3、そして私は再会する
……絶望したエンディングののち、泣き枯らした私が目を覚ますと見覚えのある幼い女の子に顔を覗き込まれていた。
……天国かな?そんなことを前にも言った気がする。だってまた彼女に会えたんだもん。きっとここは私とクラウが幸せに暮らす天国なんだ。思わず手を伸ばしてつるつるのほっぺに触れたら、クラウは目を丸くして驚いていた。
「っ……リ、リオネル様?……恥ずかしいですわ」
「……ぁっ!?ご、ごめんねっ?」
慌てて手を離すと、小さなクラウは私の慌てた様子を見てクスクス笑う。……あーもぉ、あんなことがあったっていうのにクラウたんてば可愛すぎる。まぁ、子どものクラウはなんにも知らないのだから当たり前なんだけど。
「……あなたは、クラウディアかしら」
「えぇ、そうですわ姫様。お初にお目にかかります、クラウディア・オーランドと申します」
……もしかして私……戻ってるのかも。私が目を覚ました時と同じ光景。まるでゲームをクリアした後、新たにもう一度始めた時のよう。
「…………リオネル様?」
「!あ、えへへ。とっても可愛い子だなって思って」
「っ、姫様の方がとても可憐でお綺麗ですわ!」
「……ううん。あなたの方が美しく成長すると思う」
……というか、とびっきりの美人さんになるのはクラウなのにね。でもその美しさも環境で毒へと変わってしまう。……私はそんなあなたに一目惚れをしたけど、悲しい結末を送ってほしいわけじゃない。
「……ね、私とこれからずっと仲良くしてくれる?」
「!は、はいっ。……わたくしで良ければ、喜んで」
「ありがとう。……クラウディア」
その顔を見ているだけで涙が溢れそうになる。……大好きな彼女の面影。ううん、またこの子は成長して悪役令嬢クラウディアになる。……それが彼女の運命だから。
「ねぇ、クラウディア。私の制服大丈夫?おかしくない?」
そして数年後、私はクラウを見送るのではなく、一緒に留学した。
同年代の多い場所へ行くことなんてこの世界では舞踏会やお茶会ぐらい。親しくするのにも私の立場が邪魔してそうそう仲良くなれないし。……でも隣の国の学園内では王族貴族庶民、立場関係無く通っている。久しぶりに向こうの世界の感覚を思い出しそうだな、なんて思いながら、ドキドキしながら朝を迎えていた。……私の学生時代はいつも同じメンバーと一緒に居たし、目立つ人たちのグループというよりは教室の隅っこでわちゃわちゃしてるタイプだったけど、……クラウディアはどうなんだろう。孤高の人って感じだけど、取り巻きの女の子たちは友達だったのかな。……あー羨ましい!
「……姫様、動かないで。……はぁ……鏡ばかり見ていないでこちらを見てください」
「……ぁっ、ちょっと待って」
問答無用で後ろを向かされ、呆れ顔の同じ制服を着たクラウが私のリボンを直す。……っていうか、クラウを直視出来なくて鏡の中の自分ばっかり見てたのに!
「はわわ……」
ゲーム中に何度も見ているはずなのに、クラウディアの制服姿に見惚れてしまう。赤いブレザーの下は白いスカート、色白の肌に美しくなめらかな腰まで伸びる髪。両手で顔を隠しながら、その指の隙間から自分の気持ちを抑えながら目に収めていると、クラウに気付かれてしまって笑われた。
「……姫様どうされました?」
「え、あ、う、ううん!……今日も美しくて素敵だわ!クラウディア」
「……ありがとうございます。リオネル様は今日もとても可愛らしくて誰もが貴女を振り返り見惚れてしまうでしょうね」
「っ、それはクラウディアの方だわ!……私は……私にそんな事を言ってくれるのはあなただけだもの」
「そのようなことは無いと断言致しますが。……姫様の魅力を知っているのが私だけだと思うと独占しているようで嬉しいですわ」
「ぅー……クラウディア……やめてほしいわ、私をからかうのは」
「好き」と思わず口にしてしまいそうだった。決意を新たにクラウを見つめる。……安心してね。今度は絶対、絶対クラウのこと助けるんだから。
前回の私はクラウたんを助けられなかった。アーキハルトに留学すること以外の時間はクラウの為に全部費やしたけど、それでも彼女を救うには至らなかった。……そして今回の私はリオネルというモブ王女として、ゲーム中のシナリオには無いけどクラウのそばで学園生活を送ることにした。むしろ前回もそうしておけば良かったととても反省している。
隣の国でクラウと一緒の家で暮らして……実質新婚さんじゃない!?……じゃなかった、王女という立場を利用して、本来ならクラウはアーキハルト側が用意した家に住む予定だったのを私のお世話をしてもらう、という名目で一緒に住んでもらっている。
「……ふふ。それにしても学校に通いたいと我儘を仰られる程、姫様が勉学に興味をお持ちだったとは思いませんでしたわ」
「そ、それは……学校というか……」
制服を着たクラウたんと一緒に学校生活送りたかったからだよ~!なんて今の私には言えない。……でも、念願の……念願の!クラウたんと一緒に学校に通えるなんて!私は今、大好きなゲームの中で自らが主人公になっている。……それもあの男の子たちを攻略する為じゃなくて、悪役令嬢と呼ばれてる彼女を攻略する為に。
「ほ……ほら、私も他の国を知るのは大事なことだと思うし?」
「さすが姫様ですわ。見識を広めるのはとても良い事です」
「えへへ。あなたに褒めてもらえるなんて嬉しいな」
……前回はクラウに会えた嬉しさで距離を詰めようとしすぎて失敗した気がしてた。もっとクラウのこと知るべきだったのに、私は一方的に知っている情報を頼りにしすぎていたんだと思う。……だから今回はグイグイ行かないように気を付けている。そのおかげか、今のクラウとは姉妹のような親友という関係。クラウの婚約は阻止することは出来なかったけれど、何でも話せる間柄になれた。……この調子で私が彼女を守らなきゃ……!と悪役令嬢クラウディアに対する愛は強くなった。
「……姫様は母と同じように、私を照らしてくれる太陽ですわ」
「……クラウディア?」
私の顔を見ようとしないクラウ。私が視線を合わせようとしたら背中を向けてしまった。……たまにクラウがしてくれるお母さんの話は遠い昔を思い出すようで、見ていて苦しくなる。それがあまりにも悲しそうだから私が穴が空くまで見つめてしまっていたら、それ以来お母さんの話をしている時は顔を見せてくれなくなった。
「……む、あなたの可愛いお顔を見せて?」
「嫌ですわ。……姫様は早く支度を、」
「え~見たい見たい」
「…………まったく、……姫様は懲りませんね」
自分の鞄を手に部屋を出て行こうとしていたクラウが振り返る。背中にくっついて顔を覗き込もうとしていた私は振り返ったクラウにジッと見つめられて動けなくなった。……はぅ……好き。
いつの頃からか、私がクラウの顔に弱いと知ってから、都合の悪い時はこうしてお仕置きされている。いや、天国なんだけど。
「…………ぅ、ごめんなさい。もう言いません」
思わず両手で顔を隠してしまうと、ため息が聞こえてきて顔を隠していた手を掴まれる。冷たい指先が私の手首を掴んできてグイグイ引っ張られた。私が可愛いって言うと、からかわれてると思ってちょっと怒る所も可愛いんだよねぇ。でも私にクラウの顔を直視することなんて出来ないけど。
「……わー!クラウディア許してっ!お願いっ!」
「嫌ですわ。ほら、見なさいっ!」
「無理無理無理っ。制服を着たクラウディアたんは無理ー!」
『……いつまで準備しているんです?お二人とも』
「ひゃわっ!?」
扉が開くなり、私の侍女シーラが訝し気な目で私たちを見つめる。そしてクラウが大きなため息を吐きながら私から離れた。
『まぁ姫様、制服お似合いですね』
「……あ、ありがとう。シーラ」
クラウが離れた後、シーラが私の前に立って制服を直してくれる。嬉しいけど、それを横目に見てクラウが怖い顔してシーラに詰め寄った。
「……ちょっとあなた、先程私が姫様の制服を直したのだけど」
『えぇ、気に入ら……いえ、少し曲がっていたようなので直させていただきました』
「……そう。でしたら彼女が出て行ったら私がまた直して差し上げますわ、姫様」
『は?あなたは支度終わっているんですよね?さっさと出て行ってくださいよ』
「ちょっ、ちょっと二人とも喧嘩はやめてっ」
慌てて二人の間に入るけど、その勢いは止まりそうにない。
「あなたの姫様の着替えを手伝ったのだから、お礼ぐらい言って欲しいものだわ」
『はぁ?頼んでないですけど』
「わ、私が!頼んだの!……お願いだから、落ち着いてシーラ」
ガルルルル……とうちのシーラは猛獣だったかしら?と首を傾げる。そしてそのまま出て行ったクラウの後を追いかけそうな勢いだったシーラを引き止めた。
『……姫様、彼女には近付きすぎないように気を付けてください』
「……もぉ。クラウは私の大切な友人なのだから、そんなことは言わないでシーラ」
諦めたようなため息をついてシーラも部屋を出て行くと、私は一人部屋に残された。……はぁ……シーラもクラウも顔を合わせる度に喧嘩して。いつもシーラに張り合ってクラウは私を取り合ってくれるけど、……普段私をそこまで気にしてくれる様子は無い。
前回同様クラウは私を本気で相手にしてくれないけど、前より仲良くなって色んな顔を見せてくれるのはすごく嬉しい。……私は結局クラウディアの強い外見ばかりに目を奪われて年相応な女の子の部分を見ないようにしてた。彼女だって私と同じ、女の子なのに。
私の方がお姉さんなんだから、……今度は私がクラウディアを守らないと。
何もかも嫌になってしまったあの日、私はあなたに出会ってまた生きようって強く思えたのに。……あなたはストーリーの中で私が幸せになると正反対に転落していく。彼女の役割があって絆が深まっていくのだから仕方ないけど、……彼女も救うストーリーがあってもいいと思う。
「……私は……あなたと一緒に幸せになりたいの。……クラウ」
呟いた後、やっとここまで来れた、という想いと、この先の行動が悪役令嬢クラウディアの人生に関わってしまうのだと思うと緊張する。寝不足とドキドキしすぎて吐きそうになって口を押さえていると、ガチャッと不意に開いた扉に驚いて固まった。
「……姫様?」
「ぅ、あ、え、や、あのっ!?」
「……まだご準備が終わらないのですか?早く出ませんとまた彼女に怒られますよ?」
「い、行くっ!行くよ~……ごめんね?待たせちゃって」
……良かった、クラウは気付いてない。ホッと胸を撫で下ろしつつ、私はクラウの腕に抱き付く。
「あ……そうだ、クラウディア。学校では私のこと姫様じゃなくリオネルって呼んでね?私とあなたはこれから同じ学校へ通うんだもの」
「……王族としての立場も忘れるおつもりですか?」
「私はたまたま生まれた場所がそうだっただけだもの。……もちろんこの生まれがあったからクラウディアと仲良くなれたのも事実だけど」
「……私ですか?」
「えぇ、クラウディアは私が王女じゃなかったら絶対仲良くしてくれないもの。視界にも入れてくれないのでしょう?本当にひどいわ、クラウディア」
私の妄想の中のひどいクラウディアに文句を言うと、隣に居るクラウはクスクスと笑っていた。
「……ふふ。そうかもしれませんね」
「でしょう?……本当はとっても優しい人なのに」
「…………さぁ、それはどうでしょう」
呆れたように呟く。私はそんな彼女と一緒に部屋を出た。
『……姫様、いいですか?くれぐれも気を付けてくださいね。特にこの人には!』
「シーラ!……心配してくれるのは嬉しいけど、クラウディアは私の大事な人なの!そんなこと言わないで!」
『姫様っ!』
「………………はぁ、私は先に行きますわ」
「あ、待って、待ってよ~」
家から出ると、私たちの国よりも都会的な街並みが広がる。……私が夢中になってプレイしていた世界がここにあるんだと思うと、今更ながらテンションが上がった。
「……わ……わぁ!ねぇ、あそこに見える建物?」
「えぇ、そうですわ。あちらの建物が私たちが通う学校です」
「……こんなに綺麗な街にあったのね~。素敵」
キョロキョロと辺りを見ながらはしゃぐ私と違って、クラウはどんな時も素敵なレディ。風にたなびく髪も光が反射して綺麗だし、少し離れた場所から一人歩くクラウを見ていると、本当にゲームの中の彼女を外から見ているみたいだった。
……でも今違うのは、その視線が私を探してくれること。
「姫……いえ、リオネル様。そろそろ学校近く、生徒達も多くなるはずですから、少しは落ち着いていただけますか?」
「……えへへ。は~い」
クラウが私のことを気にしてくれるのが嬉しくて、それだけでニコニコしてしまう。だらしなく顔が緩んでしまう私を叱ってくれるクラウもセットで嬉しい。
「……ここはあなたの国ではありませんし、シーラが言った通り、十分周りに気を付けてください」
「……は~い」
って言っても、私モブ中のモブでしょ?名前はもちろん、シルエット出演も無し。そんな私が危ない目に遭うわけないもん。……むしろ主人公の女の子になって正々堂々とクラウディアに告白して結ばれたかった。
はぁ……主人公羨ましいな。というか、これから私、主人公の女の子にも会うっていうこと?そんなことを考えていると、隣を歩いていたクラウが頭一つ分上から視線を送ってくる。それに気付いて顔を上げると、クラウが少し落ち込んだ顔をしていた。
「……どうしたの?」
「……申し訳ありません。私はあなたが心配なだけでつい。……いつものリオネル様で居てくれますか?」
「……ふぇ?いつもの?」
「えぇ、笑っていてくれますか?」
「……!もちろん!!クラウディアのお願いだったらいくつでも聞くから!」
前言撤回。やっぱり今のクラウとモブ王女の私の方がいい。にこにこと笑顔を向けると、いつも顔色を変えないクラウが嬉しそうに目を細めた。
「……クラウディア、私、あなたと一緒に居られて幸せだわ」
「……リオネル様」
「えへへ、これからもよろしくね」
周りの景色に溶け込むように、たくさんの生徒たちが歩く道を二人で歩く。
ゲームの始まりはオープニングから初登校で通学路から学校の門をくぐるところ。ワクワクドキドキ希望や夢いっぱいの少女が素敵な男の子たちと出会う。私はクラウと歩きながら周りの生徒たちを見る。……うーん……みんな普通だ。私が住んでるお城の人や街の人と同じ、ちゃんとみんな生活してるっぽい。楽しそうな生徒たちを見ていると、その中に何度も見た彼女が居た。
「……わ……本物?」
クラウに会った時も驚いたけど、彼女を見た時、驚きと感動で足を止めていた。
「……リオネル様?」
つい彼女のことをジッと見つめてしまう。クラウの言葉にも耳を傾けずに彼女を見ていたら、急に視界が大好きな人に占領された。
「……えへ、クラウディアで視界がいっぱいだ。幸せ~」
思わず抱き付くとすぐに引き離される。クラウディアは何も言わないけど不機嫌そうだった。……あれ、もしかしてヤキモチ焼いてくれてる?なんてありもしないことを思い浮かべてにやにやする。
「……大丈夫だよ?私はクラウディアのこと一人にしないからね」
「……はい?……何を仰っているのか分かりません」
「そうやってすぐ照れちゃうんだから~。可愛いクラウディア」
「…………はぁ」
私を見てくれないクラウの耳は真っ赤で、私を置いてそそくさと先を行ってしまう。私はもう一度彼女を見ようとしたけど、もう校舎の中に入ってしまったのか見つけられなかった。






