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人を呪わば穴いくつ?  作者: 蒼井茜


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16/30

奥多摩珍騒動④

 しばらく、1時間ほど歩いたところでホームセンターらしきものが見えてきた。


「こんな田舎にもあるんですねぇ」


「むしろ田舎だからこそ重宝されると思って聞いてみたんだ。この辺りは雪が降れば車も通れず、そうなれば陸の孤島になる。山に入るには相応の装備が必要で鉈なんかは必需品、釣り人なんかもいるだろうな」


「なるほど……そういえばどうして鉈なんですか?」


 千秋さんは鉈が買える場所、と言っていた。

 ピンポイントで名指ししている。

 刃物というなら他のものでもいいだろうし、なんならその程度千寿氏の家にもあっただろう。


「理由はいくつかあるが、まず犬神に取りつかれた物の話になる」


「犬神って人以外にも憑くんですか?」


「あぁ、鉈はその代表で憑りつかれた鉈はなにも切れなくなるって言う。実際はどうなのか知らんが、少なくとも霊感の無い人間には何も切れていないように見えるんだろう。少なくとも人を傷つける事は……あー、鈍器としての利用以外では無理だな」


 少し考えてからそんな事を言った。

 鈍器として、というのは切れないという逸話にのっとったものなのだろうけれど、本人がどうにも納得していないように見える。


「それと千寿氏の家にある者は極力使いたくない。この土地ならともかく、あの人やあの家とこれ以上縁が結ばれるのはごめん被る」


「あぁ、それは納得です」


 縁は怖い、というのは以前も話した通り。

 これ以上関りを持てばどんなことになるやら……。

 末永くお付き合いをなんて言われた日には全力でお断りするし、嫁に来ないかとか聞かれたらその場で撲殺したくなるだろう。

 私は無理でも千秋さんなら躊躇わずやる。

 犬神筋で、実際に呪いをかけることができるとなればこの人はためらわず暴力に訴える。


 呪いの弱点、それは効力が出るまで時間がかかるという事だ。

 大掛かりな儀式が必要な場合も多いが、犬神はその例外らしい。

 なら手っ取り早く術者を潰してしまえばいい。

 曰く、ゲームで詠唱中の魔法使いをぶった切るのと同じ理論だとか。

 発動前に潰してしまえば呪いは全て術者に帰るらしい。


「んで、こっちとしても最低限でいいから装備は持っておきたい。物理的にも霊的にも」


「物理的は分かりますが、ホームセンターで霊的?」


「割とあるぞ。例えば消臭剤、今回は使わないが除霊グッズとして一般にも普及している。まぁネットのアングラなところでだけどな」


 そう言えばそんな噂聞いたな。

 某会社の消臭剤を幽霊に向けて吹きかけたら以後でなくなったとかなんとか。


「あとは金物っていうのは基本的に霊や妖怪を遠ざける効果がある。特に妖怪相手には抜群の効果を持っているからな。河童なんかはその代表で金物を持っている相手は襲わないとか、そういう逸話があったりする」


「へぇ、面白いですね」


「まぁそれも種類によるんだがな。一本だたらなんかは関係なしだ。まぁあそこまで行くと神様に近いからかもしれんが」


「妖怪が、神様?」


「忘れたか? この国じゃ祟り神なんて言われる存在がいるんだぞ。凄い力を持ってれば悪霊だろうが妖怪だろうが神様になれる」


 そういえばそうだ。

 有名どころだと平将門公、日本最強の怨霊として知られていたが祭り上げたことで神様とされている。

 菅原道真公だって天満宮で御祭りされてるし、その手の話は事欠かない。

 神道はある種の自然信仰でもあるので八岐大蛇なんかもこれに含まれるそうだ。

 以前そんな事を教えてもらった覚えがある。


「ちなみにその手の対処法は……」


「あ? 神様相手にどうこうできるわけないだろ。逃げ一択、そもそも近寄るな。触らぬ神に祟りなしだ」


「ですよねー。でも今回の件、仮にも神ってついてますよね」


 犬神、名前に神を関する呪い。

 それの対処法は千秋さんですら正攻法しかしらないという。

 そんなものを返されたならば……いや待った。

 そもそもその前提からしておかしい。


「あの、ふと思ったんですが犬神って呪い返しできるんですか?」


「いい着眼点だ。結論から言うとできないことはないが、現代の霊能者じゃまず無理だ。それこそ神様レベルの守護霊がいる相手に送り付けたとかの特殊な状況じゃなきゃ有りえないが……その場合既に呪った側は死んでいる」


「呪い返しってそのまま呪いが返ってくるだけなんじゃ……」


「並の術者ならそのまま返すのが普通だしそれ以上はできない。言うなればキャッチボールだ」


 ホームセンターの中に入り近くにあったグローブをこちらに見せてくる。


「だが神様レベルの存在に守られているなら話は別になってくる」


 そう言って千秋さんが手に取ったのは金属バット。


「例えるならピッチャー返し、それもホームラン級の威力で顔面狙いだ。打ち返されて、加速して、そして大ダメージ。だけど今回はそんな気配がない。少なくともあの家からも千寿氏からも、神様やそれに近しい存在特有の気配はしなかった」


「気配……」


「それとさっき言ってた犬神だが、実際神の名を持っているけれどこれも祭り上げたようなもんだ。恐れて畏怖して、神の名を与えることで少しでも理解が及ぶようにしたんだろう……というのがうちの婆様の言葉だ。実際はどうなのか知らんがな」


「適当ですね」


「適当なくらいがちょうどいい。詳しければ危ういのがこの世界だ。ニーチェが言っていただろ? 深淵を覗く時、深淵をまたこちらを覗いているのだと」


「つまり……概要くらいしか知らない方が付け入られにくいと」


「半分くらい正解だ。残り半分は知りすぎると人ではいられなくなってしまうという点。それこそ人から妖怪やら神やらになってしまいかねない。そしてその多くは邪教と呼ばれるようになる」


「また話が飛躍しますね。ちょっと詳しいだけで神仏妖怪になるってのはそういう扱いをされるってことですか?」


「そうだ。そしてそれを崇める連中が出てくる。本人の意志とは無関係に」


 ギリッという歯ぎしりが少し離れたところでも聞こえてきた。

 思うところがあるのか、それとも何か嫌な思い出があるのか。

 どちらにせよこういうのは触らぬ神に祟りなし、そのものだ。


「それはそれとして、鉈ありましたよ」


「お、でかした。あとは清酒と煙草と……一応この辺も買っておくか」


 買い物かごに雑多に物を押し込んでいく千秋さん。

 何を買っているかはよくわからないが、チラリと見えた者の中にはペット用の鈴なんかも見えた。

 ……犬神に鈴なんか効くのかな?

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