とりあえず一仕事終わったのなら早く退散しましょう。そろそろ気分が悪くなってきました」


「そうだな。長居するような場所じゃない」


 忌々し気に部屋を見渡した千秋さんは、そそくさとその場を出て行こうとした。

 だが私は見逃していない。

 黒ずんだ塩や濁ったお神酒、真っ黒になった銀の十字架をしっかりと懐にしまい込んでいたのを。

 まーた妙なコレクションが増えるのかな……。

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