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人を呪わば穴いくつ?  作者: 蒼井茜


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旧吹上トンネル

 さてやってまいりました心霊スポット旧吹上トンネル!

 ……とでも気分を上げていないとやってられないのが現状。

 今までいくつかのスポットを回ってきたし、仕事でそういう場所に行くことも珍しくなかった。

 だけど、ここは違う。


 空気からして尋常ではない。

 少なくとも幽霊に殺された人が何人いるかわからないくらいの強さだ。

 八王子城址の空気と比べれば雲泥の差である。

 まるで空気そのものが毒になったような、まさしく瘴気と呼んで差し支えないものだ。

 トンネルだからという理由ではなく、外から眺めているだけでも寒気がする。


「千秋さん、ここやばくないですか?」


「んー? 滅茶苦茶やばいよ?」


「そんなこと言いながらここも浄霊なり除霊なりするんですよね……」


「いや、そんなん無意味だから封印。それでもこれだけ空気が悪いとなると手間取るだろうなと思うけど」


「封印?」


「そうそう、炊飯器にお札張り付けるような感じでここに抑え込んでおく。それが今回の仕事」


「はぁ……」


 炊飯器にお札という言葉の意味は分からなかったが、とりあえず閉じ込めておくのだろうというのだけは理解した。

 それにしたって異様な雰囲気である。

 まるで異界の扉が開こうとしているような、そんな感覚だ。


「けどマズいなこりゃ……あふれる寸前ってところだ。このまま放置したら間違いなく……」


「間違いなく?」


「美味い言葉が見つからないんだが、端的に言うなら爆発する。それこそ多摩地区全域を覆い隠すくらいの大爆発。この辺り一帯がまとめて心霊スポットになって、霊感の無い人でも影響受けるようなやばい土地に変貌する」


 マズいどころの話じゃなかった……。

 最低でも地区を巻き込むレベルの心霊スポットとなるというのは洒落にならない。

 その手の話は全く存在しないわけじゃないが、稀有な例だ。


「とりあえずの措置はするとして、長い目で見れば悪手としか言えない。かといって突けば破裂しそうな風船に何かするわけにもいかない……どうしたものかね」


「間引くとかできないんですか? 少なくとも100や200じゃない数がいるのは分かります。何割か減らすだけでもマシになるんじゃ……」


「無理だねぇ。ここは本格的にやばい場所みたいだから。パワースポットの逆というか、負のパワースポットになっている。間引いたところで周囲から引っ張ってこられるのがオチだし、その全てが悪霊になりかねない」


「まるでブラックホールですね……」


「いい例えだ。まさしくそんな感じだけど、これをどうにかするのは無理。並の霊能者どころかベテランとか世界最高峰をダース単位で連れてきてどうにかできるかもしれないってレベル。あの婆さん、よくこんなところ対処できてたな……」


 そんな事を言いながら煙草に火をつけた千秋さんは周囲を見渡す。

 私も同じく煙草に火をつけるが、その煙は風も無いのに渦を巻いて消えていく。

 ……なんか気分悪くなってきた。


「あのミラー……」


「どうしました?」


「いや、あそこに割れたカーブミラーあるのわかるか?」


「割れた……あぁ、あのボロボロの」


 千秋さんの視線を追うと確かに割れたカーブミラーがあった。

 あんなふうに割れるのか、というのはさておき禍々しい何かを感じるのは事実だ。


「あれが原因か」


「原因?」


「ここをブラックホールたらしめている封印の一つ。調べたらあれも噂の一つになってるかもしれないけど、少なくともとんでもない力を感じる」


「あれをどうにかしたらいいんですか?」


「いや、あれを媒介に封印を強化しつつ奥に追いやるのが対処法の一つかなと。えーと……あった」


 無防備にミラーに近づいた千秋さんだったが裏からのぞき込んでお目当ての物を見つけたらしい。

 私も恐る恐る後に続くと、足元に何かを掘り返した跡があった。

 ミラーのすぐそばの、コンクリがはげたであろう跡にだ。


「形代……いや、こりゃ式神だな」


「それって陰陽師とかの?」


「ありゃ別格だが似たようなものだな。掘り返すのはマズいが、かといって力が弱まってるのを放置するのもマズい。ここで防波堤してくれている存在だ。なにか措置をすれば……あぁ、そういう……いや、でもなぁ……」


 物凄く悩んでいる。

 そして顔をしかめている。

 少なくとも本物の幽霊関係でこんな顔を見せる千秋さんは初めて見た。


「春奈、悪いが車のトランクからバール持ってきてくれ」


「はい」


 今回のお仕事に際してそれなりの装備をいくつか持ってきている。

 主に曰く付きの物品が中心だが、最低でもかかわった人が何人も不幸になっているレベル。

 最大級ともなれば死者が出たものまであり、今回指示されたバールというのは殺人鬼が使っていた道具で死後もその念を宿した物体である。

 要するに現代版の妖刀というべきか。


「どうぞ」


「ん、さんきゅ」


 さて、何をするのかと思えばおもむろにバールを地面に突き立てた。

 そしてそのまま何か念仏のようなものを唱えたかと思うと煙草を咥えては火をつけて地面に落とす。

 何度か繰り返し箱が空っぽになるころには空気が少し和らいだように感じた。

 慣れただけかもしれないけれど、それでも気分としては楽になったというべきか。


「帰るか」


「え?」


「もう終わったよ。とりあえずあの式神に飯を与えて多少力を取り戻させた」


「餌?」


「あのバールに宿った念。高かったんだけどなぁ……婆さんに請求するか」


「それ回収しなくていいんですか?」


「回収とか無理、ほれ」


 そう言ってバールを軽く弾くとポロポロと崩れ始めたそれを見て異様な空気を察知した。

 金属が目の前で崩れていく、それも腐食した様子など無いのにぱらぱらと……。

 何をどうすればここまでというほどに崩れていくそれを見ながら私は確かに耳にした。

 小さな、しかしはっきりとした悲鳴と、死にたくないという言葉を……。


「宿っていた念が全て喰われた。このレベルの呪物でも一年くらいしか持たないんだろうな……やばい所だ」


「あのバールって事務所でも折り紙付きのやばい物ですよね」


「表に出せる範囲では、という但し書きがつくけどな。それを毎年消費か……割に合わない仕事だ」


 そう言いながら車に乗り込みエンジンをかけようとした千秋さんが顔をしかめた。


「……春奈、悪い知らせがある」


 冷たい汗が背筋を伝った。


「車の方の念も……というか持ってきたアレコレ全部の念が喰われた」


 そう言って見せてきたのはバールのようにボロボロに崩れ落ちていく車の鍵だった。


「帰りは徒歩だな……どっかでタクシー拾えたらいいんだが」


 そう呟きながら車のドアを開けようとして、ガコンと音を立てて落ちたそれを茫然と見守る千秋さんは頭を抱えていた。

 無事だった荷物を背負い、その場を後にしたが……来年も来なきゃいけないのかなぁ……。

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