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2、悪役令嬢クラウディア




 生前、私は好きだった人が結婚したショックで家にこもっていた。

 ずっと片想いだった彼女に想いを告げることもなく終わり、仕事も全然上手くいかなくて。目標を失くした私は、たまたま通りがかったお店に貼られていたポスターに一目で釘付けになる。

「……これアニメ……?あ、ゲームかぁ」

 新しいゲームの販促ポスターに描かれていたのはキラキラした男の子と、その中心に可愛らしい女の子、そして隅っこに描かれていたのは、冷たくも美しい顔をした女性。みんな制服を着ていた。……最近ゲームなんてやってないなぁ、そんな時間ある?ナイナイ。

「…………んー……」

 一度通り過ぎた後、私は足を止めて戻り、もう一度ポスターを見つめた。カッコイイキラキラ男子よりも私はその後ろで微笑む彼女が気になる。

「…………めちゃくちゃタイプ」

 こーゆー子が好きになってくれたら、たくさん愛してもらえそう。独占欲強そうで良いなぁ。イラストが好みだとかそういうこともあるけど、この隅っこの女の子が気になって仕方がない。私は一度財布の中を覗いた後、店の中に吸い込まれていった。

 そして数時間後、見事にどっぷりハマって食事も寝る間も惜しんでプレイしていた。


「クラウディアた~ん♪……えへへ、クラウ~」

 これは乙女ゲームというらしい。

 ガイドブックとセットで購入して意気揚々とゲームを始めた私は、一目惚れした女の子、クラウディア・オーランドはこの世界では悪役と呼ばれる立場でゲームの進行上、最後には悲しい結末を送るということを知った。


 オーランド家は裏で有力な貴族と手を組み国の内部から騒乱を起こそうと画策していた。……その思惑を知らずにおなじく学校へ通う王子と仲良くなり庶民と貴族のわだかまりを失くそうとする主人公が邪魔になり、何とかして追い出そうとする。でも主人公が相手と結ばれる時、王政に反感を持つ貴族達が事件を起こし捕まりオーランド家の思惑が明るみになってしまう。……そして彼女は第二王子との婚約が破棄され、悲しい結末を辿る。

 毎回苦しい気持ちになるけど、彼女に会えるのはこのゲームの中だけだから。私は台詞も覚えてしまう程、何度も繰り返しプレイした。

「っ……クラウたん~……行かないで~」

 プレイ中は攻略対象の男の子との親密度が上がっていくにつれ、クラウディアがたくさん出てきて邪魔をしてくる。特に第一王子様の攻略ルートでは毎回クラウディアから庶民が近付くなとお説教されたり、取り巻きのみなさんに裏庭に呼び出されたり、と本当はあなたを口説きたいのに……!と思いながら、悶々とプレイしていた。

「……有給……もう終わっちゃうな……。どうしよう、この先どう生きればいいのかな」

 休み中ずっとゲームをしてクラウディアのことで頭がいっぱいだった。……もう失恋したことなんか忘れてたし、ゲームのし過ぎでどうしたら彼女に会えるのか考えすぎて夢に彼女が登場したぐらい。私の頭も心も彼女でいっぱいで……幸せだった。

「……はぁ……クラウたんと結婚ちたい……そしたらお仕事がんばりゅのに」

 SNSでクラウディアのイラストやカップリングを見つけては何度も見てにやにやしたり、二次創作の小説やマンガも漁っていた。私と同じようにクラウディアを幸せにしたい、と思っている同志たちに共感しながらも、彼女を想うとドキドキするこの心音は誤魔化せない。

 違う……私は、私がクラウたんを幸せにしたい……!


 ――そしてエナドリがぶ飲みしてゲームにのめり込んだ結果、私は出社日に目を覚ますことはなかった。



「………………あれ?」

 私は気付くと、お花がたくさん咲いている所で、幼い女の子に顔を覗き込まれていた。

「…………天国かな?」

「姫様?どうされました?」

「……ひめ……?」

 姫様って私?女の子が心配そうに私の顔を見つめる。……というか、この子……めっちゃタイプ。……って、いやいやいや、さすがにこんな小さい女の子はまずい。そう思いながらも、見つめてくるから目を逸らせずにいると、……涼やかな瞳に口元のほくろ。その顔の特徴が彼女と重なる。

「……クラウ……たん?」

「たん?……いえ、クラウディアですわ、姫様」

「え、あ!ご、ごめ…………って、え?ほ、本物?うそ!?」

 信じられずに顔を近付けると、女の子は驚いた顔をして後ろに下がった。

 あの、ゲームの中の、私の大好きなクラウたん?えっ、えっ、子どもの頃とか初めて見たけど、可愛すぎない?

「あわわっ。怖がらせちゃってごめんね?えっと、私は……あの、」

 ……自己紹介しようとして困る。石川ありさ。年は2×歳、事務職をしている平凡なOLです。失恋のショックで塞ぎこんでいた私はあなたに一目惚れして、会いたすぎてゲームにのめり込んでいたら、気付いたらあなたの目の前に居ました、……なんて今、小学生ぐらいのクラウたんに通用する?いや、ドン引きだよ。

「……他の方と間違えていらっしゃるのでしょうか。……本日はリオネル姫の遊び相手にご指名頂いた、クラウディア・オーランドですわ。ガーラ・オーランドの娘にございます。以後お見知りおきを。……姫様のお気に入りにして頂ければ嬉しいですわ」

「えっ……?お気に?……もう、超お気に入りだよ!クラウたんは私の最推しだよ!?」

「……はぁ……お気に召して頂けたようで安心いたしました。……ですが、わたくしはクラウ、たん?ではなく、クラウディアです」

 ムッとほっぺを膨らませてクラウたんが私の手を両手で握ってくる。「姫様のお気に入りにして」なんてこんなに可愛い女の子に言われたら「はい!毎日通います!」ってなるじゃん、もぉっ。

「か……かわっ、可愛いぃー」

「っ、ひ……姫様の方がとても可憐で可愛らしいですわ」

「クラウディアの方が可愛いよ!一番可愛い!」

「……ありがとう……ございます」

 よく分からないけど姫様って役得じゃん?とクラウたんの手を握り返すと、もちろん子どもの手で小さいけど。……あれ?私の手も小さい。さっきから目線も同じだし、もしかして、と自分を見下ろすとふわふわレースだらけの可愛いドレスだった。そしてそんな私を不思議そうな顔で見つめてくるクラウたんはシンプルでふわっとしたワンピース。成長したゲーム内ではサラサラストレートの長い髪だったけれど、今は肩より少し短い。

 照れた顔を私に見せる彼女にポーッと見惚れてしまって、今の状況とかどうでもいい。どこかの創作物で同じような展開を読んだ気がするけれど、会いたくて仕方なかった人に会えたんだもの。現実の私が死んじゃってたとしても大丈夫、問題なし!

「……あの、良かったら私のことも名前で呼んでほしいな。私は……」

 私は、誰?今の私、どう見ても石川ありさじゃない。人種も変わってるっぽいし。

「えぇ、分かりました。リオネル様とお呼びしてよろしいでしょうか?」

「…………ぅぐっ……」

 クラウたんが可愛くって死ぬ!……じゃなかった、リオネル?それが私?クラウたんがここに居るっていうことは、ここはあのゲームの中でしょ?その中に主人公の女の子とクラウたん以外の女の子って取り巻きぐらいじゃ……。王女様が出てきた記憶なんてないけど。……ん?攻略ルートが違うの?クラウたんが出てくるかも、って一通り全ルートクリアしたはずだけど。……ってことは、名前も無いモブ中のモブキャラ?一応”姫様”なのに?

「リオネル様?どうされました?」

 でもいつも嫌われてばかりだった主人公視点から、こんなにキラキラおめめを向けられちゃうぐらい今はクラウたんに好かれている。え、やっぱ天国じゃん。

「……あ、ごめんね。今、すごく感動してて」

「わ、わたくしもリオネル様にお会い出来て光栄です」

「えへへ。名前で呼んでくれてありがとう。私もあなたのことクラウって呼んでいいかしら」

 ほんとは主人公の女の子になってクラウたんとらぶらぶになりたかったけど、最初から嫌われてるより、こうして好かれてる方が何倍もいい。だってこんな風に嬉しそうな顔、見られると思ってなかったし。

 もしゲームの中のクラウディアを救ってあげたいって気持ちがこの世界に私を連れてきたというなら、絶対私がクラウたんを幸せにする……!!

「……クラウと愛称で呼ばれるのは初めてですが。リオネル様なら喜んで」

「……ふぁっ!クラウたんのはじめて……!?」

「ク……クラウ、たんはおやめください」

 成長したらあの氷のような冷たい笑みを浮かべるとは思えない程、今のクラウたんはクスッと可愛らしく控えめに笑った。

 ゲーム中のクラウディアは小さな頃に第二王子と婚約させられてしまうはず。今のクラウはまだ婚約前なのかな。小さい頃のエピソードなんて知らないし、ましてや私モブ王女様みたいだし。改めて周りを見てみたら、大きな壁に囲まれた綺麗な花が咲き乱れる箱庭のような場所に居て、私たちを見守るようによくアニメやゲームで見る執事やメイドさんたちの姿がある。


「……ねぇ、クラウ。あっちのお花を見ましょう?」

「はい」

 それからクラウたんと二人きりになって、なんとか自分の情報を聞き出した。

 この国の名前はエクスエラ。なんと私は王女様らしい。……え?そんな設定どこにあった?ガイドブックの隅の隅の方に書いてある設定?そしてクラウのパパは私のパパ、国王の元で働く大臣の一人。そして今のこの時間は同年代と関わる機会の少ない私に、お友達候補を紹介してくれる場なんだとか。……だからクラウは自分をお気に入りにして、と言ったのね。私はむしろお友達”から”色々はじまってほしいのに~。


 そしてもう一つ分かった。

 エクスエラという国はゲーム中の世界アーキハルトの『隣の国』だってこと。

 ……クラウが婚約する王子様は隣の国の王子様で、あのゲーム中の世界は隣の国で、私は離れた場所に居るモブキャラ王女。……もぉっ!これからどうやってクラウを守ればいいの!?っていうか、クラウは隣の国の学校に通うってこと!?クラウたんとせっかく会えたのに離れ離れなんて嫌っ!

 鼻息荒く思い詰めていると、クラウが小さな花を見せてくれた。

「……リオネル様、こちらの花はこの時期に咲く花で、この花の根っこは薬になります」

「え……?あ、うん。食べれるってこと?美味しそうだね」

「……え?薬草の根っこを召し上がるのですか?」

「あれ?美味しくないの?お花は美味しそうだよ?」

「……ふふっ。リオネル様は独特の感性をお持ちなのですね」

「えへへ。クラウに褒められちゃった」

 小さいクラウは子どもなのに大人びていて、ただのお友達じゃないって分かる。これは……そう、上の人を接待する感じ。何を言っても、聞いても、丁寧に優しく答えてくれるし。きっと私がこの国の王女様だからきっと優しくしてくれるんだろう。

 ……あの成長したクラウディアを知っていると、今のクラウは別人のよう。……ううん、ここからクラウが変わってしまうのかも。変わってしまった後のクラウのことが好きなのに、今の優しいままで居てほしいとも思ってしまう。だってそのまま変わってしまったら、クラウの人生は……。

「ひ……め、さま。……リオネル様?」

「……!あ、どうしたの?クラウ」

「……いえ、リオネル様が急に動かなくなってしまったので心配致しました。……退屈ですか?」

「ち、違うよ!?……ごめんね。せっかくクラウとの時間なのに私ったら」

 だめだめ、と気合を入れるように頬を叩くと、クラウが真剣な顔で私を見つめてくる。……あれ?もしかしてワンチャンあり?なんて考えていたら、クラウが吹き出すように笑った。

「……リオネル様は皆が思っているような方とは違うのですね」

「え!?……ぅ、あ……えっと……ガッカリした?」

「いえ。とても話しやすい方で安心致しました」

「っ……えへへ、良かった。クラウこれからもよろしくね」

「はい、リオネル様。わたくしを気に入ってもらえたのなら、また遊び相手にクラウをお呼びください」

 ふわふわワンピースの裾を持ち上げ、綺麗な動きで挨拶をしてキュッと私の指先を握るクラウたんにギュッと心臓掴まれた私はそれはもう何度もうんうんと頷いた。姫様って何てお得なの!?好きな子を指名出来るだなんて!

 ……いやもう、クラウをよその王子に取られるぐらいなら、いっそ私で良くない?王女っていう強い立場もある私なら、クラウをその前に守れるかも!

「……ねぇクラウ、お願いがあるの」

「はい、なんでしょうリオネル様。わたくしに出来ることなら」

「……私、一生あなたを大切にするから、結婚して?」

「……結婚?あの、リオネル様?」

「クラウ大好き!愛してる!」

「…………え!?あのっ、」

「私がクラウを幸せにする!!」

「っ……!」

 戸惑うクラウたんに抱き付いたまま離れようとしない私をメイドさんたちが数人掛かりで引き離した後、その場で城の中へと戻されてしまった。

「はぁー……バイバイしたかったのに」

 我儘はいけませんとか、クラウディアお嬢様に迷惑です、なんてお説教されたけどそんなこと関係無い。私がクラウを幸せに出来るチャンスなんだから!

「……まだ10歳ぐらいかな。私っていくつ?」

 子どものクラウに好きって言っても私をすぐ意識してくれるわけないか。……でもゲーム中の年齢になるまでまだ数年ある。私の魅力でクラウを振り向かせて、絶対二人で幸せになってやるんだから!


 ……前は一言も『好き』なんて言えないまま終わってしまったから。今度はうるさいぐらいに気持ち伝えるんだ。もう後悔したくないから。


 そして私は毎回クラウを城に呼び、毎度のようにクラウに好きと言い続けた。

 何回も、何年も。私の想いにクラウが応えてくれることは一度も無いけど、私はくじけず、めげず、クラウを想い続けた。運命のシナリオなんてきっと変えてやるって、その時はそう思ってたのに。



「……クラウ、本当に行くの?」

 ……恐れていた日が訪れてしまう。

 婚約の話は子どもの私たちにはどうにもできないことだと思って我慢したけど、この留学は納得していない。どうしてクラウが行かなければならないの?勉強なんてどこでも出来るのに!……クラウは婚約者の国で生活を知る為、花嫁修業のようなもの、って言ってたけど、そんなの嘘。

 私は知ってる。クラウがオーランド家の為に罪を背負ってしまうこと。

「……リオネル様」

「クラウ大好き。離れたくない……行かないで」

 馬車へ乗り込もうとするクラウの背中に抱き付くと、腰まで伸びる艶やかな髪が顔をくすぐる。こうして私が駄々をこねるのが分かっていたから見送りは要らないと言われたけど、王族の特権を使って何とか時間を作ってもらった。

「……まるで恋仲の二人のような別れですわね」

 クラウは私からずっと目を逸らし、顔を見てくれない。目を伏せたまま、ため息をつく。

 その頃になると、クラウは成長して私が一目惚れした時の彼女だった。もちろん私も、それなりに王女としての?威厳とか?多少は身に付けつつ、クラウに好きになってもらえるように成長したわけだけど。……相変わらず手厳しい彼女には相手にもしてもらえない。

「……クラウ、あなたがどう思っているかは知らないけど、私たちは運命で結ばれているの」

「……ふふ。姫様のその夢見がちな所は嫌いではありません」

「またそうやって素直に好きって言ってくれないのね」

「それを言う役目は私ではありませんわ。……姫様、運命で結ばれた相手と出会えるよう、私も願っております」

 まるで子どもをあやすようにクラウは私を抱きしめて、頭を撫でてくる。……そんな言葉いらない。私が言ってるのは、クラウのことが大好きで離したくないってことなのに!

「クラウは……私にとって憧れで、目標で……誰よりも大切な、愛したい人なの」

「……姫様……私は、そのように言っていただける人間ではありません」

 何を褒めても嬉しいと思ってくれない。気持ちを伝えてもはぐらかされる。……私、王女って立場を利用してクラウを振り向かせようとして、きっと最低なんだろう。クラウも嫌だと言いたくても、私が王女だから断れないのかも。さすがにこんなに頑張っても手応えが無いのは心が折れそうになる。

「……えへへ、そっか。……そうだよね……ごめんね。忙しいのに私の我儘に付き合わせて」

 ……今は何を言ってもクラウを困らせて、嫌がられるだけなんだろう。気持ちを切り替えてクラウから離れようと肩を押し返す。

「……リオネル」

「だっ……ダメダメ。そんな顔して私の名前を呼ばないで。……今、やっとクラウを見送る決心をしたのに」

「…………そうですね」

 そしてクラウは振り返ることなく、馬車へと乗ってしまう。……そして私は顔を上げられず、クラウがどんな顔をして去って行ったのかも知ることもせず。


 ……そんな私に運命を変えることなんて出来るはずもなかった。




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