人を呪わば穴いくつ?
夜の帳が下り、あたりを照らすのは月光のみ。都会の河川敷に星明りも街灯もなく、
ただただそこにあるのは静寂と一寸先を隠す闇ばかり。
「帰りたい……」
なぜこんな夜に肝試しもどきに参加しなければいけないのか、
それは話せば随分と長くなってしまうが端的に言うならば……仕事の手伝いである。
私は、いわゆる霊感というものがある。胡散臭いことこの上ない話だが事実だ。
事の始まりはもう十年近く前のことだろう。私は交通事故にあった。
随分と酷い事故だったらしく両手足は捻れ、右目は潰れ、内臓の一部は破裂、折れた肋骨が内臓を傷つける等生きていることが奇跡のような状態だったそうだ。
そんな大事故のおかげで今でも後遺症が残っているし、年単位の睡眠をとって心身ともに大変な状況だった。
随分と両親を心配させてしまったものだが、今では歩き回れる程度に回復している。
してはいるのだが……妙なおまけも着いてきた。
霊感、それも強烈なものだ。
狭い世界ではあるが、この手の界隈では【霊媒】というものに分類されるらしい。
霊感は【霊媒】と【霊感】の二種類に分けられる。分けておいて尚両方に霊感という言葉が存在することに違和感を覚えるかもしれないが、そのあたりは適当なのだろう。
私の師匠もその辺りの理由はよく知らないと言っていた。
ともかく、これらの分類が何を意味するか、まず私の持っている【霊媒】の力は霊に触れる事、見る事、聞くことのできる力。
古い漫画で左手に鬼を宿した教師等が分りやすい例だろう、この能力は随分と希少なものらしい。
続いて霊感は、これは見聞きすることは辛うじてできるが、触れることはできない。
人によっては気配を感じるだけで精いっぱいという者もいる。
わかりやすく言うならば……厳密には違うらしいが霊媒は霊感の上位互換ということができる。
「春奈、ゆっくりでいいとは言ったが些かゆっくり過ぎる、それでは夜が明けてしまうぞ」
そう声をかけてきたのは私の、主に霊媒の師匠だ。名前は銅千秋霊媒師二人で肝試し、しかも双方若い女である。
いろいろな意味で身の危険を感じるが……この人にはたぶん関係ないのだろう。下手をすれば相手が危険だ、生者死者問わずどうなってもおかしくはない。というより十中八九凄惨な最期を迎えるだろう。
「千秋さん……なんで肝試しなんか……」
「決まっているだろう、お仕事だ」
お仕事、千秋さんはそう笑うけれど私のような一般市民にとっては笑い事ではない。
何せ彼女の仕事というのは、詐欺師を疑われる職業ランク上位に座する【霊媒師】なのだから。
「仕事なら仕事らしく……何も肝試しじゃなくてもいいじゃないですか……」
今回の仕事、と言っていいのだろうか。依頼の内容は【河川敷を通過する鉄道でたびたび幽霊が目撃される、最近では高架下で目撃情報が上がっているので何とかしてほしい】というものだそうだ。
確かに、最近大学内でもこの場所の噂は上がっている。
そして肝試しに向かいわーきゃー叫ぶというはた迷惑な合コンもどきも流行っている。
私も同じゼミの人間に誘われたが、断った。
それ自体はよくある類のものだが、師匠はこういったネタを得ると大抵暴走する。
今回もその暴走の一例であり「せっかくだから肝試しにしよう」と息巻いて碌な準備もせずに河川敷へと連れてこられた。
わかりやすく言うなら戦場へハイキングに行くような……いや、どころか猛獣の前で女体盛りを披露するようなものだ。お守りも、お札も、経典も、聖水も、銀の弾丸も持たない。
美味く召し上がれ、とでも言っておくべきだろうか。
「……早速釣れたみたいだぞ」
師匠は呑気にそんな事を言ってみせる。釣れたみたいだ、ではない、食らいつかれたというべきだ。私たちを取り巻くように冷気が立ち込め、夏場だというのに呼気が白く染まる。
背中に鳥肌が立ち、喉がカラカラに乾く。恐ろしい、本能がそう告げているが足は動かない。
霊の姿が見えないところを見るとすでに取りつかれてしまったのだろうか、このままでは私たちは遠からず衰弱死してしまうだろう。
これが霊媒体質と霊感体質の最も大きな違いであり、一概に上位互換と言えない部分である。
霊媒体質とは、幽霊であれば関係なく引き寄せてしまう餌だ。霊感体質は気配の察知など等、大した力がない分ほとんど幽霊から狙われることはない。何せ動物の大半は霊感体質であり、幽霊にとってそれほど美味しい餌でもないからだ。
「それで……どう対処するつもりですか? 」
釣り上げた以上、食いつかれた以上、対処しなければ明日も知れない。だが肝試しをしようなんてばかな理由で来たので対処法もない。
「うん? なに、簡単な事さ」
そう言って師匠はスキットルを取り出して中身を飲み始めた、それから私に差し出して飲めと目配せをして見せる。
……お酒はあまり好きではないが、致し方ない。そう決意して数口飲む。
「うぷっ……」
喉が焼ける、そう錯覚して数秒……冷気が霧散していくのを感じる。だが鳥肌は治まる様子を見せない。
「ぷはー」
不安になって師匠に視線を向けた瞬間、白い煙で目つぶしを食らった。思わず咳き込んでしまう。目にも鼻にも沁みるこの煙……おそらく紫煙だろう。煙草の煙を吹きかけられた、そう理解した瞬間怒りが立ち込める。なぜこんな訳の分からない所に連れてこられて、煙草の煙を吹きかけられなきゃいけないのか。しかも餌にされて酒まで飲まされて、もしかしたら少し酔いが回っているのかもしれない。
そんなことを思っているうちに呼吸を整えることができた。
「おい……」
思わず声が低くなる、千秋さんが相手と言えど知ったことではない……。こういう時はガツンと言ってやらなければ……そう、涙をぬぐい千秋さんに視線を向けるとにやにやと笑みを浮かべていた。
「何がっ」
おかしい、そう続けようとして言葉を失った。
「どうした春奈、あぁなに礼には及ばないよ霊だけにね」
うるさい黙れ、そんなくだらない冗談が聞きたくて言葉を止めたわけではない。
「その……白い影はいったい……」
彼女の隣にはいつの間にか人影があった、先ほどの紫煙を人の形にまとめたような不思議な存在。河川敷を撫でる風もこの人影を散らすことはできていない様子だ。
「なにって、こいつが今回の除霊対象さ」
驚いた、いつの間にか背筋の鳥肌は消え失せている。
寒気もない。恐怖心も消えて、ついでに怒りの感情も治まっていく。
「酒というのはこの手の物に対する常套手段でね、霊的なものには酒を……日本ではその傾向がわりと強いね。あぁ海外でもワインは我が血、なんて記した書物で悪魔祓いをすることもあるね」
それがあのスキットルの中身、つまり清酒だったということだろうか。ではあの煙草はいったい……。
「煙草も除霊にはよく使われる……正確には魔除けだけどね。ついでに君が怒りの感情にとらわれたのもよかった。怒りというのは一見ネガティブなものだが、見方を変えたら活力となる。いわば動の感情だ。霊はこの手の強い感情に弱いからね……一部を除いてだけど」
不吉な事を言っていた気がするが、聞かなかったことにしよう。
そう心に決めて千秋さんに視線を向ける。つまり先ほどのはわざと怒らせた、ということなのだろうか。
「そうそう、私のおかげで取りつかれずに済んだのだよ」
胸を張っているが、その胸部はなだらかな曲線を……具体的にはフラットな板をそらせたような曲線を描いている。
「私の胸部に関してはどうでもいいんだ、重要な事じゃない。それより……君にはどう見えている? 」
「どう……と言われましても……白い霧が人型を保っているように……」
私がそういうと千秋さんは顔をしかめた。何か気に食わなかったのだろうか。
「そうか、君もその程度か」
ひどく失礼なことを言われた、と思ったら慌てたような表情を見せてきた。彼女は表情筋があまり動かないからこういった姿は珍しい。普段は無表情で何かやらかしてくれるという意味でもあるのだが。
「あぁ誤解しないでくれ、霊とのチャンネルがという意味だ」
チャンネル、千秋さんはこの言葉を好んで使う。
霊との波長、という意味らしいが相性の良しあしで見え方や聞こえ方がかわってくるそうだ。
曰くラジオや無線の周波数と同じだそうだ。周波数が一致すればノイズのないクリアな声姿の霊を相手取ることができる、逆に周波数が遠すぎれば最悪姿を見る事もできないそうだ。
「せっかく一度憑りつかせたんだが……」
「おい」
再び声が低くなる。周波数の為にわざわざ憑りつかせたというのか、この女は。何たる暴君だろう、時代が違えば後の世に名を残していたかもしれない程だ。
いっその事来世では男に生まれて性転換してゲームのキャラクターにでもなってしまえ。
「しかし困った、そうなると除霊は難しいぞ」
「じゃあキャンセルですか? 」
「そうもいくまい、前金ももらってしまっている。従業員を失うほどの相手でもない限り返金を言い渡されてしまう」
返せばいいじゃないですか、という言葉が喉元まで出てくる。が、おそらくこの人のことだ。
既に使い切ってしまったに違いない。
呼び出された時事務所に見慣れない摸擬刀が置いてあったから間違いない。
「……そうだ、良い事を思いついたぞ」
嫌な予感がする、こういう時の千秋さんは大抵ろくでもないことを思いつく。それも自分だけが助かるような卑怯卑劣な手段を。
「一応聞いておきますが、どんなことですか」
「ふっふっふ、まず一つ目だが春奈君に」
「却下です」
私の名前が出た時点で却下である、大方私に取りつかせてお持ち帰り、という手段だろう。
その後のことは私に丸投げするという魂胆が見て取れる。
「ふむ、ならば依頼の裏をかく」
「またド外道な手段ですか? 」
「うむ、実は今回の依頼の他に呪ってほしいという物騒な依頼が届いていてな」
拝み屋、霊媒師という職業を根本的に誤解している依頼主がいたものだ。人を呪わば穴二つということを知らないのだろうか。
「幸いそちらは既に完遂しているのだが、せっかくだからアフターサービスでもと思ってな」
「アフター? 」
「あぁ、どうにも依頼は逆恨みから来た物のようでな……依頼主には人生の厳しさを知っていただこうというサービスだ」
つまり依頼主にこの幽霊を取り憑かせると……まあ私に被害はないのでいいけれど、人権団体の幽霊がいたら猛抗議してきそうな内容だ。
しかも私が何も言わないのをいいことに、そうと決まればなんて言い出して幽霊相手に交渉を始めている。多少困惑の色を見せている幽霊だが話を聞いているうちにコクリコクリと頷いているように見える。あれ、なんか納得しているし協力の姿勢も見せているぞ。
「喜びたまえ春奈君、彼は実に協力的だ。なんと一週間線香を供えるだけで仕事を手伝ってくれるらしい。しかもその後ここでは悪さをしないときた。なんてすばらしい幽霊なのだろうか。閻魔大王に会う機会があったら彼の来世を保証するように頼んであげたいものだ」
閻魔大王がいたとして、先に合うのは彼でしょう。なんてことは口が裂けても言えない。霊感に目覚めてから私はいろいろな幽霊を見てきた。戦国時代の鎧甲冑を身に纏った幽霊、昔なじみだったご老人の幽霊、近所でよく見かけた野良猫、なぜか馬に乗った騎士まで見かけた。死後現世にとどまる幽霊というのは存外多いらしく、皆一様に死後の現世を謳歌している。だから先に死んだ者が先に成仏するとは限らない。
なんてことをつらつらと考えていたらいつの間にか影は消えていた。一瞬の出来事だった。
「仕事が早い男というのは素晴らしいね、彼は大した能力はないが数日も憑りついていたら相手も体調を崩すだろう。私もほどほどでと言っておいたしな」
どや顔、というのはこういう表情を言うのだろう。無表情なのに誇らしげとかどういう表情筋の使い方をしたのだろうか。
「さて帰るとするか……ところで腹でも減らないか? 近所に美味いラーメン屋を見つけたんだ、奢るぞ」
「千秋さん、それ脂肪フラグですよ」
「太ったならやせればいいのさ」
あぁ、世の女性が聞いたら悲鳴を上げるか怒鳴るかしそうな事を平然と言ってのける。それができたら苦労はないというのに。
「さあ、ついてきたまえ」
そんなことを言いながらラーメン屋に向かって歩き出した千秋さんは、どこか嬉しげな様子だった。何がそんなに楽しいのだろうか。なんて思いながらも後に続いた。
その後食べたラーメンは確かにおいしかったが日付が変わるであろう時間帯に背油たっぷりのラーメンを食べた私は翌日見事にむなやけを起こすことになった。
そして半月が過ぎたころ、私たちは約束のお供えに河川敷に来ていた。本来は一週間という約束だったが、千秋さんの案でせっかくだから彼が仕事を終えるまで続けようという話になった。どのみち夜中に連れまわされるのは変わらないのだから同行していたが、不意に背後に気配を感じて振り返った。
「おぉ、お帰り」
そこにはこの前の幽霊が立っていた。相変わらず白い靄の塊だ。
「ふむ、どうやら万事うまくいったようだぞ喜べ春奈」
おかしなことを言う人だ、なぜ私が喜ばなければいけないのだろう。
すでに終わった仕事のアフターサービス、それを終えたところで私には一銭の得もない。
「おや、まだ気が付かないのか? 」
「何がですか? 」
猛烈に嫌な予感がする、千秋さんの悪だくみを察知した時や、凶悪な幽霊に襲われた時よりも恐ろしい……そんな予感だ。
「ふむ……では順番に話していこうか」
そう言って千秋さんは歩き出した、歩いている最中は一言も語ろうとせず、気が付けばこの前のラーメン屋についていた。
「餃子とラーメン二人前、それからビールを一つ」
手早く注文を終えてぽつりぽつりと語り始めた。
「まず今回の、河川敷の除霊依頼だがこの依頼はどこから来たと思う? 」
住宅を含む物品の除霊や、特定人物の除霊であればその身内や所有者からの依頼が一般的だ。時折事態を重く見た被害者の友人や教員からの依頼ということもあるが……今回はそのどちらにも当たらない。河川敷に居を構える人物はいるが、そういった方々も今回は除外していいだろう。となると市からの依頼だろうか。
「ふむ、考え方は正しい。だが君は一つ重大なことを忘れている」
何かを忘れている、何だろう。
「正確に言うなら、君は重大な事実を知らない。私が伝え忘れていたことだ」
「……内容如何によって千秋さんがラーメンの具になると考えてくださいね」
具体的に言おう、出来立てのラーメンに顔を叩きつけるという意味だ。
「では注文の品が来ていないうちに……この手の職業を好まないやからというのは一定数いる。詐欺と思う者もいるし、怪しい職業として排除したがる者もいる、最も厄介なのは同業者だが……今回はその線はない。何せ同業者同士での争いは基本的に回避するべきという共通認識があるからね」
「なぜ? 」
「単純な話、私達は全てのチャンネルを持っているわけではないからね。今回のように現場に赴いたがチャンネルが合わなかった場合もある。そういう時は仕事を断るか、他の同業者に紹介するんだ。そういうネットワークがあるからね」
何とも胡散臭いネットワークだ。そんなことを考えながら千秋さんの前に置かれたビールを奪い取ってのどを潤す。この人に酒を飲ませると話が止まらなくなるからだ。私と変わらないくらい弱いくせに飲みたがる……汗を流した後のビールは確かに美味しいけれど……。
「私のビール……まあいい、そういった理由で同業者による嫌がらせの線はない。もちろん衝突もあるがその話はまた今度にしよう」
そういったところで店員さんがお待たせしましたーと餃子とラーメンを運んできた。
冷めないうちに食べてしまおうという千秋さんの言葉を聞いて、休憩がてらラーメンに手を付ける。豚骨味のスープが食欲を刺激してくる、たっぷりのせ油にたっぷりのニンニク。締めは丼に直接ご飯を入れてスープごとご飯を飲み込むのが私の正義。行儀が悪いといわれようがこればかりは譲れないのだ。
「……私に太るとか言ったわりによく食べるよね、相変わらず」
「私太りにくい体質なんですよ」
「その言葉、同業者の前でいわないようにね。また呪われるから」
また、と言ったか? どういう事だろう、私は誰かに呪われたことがあるのだろうか。しかし呪われたことなんてなかった気がするのだが……。
「ん、まあいいその話は後だ。残った餃子でもつまみながら……少し寂しいな、すみませんザーサイとメンマと炙りチャーシュー」
追加でおつまみの注文を出す千秋さん、最後にビールという言葉も忘れてはいない。
「えーと、どこまで話したかな……あぁ依頼主の話だ。春奈は市からの依頼と予想したみたいだが、市区町村都道府県という単位になってくると拝み屋なんてものは頼らない。市民の目が光っているから税金の無駄遣いができないからね」
言われてみればその通りだ、確かに拝み屋に依頼をしたなんて話があったらニュースになりかねない。
「そう、ただ権力者って言うのは大抵あくどい事をしているから対処してほしいという依頼は届くよ。個人名義でだけど。あとはテレビ局とか」
「うちにもテレビの依頼が? 」
「ないよ、あぁいうのはテレビ的な演出をしながら除霊もできるトップクラスにしか来ない。テレビ局からの依頼というのは文字通り、局内の除霊という意味だ。マスコミというのも権力者に負けず劣らず負の感情を貯めこんでいるからね」
その言葉を聞いて納得した、近年デモ活動の対象になったり不買運動が起こったりクレームが入ったりとテレビ局も何かと苦労しているようだ。
「で、今回の依頼主の話に戻るわけだが……そんなこんなで今回の依頼を出したのがどんな相手かはわかったか? 」
「特定の個人、ですか? 」
「正解だ、特定の個人が目的を持って依頼を出してきた」
誰がどのような理由で、そう思ってしまうのは好奇心のせいだろうか、それともこの胸騒ぎのせいだろうか。
「おや、春奈。顔色が良くないね。飲みすぎ食べ過ぎで胃を驚かせてしまったかい? 」
「いえ、大丈夫です」
「ふむ、なら話を続けようか……その特定の個人というのが誰かという話なんだが……これはもう一つの依頼にかかっている部分があるんだよ。なんというか……奇妙な話になるんだがね。ときに春奈、君は幽霊を信じていないのに幽霊を怖がる心理についてどう思う? 」
一見矛盾した心理、しかしそれは……ある種の本能じゃないか。闇を恐れる本能、しかし現代社会においては昼も夜も煌々とした明かりに照らされている。
しかし全てが照らされているわけではなく、闇というのは確かに存在する。
その闇に対する恐怖を幽霊に対する恐怖と重ねているのではないかというのが持論だ。
「うん、いいね。おおむねその通りだ。だからこそ私たちのような職業も食いパグレることはない。今回の仕事みたいにね」
あぁ、この先は聞かない方が良い、背筋に走る怖気から察する。
「答え合わせといこうか、春奈君。特別に大ヒントだ。今回の河川敷の除霊と特定人物を呪ってほしいという依頼、これらは同一人物からの物で……酷い逆恨みからだ。そして、依頼は善意ではなく恐怖心から、けれど今迄依頼してこなかったことを考えると定期的に利用するのではない。近々利用するので転ばぬ先の杖として……さて、これらの情報を基に君は誰と予想する」
「……最近あの河川敷で肝試しが流行っているそうです。大学生が合コン感覚で行くそうですよ」
「うんうん、線香をあげに行った時も何人か見かけたね。あぁそういえば春奈も花の大学生だったね」
「私のゼミでも結構流行っているんですよ、その合コン。この前も誘われました」
「へぇ、春奈も隅に置けないね。確かに容姿は整っているからね。いやぁ酷い事故だったというのに傷が残らなくてよかったね。不幸中の幸いというやつだ」
「断りました、興味ないって。日頃から見ているのに何が悲しくて怖い思いをしに行かなきゃいけないんだろうと思って」
「おや、そっけない言い方だったんだね。もしかしたら相手の気に障ったんじゃないかな。美人が興味ないなんて言ったらそれはカチンとくる人もいるんじゃないかな、逆恨みだけど」
「千秋さん、これらの依頼の相手というのは……」
にやり、とまるでチェシャ猫のように千秋さんの口角が上がっていく。不気味な笑顔、子供が見たら泣き出すかもしれない。もしかしたら胃の底からこみ上げてくる感覚はこの表情を見てSAN値が減ってしまったからなのでは、なんて思えるほどだ。そしてこの人は待っている。私が答えを口にするのを。
「「ゼミの同級生」」
私と千秋さんの声が被る。それが耳の奥でこだまするようだ。
「大正解だ、春奈。今回の除霊、そして呪いの依頼をしてきたのは君のゼミの同級生さ」
得心がいった、この人は割と無茶をする。チャンネルを合わせるために幽霊に取りつかせるなんてことも平然とやってのける。しかしそれは万全の準備を行ったうえでだ。あんな、行き当たりばったりの状況で人に取りつかせるなんてことはしない……つまりあれが【呪い】だったのだろう。
その後河川敷の霊があっさりと特定人物に取りつくことを許可したのは【呪詛返し】だったというわけだ。
確か丑の刻まいりだったが、あれは恨みを霊に運ばせる呪法だという話を聞いたことがある。似たようなものであれば犬神なんかはもろに犬の幽霊だったはずだ。
「気が付いたみたいだね、なに準備は適当だったが話の分かる霊だということは事前調査で知っていたからね。ああいった手段を取らせてもらったまでさ。ところで君の同級生は元気かな? 」
そういえばどうだっただろうか、この二週間……私を合コンに誘った彼女はどうしていたか。
……特に代わり映えした様子はなかった。注視していたわけではないから詳しくはわからないが、おかしな点はなかったと思う。
「その様子では何事もなかったようだね、まあ当然といえば当然のことか」
ビールを飲み干した千秋さんはいつの間にかいつも通りの無表情に戻っていた。その表情からは感情を読み取ることができない。
「春奈、覚えておくといい。人間の中には君とは真逆で一切の霊感を持たない人もいる。そういった人は霊の影響を受けない……君の同級生は運よくそういった体質だったようだ」
「……もし彼女に霊感があったら、どうなっていましたか」
「さぁね」
そう言ってビールのお代わりを注文した千秋さんは、煙草に火をつける。
「吸っておきなさい、春奈。霊は煙草の煙を嫌がるからね」
負の感情を発する霊媒体質、それは幽霊にとっては極上の餌のようなものだろう。
それを心配してかしらずか、彼女の差し出した煙草を受け取る。
そして煙を吸い込んで、すぐに咳き込んだ。
「吸わなくても煙草とライターは持っているようにしなさい春奈。火というのはあらゆる霊魂を浄化する手段、煙というのはあらゆる霊魂を抑える手段になりうるのだから」
そんなことを、口の周りに髭をつけながら語る無表情な彼女、この人は……いや、やめておこう。下手なことを考えて見透かされた日には大変なことになる。
いつか仕返しができるようになるまでは、おとなしくしておこう。そう心に誓ってザーサイの最後の一口を奪い取って口に放り込んだ。
「あ! 」
「人の悪意って怖いですね」
「……そうね、恨みは買わない方が良いわね」
千秋さんはそういいながら、煙草の煙を吹きかけてきた。
にやりと笑みを浮かべて、煙を吐き出す千秋さんが携帯電話をいじると同時に私のスマホが振動した。
「明日もよろしく」
……この人の恨みを買うと仕事という形で仕返しされるようだ。覚えておこう。