第2章「バージンロード」第39話
いつもありがとうございます!
思ったよりカノンちゃんのガードは硬かったです。
「月島さん、よかったら私も「カノンちゃん」って呼んでもいいですか?
とてもかわいいお名前だと思いまして。」
「すみませんがお断りさせていただきます。」
「そ…そうですか…」
最初は下の名前で呼ばせてもらうことすら許されず、
「あ、月島さん。一緒にお茶でもー…」
「すみません。今、少し急いでいるので。」
「そ…そうですか…」
一緒にお茶も飲んでもらえませんでした。
佐切さんからの頼みもあり、マリアちゃんとやっちゃんにカノンちゃん任された以上、ちゃんと彼女と友達になりたい。
そう思った自分ですが、
「いいえ。お断りします。」
「いいえ。興味ないので。」
「いいえ。好きではありません。」
カノンちゃんはなかなか私達に心を開いてくれなかったのです。
「大丈夫ですか?先輩。」
「あ、やっちゃん。」
カノンちゃんのことで少し悩むようになった私のことを気にかけてやっちゃんは何度も私の様子を聞いてくれて、
「うまく行かないようですね。心の何処かに自分だけの壁を建ててる感じです。
多分彼女はこの先ずっと同じ調子でしょう。」
カノンちゃんのことをまるで自ら一人になろうと努力しているように見えると、そう言いました。
「すみません。自分から勧めておきながら何の手助けもせずに。」
っとやっちゃんは何もかも全部任せきりで面目ないと謝りましたが、
「でも私は先輩なら必ず彼女の心を開いてみせると信じますから。」
それでも自分の選択を後悔しないと、結果がどうであれ自分はそのすべてを謙虚に受け入れると、私にそう言ってくれたのです。
「大丈夫ですよ、やっちゃん。
月島さんは人付き合いがちょっと苦手なだけで本当はとてもいい人ですから。」
やっちゃんの期待にはちゃんと応えたい、という気持ちはありましたが、
「私、絶対月島さんと友達になってみせます。」
私はただ純粋にあの頃のカノンちゃんと友達になりたいと、心からそう思っていました。
カノンちゃんの一日はシンプルでした。
「おはようございます。」
「おはようございます、月島さん。今日もよろしくお願いしますね。」
「…」
私達、正確にはやっちゃんの正式な付き添いとして上層部から任命されたカノンちゃんは朝から晩まで私達に付き切りになって私達の面倒を見てくれました。
使節団のお仕事でやっちゃんがお出かけすることになる時は別の巫女さんが同行して、やっちゃんがいない時に限ってカノンちゃんは神社で主に私達と一緒でしたが、
「実は彼女をあまり外に出したくないみたいですよ、ここは。」
それにはそれなりの理由があるらしいです。
「彼女は結構前に街で問題を起こしてそれ以来特に用事がない限り、外には出られないらしいです。」
今は少し増しになったけど、昔は言葉より手が先走りしたというカノンちゃん。
相手が誰でも自分でぶちのめさなければ気がすまない。
そういう負けず嫌いの性格は後にカノンちゃんがトップアイドルになるための肥やしとなりましたが、佐切さんはカノンちゃんのそういう荒い気性をすごく心配していたのです。
実際、彼女は神社の筋金入りの問題児で、園外にはあまり出させてもらわず、たまに私とマリアちゃんの付き添いとして街に同行する程度でした。
やっちゃんは一体カノンちゃんのどこを見込んで私に一度会って欲しいと頼んだのか。
カノンちゃんについて情報が少なかった私にはその理由まで正確には分かりませんでしたが、私はカノンちゃんの紫水晶のようなきれいな目を見た瞬間、こういう予感がしたのです。
彼女にはとても強い意志があって、それは決して私達に劣らないほど気高くて優しいものであると。
そして私の予感は、
「天使の歌声…」
初めてカノンちゃんの歌を聞いた時、その一瞬で確信に変わりました。
私達はしばらくの間、やっちゃんの使節団のお仕事のお手伝いをしながら、これからのことを考えることにしました。
自分と一緒に行動すればきっと私達の目的に賛同してくれるカトリーナちゃんのような人が現れて手伝ってくれるかもしれないというやっちゃんの考えは実に尤もでした。
私達が同行することについてはすでにマリアちゃんとやっちゃんが当時の皇帝であるやっちゃんのお父さんにあって話をつけたので、特に問題はありませんでしたが、
「暇ですね…」
多忙なやっちゃんとマリアちゃんと違って、私は毎日をダラダラしながら無駄な時間だけを過ごしていたのです。
「それでは行って参ります。」
「行ってらっしゃい、やっちゃん。」
「来週にでも戻るから。」
「お気をつけてください、マリアちゃん。」
やっちゃんは他の国の偉い人たちとの懇親会、マイアちゃんは他の巫女さんたちと宗教間対話を含めた交流会。
それぞれの最善を尽くすために、一生懸命頑張っている二人を見て、自分ももっと頑張らなきゃと、私は強くそう思ってましたが、
「でも今の私じゃ…」
結局、私はこれといった活動もできないまま、毎日神社で本を読んでいるだけだったのです。
私達は「神社」の方で特別に用意してくれた別館で過ごしましたが、そこは本館とそんなに離れていたことにも関わらず他の巫女さんがあまり近づかない場所でした。
多分、お客様に誰にも邪魔されない静かな環境を提供したいという「神社」側のお気遣いだったと思うのですが、ワイワイとした賑やかな場所が好きな私には少し静寂すぎだったのです。
「月島さんもどこか行っちゃったし…」
たまに用事があるって了承を得てふらっとどこかへ行ってしまったカノンちゃん。
私はなんとかカノンちゃんと距離を縮めておきたいなと思いましたが、カノンちゃんのガードは解除される気配もせず、以前と硬いままでした。
「押さないで…!」
「あたいも見るよ…!」
「うわっ…!本当にでかい…!」
そんな中、私はこの神社に来て初めて仕事以外に別の巫女さんたちと会うことができました。
「どなた?」
壁の端から聞こえる幼い子供たちの声。
その声を辿って足を運んだそこには、
「バレちゃったよ…!」
「逃げろ…!」
背を向けてすでにそこから逃げ出してきた小さな巫女さんたちがいました。
壁の向こうから私達が泊まっている別館の方を覗いていた本館の巫女さんたち。
私は、
「逃げないでください!大丈夫ですから!って足、早っ!」
早速、彼女たちを呼び止めて、
「怖くないです。こっちへおいで。」
自分に害する意思はないということを彼女たちに示しました。
「どうする…?」
「でも先生から近づいちゃ駄目って言われたから…!」
「絶対怒られるよ…」
「だから止めようと言ったのに…!」
私からずっと離れて木の後ろに隠れてコソコソと話し合っている3人の子供たち。
まさか追ってくるとは思わなかったように困惑しながら私との接続をためらった彼女たちは、
「え…!あの人、なんか牛乳出てる…!」
「変な人…!」
どうやらそのまま逃げ切るのに心を決めたようでした。
「違っ…!これはただそういう体質なだけで…!
決して分けてあげたいという気持ちでは…!」
ちょっと油断した隙にまたこぼれ出してきた私の愛情を見た途端、その巫女さんたちは二度とこっちを振り向くこともせず、そのまま本館まで逃げ出してしまったのです。
やっちゃんの言った通り、早速巫女さんたちに警戒されてしまった自分。
私はなんとか自分が彼女たちに好意的な存在であることをアピールするために、
「これでいいでしょうか。」
おもてなしの準備をして彼女たちの迎えようとしました。
「…いる?」
「見えない…」
そして彼女たちはその翌日、またしても別館の方まで足を運んできました。
あんなにドン引きして逃げ出した割に、何がそんなに気になるのか、好奇心に満ちた彼女たちを見ていると、
「ま…まずいです…!また出ちゃいそう…!」
今でも愛情が溢れそうになりますが、
「ダメです…!ここでまた変な人って思われたら二度とこっちには来てもらえないかも…!」
彼女たちと話すために今は抑えるべきだと、私は何度も自分を抑えつけました。
「いらっしゃい❤待ってました❤」
「うわっ…!?」
突然、後ろから現れた私を見て、またやってきた彼女たちは大声で驚いて、早速逃げ出そうとしましたが、
「よかったら一緒にお茶でもしませんか❤美味しいお菓子もあります❤」
私は今日ばかりは彼女たちとちゃんとお話してみせると心を決めていたので、そう簡単に彼女たちを開放してあげなかったのです。
見つかったら絶対逃げると思って、待ち伏せしていた私は、
「さあ❤怖くありませんよ❤」
どうすればいいのか、迷っている子供たちを中には入らせるために、なるべく優しく彼女たちとの接続を試しましたが、
「し…知らない人に付いて行ってはいけないって先生が言いました…!」
その律儀な生徒たちは決して私の提案に乗ってくれなかったのです。
「その人なら大丈夫ですよ。」
その時、本館まで続く森の抜け道から出てきたもう一人の女性。
彼女のことを見つけた瞬間、
「あき先生!」
その小さい3人の巫女さんたちは素早く彼女の方に駆けつけて、彼女の後ろに隠れてしまったのです。
「楪神社」の教育を担当する「天王寺」家。
その一人である「天王寺千秋」さんは本館の巫女たちの間では「あき先生」と呼ばれながら敬われている、私個人でもすごく尊敬する立派な教育者です。
三つ編みの髪型をした茶色の髪の毛。
眼鏡の向こうから見える奥ゆかしい黒い目はいつも生徒たちに信頼感と愛情を与えていて、彼女たちを正しい道に導こうとしている。
今は「楪神社」の管長となった佐切さんの最側近であり、「神社」の最古参でもある彼女は、
「はじめまして。「天王寺千秋」と申します。」
その日、初めて会った私に何の偏見もない純粋な笑顔を向けていたのです。