表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

1、リオネルという女性(ひと)





「クラウ、私と結婚して!私、あなたじゃなきゃ嫌なのっ!!」


 数十分前、隣国の第二王子との婚約が破棄された旨を代理人から告げられ、その数分後、私は自国の王女に求婚されていた。



「…………大きな声を出して何事ですか?姫様」

 もう私が『彼の婚約者』を演じる必要はない。役者を降ろされた私がそのまま広間を出て、喧騒から離れた静かな廊下を歩いていると背中にその告白を受けた。


 数年ぶりに会った彼女とは戻ってきてから『隣国の王子の婚約者』という立場で軽く形式的な挨拶を交わしただけ。姫様も周りに人が居たからなのか、私の前とは違う、王族らしい振る舞いをしていた。……でも今の彼女は数年ぶりに見る、私の前ではわがままで思ったことをすぐ口にする自由奔放な姫様の姿。

 最初の挨拶では成長したのだと感心していたのに、どうやら猫を被っていただけらしい。……私と同じように。


 静かに立ち去ろうとしていた私は、弱った獲物を狙う姫様の強い眼差しに思わず後ずさる。彼女は怒っている、そう感じた。……婚約を破棄されたのは私の方なのに。姫様がそれ以上に怒っているのを見るのはとても不思議な気持ちだった。

「……まぁ怖い顔。……せっかくの愛らしいお顔が台無しですわ」

 私がそれに視線を合わせ微笑み返すと、憤りを抱えていた表情が和らいで戸惑ったような困惑の表情を見せる。

「っ……クラウ、茶化さないで。私は本気よ?」

「茶化してなどおりません。……私のことはご心配なさらずに。婚約は家同士が決めたことですし、結果としてこうなったことは残念ですがあちらが決めたこと。今更何を言っても仕方がありません。……それより姫様は早く会場にお戻りください。貴女を待っている方々がいらっしゃいます」

「……もうっ!!私はあなたに待っていてほしいの!!あなたが居れば十分なの、クラウ!」

 姫様に合わせた大人っぽくも可愛らしいドレスの裾が大きく揺れる。誰の目にも止まる美しさを持つリオネル王女。婚約者だった彼もリオネルに一目惚れしたという話。……私も彼の立場を利用していただけだったのだから、最初からこの縁談に祝福などなかった。フッと自傷気味に笑うと、昔から私しか映っていない彼女が意を決したように動き出す。

 カッカッカッと石畳の床をハイヒールで駆けてくる。美しく成長した彼女の姿を見つめていると、近付いてもその勢いは止まらず気付いた時にはその衝撃で壁際まで追い詰められていた。

「…………やっと捕まえた」

「……姫様。……素敵な女性に成長されたのだと安心しておりましたのに」

「えぇ、クラウに振り向いてもらう為にね」

 にこっと民衆に微笑み掛ける花のような笑顔を浮かべて、彼女は私の体を挟むように壁に手を付いた。

「……でしたら、これは減点ですわ」

「構わないわ。……私はクラウの望む”素敵な女性”にはなれそうにないもの」

 かかとを上げてつま先立ちになって、私の胸元から頭一つ分高い私の顔を見上げてくる。……先程まで体の芯まで冷めたくなっていたのに、今は姫様のせいで体が熱い。その真剣な瞳から目が逸らせず見つめていると、鼻息荒く、まるで何かをねだるように姫様の顔が近付いてきた。

「……それとクラウ、呼び方が違うわ。……リオネルでしょ?」

「……申し訳ございませんが、姫様、私はもう……」

「私を見て」

 逃げるように逸らしてしまう私の顔を両手で包んで姫様が唇を尖らせる。私がその通りにすれば姫様に強く抱きしめられた。……強い私で居ようとすると、姫様は必ず私を弱くする。もう誰にも関わらなければ、信じなければ、私は強く居られるのに。

「…………随分興奮していらっしゃるようですね。お水を持ってきて差し上げますわ」

「いらないわ」

 胸元から顔を出してくる姫様の背中を身動き出来る腕を動かして軽く叩くけれど「私が今欲しいのはクラウなの」と離してくれない。……この小さな体のどこに私を押さえつける力があるのか不思議だわ。

「っ……姫様、」

「……嫌よ。やっとあなたを捕まえることが出来たのに」

 相手が相手なら声を出すのだけれど、相手が姫様となれば強く拒むことが出来ない。それどころか久しく会っていなかったのに、相変わらず私に対して直情的で引かない姫様を見るとわがままな子どものようだけれど、そんな彼女を嫌だと言いつつ内心好意的に見ている私はつい許してしまう。

「……私、あなたの結婚がダメになって一番喜んでいるの」

「……悪い姫様」

「えぇ、そうよ。あなたの不幸を喜ぶなんて”素敵な女性”には程遠いでしょう?」

 貴族の娘で大臣の娘でもある私は姫様の遊び相手としてよく城に呼ばれる仲だった。年齢がそれ程離れていなかったこともあるけれど、何より姫様が私をお気に召してくれたから。私を姉のように慕ってくれているものとばかり思っていたけれど、……姫様の『好意』は私が思っているものとは別物だった。

 年々想いは強くなって私の心を揺さぶる。……正直婚約者の存在も、この留学だって姫様から離れる理由が出来て良かったと思っていたのに。彼女はそれを理由に私への想いを告げることをやめなかった。


 ……今回のプロポーズに対しても「私に何故?」と思うより、「まだ諦めていなかったのね」という感想が先に来る。こんな時、私を想ってくれる姫様の存在はとても嬉しくて、ついその言葉に頼りたくなってしまうけど、そういうわけにもいかない。私は大臣の娘で、リオネル様はこの国で民衆からも愛される花姫。姫様にはふさわしい方が現れる、という皆の夢を奪ってはいけないから。


「……クラウは、こんな悪い子嫌いかしら」

 数年前のあどけない彼女が別人のようで、少し驚いてしまう。いつも顔を赤くして私のそばに居ようとするリオネルを妹のように可愛がっていたけれど。今の彼女にはもうそんな態度は出来ない。

「…………」

 嫌いではないけれど、と言おうとして言葉を止めた。今、そんな曖昧な言葉を口にしたら、きっと彼女は良い方にしか取らない。それで困るのは自分なのだと戒めていると、答えが返ってこないことに拗ねた姫様が不機嫌そうに頬を膨らませていた。

 ……私にどうしろと?この子どものように駄々をこねる姫様に泣きつけと?私は視線を彷徨わせた。……姫様の従順なる侍女は近くで私たちを見ているのだろう。そうでなくてはすぐにでも連れ戻しに来てもおかしくない。……本当に悪趣味ね、彼女は。私から彼女を突き放すように仕向けられているのかしら。

「……そうやってクラウはいつも何も言ってくれないのね」

 悲しそうな顔を伏せて、私の腕を掴む。……好きで黙っているわけではない。その一言で姫様を喜ばせるのは簡単だけれど、彼女を喜ばせた責任を取らなければならない。……その先にあるものを考えたら、喉の奥に言葉が引っ掛かり出てこないだけ。

 ……私はしばらく考えたのち、肩を押し返した。こんな私に今でも真摯に気持ちを伝えてくれる彼女には本心を話そうと。

「リオネル様。……私はもうあなたに会う事もないでしょう」

「っ!……何を言っているの?クラウ」

「私はもうオーランドの家に必要とされていない、という話です。父は他国とのパイプが欲しかった、その為の婚約が破棄されたのですから、私は役立たずだと思われても仕方ありません。……この先、離縁されるか、利用価値のある家との縁を結ぶために使われるのでしょう。……それに私は、あなたに言えないようなことをしていました」

 父は家の利益の為、幼い頃母が亡くなったその数か月後に隣国アーキハルトの第二王子とエクスエラ王国の大臣の娘である私との婚約を決めた。……それに全く異論はない。きっと私はその為に生まれたのでしょうし。父の言う通りこの約3年間アーキハルトに留学し、教育を受けた。

 ……そして父の命令通り、私はアーキハルト内でエクスエラ王国の王政を失くす為、同じく王政に反感を持つ貴族に根回しをしていた。婚約が破棄されたのも、私がそれに関わっていると知れてしまったから。……でももうこれで終わるのだと思えば、少しは気が楽になる。……私はこれ以上故郷を……いいえ、リオネルを傷つけることはしたくなかったから。

「!……そんなことさせない、関係無いからっ!クラウをもう一人にはさせないわ。やっと……やっと戻ってきてくれたのに」

「……リオネル様、落ち着いてください。私の為に無理を通してはあなたが……いいえ、陛下が父の言いなりになってしまうかもしれません。それだけはおやめください」

「っ…………じゃあクラウはもう私と会えなくなっても平気なの?……3年も、私に会えなかったことも平気だったの?!」

「…………えぇ、あちらでは充実した毎日を送らせて頂きましたので。……まぁ、ご縁が無くなってしまったので叶う事はないでしょうが、叶うならまたアーキハルトに戻りたいとさえ思っております」

「っ……クラウのバカッ!意地っ張り!絶対私のこと好きって言わせるから!!」

「………………ふぅ……」

 慌ただしい足音をさせて姫様が戻っていく。いつもよりも大人っぽいドレスにメイクも台無しになってしまった。……もしかして私に見せたかったのかしら。彼女の告白を聞いた後なら分かる。

 せっかく綺麗な姿をしていたのにあんな顔をさせてしまうなんて、……やっぱり私にリオネル様のお相手なんて無理だわ。……でも、私と会う為に着飾ってくださったのならちゃんと褒めて差し上げた方が良かったかしら、と去って行く後ろ姿を見送りながら思った。


 私に彼女の純真さは眩しすぎる。

 婚約も留学も、全て家の為。本来はリオネル様と婚約の話を進めたかったアーキハルトに父が無理矢理条件を付けて自分の娘と結ばせただけ。留学だってほとんど自分の時間も無いぐらいに父からの密令に頭を悩ませ、心休まる時など無かった。進捗状況を監視される生活は囚人のようだったけれど、……でも少なくとも、屋敷に居るよりは気楽だと思ってしまった。母がいなくなってしまった家に居たいとは思っていなかったから。

 ……これからその屋敷に戻り、父と今後の話をしなくてはいけないのがとても苦痛だわ。……そもそも居場所はあるのかしら。その場で家を出されるかもしれないわね。……そうなったらどうやって生活をしていくのか、屋敷へと戻る馬車の中、姫様のことも忘れてしまうぐらい、私には考えることが山積みだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ