第2章「バージンロード」第37話
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西大陸。
軍閥とマフィア、カルテル、民兵隊や盗賊団などの様々の組織が相まみえている無法地帯。
それぞれが作った規則で維持されているその不毛の地でただ一人、「楪神社」と呼ばれる組織がいました。
法律ではなく力だけが正義。
その弱肉強食のルールの中、自分たちの居場所を作って完全なる独立組織として自立し、西の絶対覇権を掌握したのが「楪」の一族でした。
混沌と破壊が渦巻いている西の大陸で唯一の正義と言っても過言ではない圧倒的な存在感を見せつける「楪」一族の「楪神社」ですが、彼らの教理と理念が「無為」である以上、自分たちへの害がない限り、彼らは決してこの世界のためには動きませんでした。
すでに「楪神社」の中には各組織、及び西の各国の最重要人物が数多く信者として活動していて、それに歯向かうということは西大陸すべてを敵に回すということで、それは組織の存続に関わる問題に直結する。
そしてあらゆる分野で圧倒的な優位を占めている「楪」一族は財力はもちろん、かつて東の「帝国」によって行われた「大陸征伐」も自力で防いたくらいほどの「神和ぎ」と呼ばれる規格外の戦力まで。
「神社」はあの西の大陸の支配者と呼ぶに遜色のない完全無欠の組織として長年西の大陸を君臨し続けました。
彼らは基本、組織の安易に危害が加わらない限り、外で何が起きろうと口出しもしませんが、もし神社に脅威になりうるのであれば地の果てまで追いかけて徹底的に叩き潰すことで有名で、あの無法地帯と呼ばれる西の大陸で自力で生存したほど強大な力を持っていました。
そして本庁の「管長」と呼ばれる一番えらい職責の総責任者がいて、その人は必ず「楪神社」を作った8人の巫女、「楪」一族の末裔の一人が就くことになっています。
「時雨」、「楠」、「三好」、「宮下」、「天王寺」、「黄泉」、「テイラー」、「霜月」の「八家紋」を「楪一族」と定義し、代々の管長はこの中で投票で選びます。
それぞれの微妙なパワーバランスはありますが、基本「無為」という理念だけはきちんと守っていると、今は管長となった私の知り合い、「楠佐切」さんはそう言いました。
「帝国」の使節団の代表を務めたやっちゃんは当時の管長である「三好凛」に今後の協力を求めるために「楪神社」側に接続しました。
そのために私の卒業式に参加はできませんでしたが、やっちゃんのおかげで「帝国」と「楪神社」の間に目立つ進捗ができました。
司さんが魔術殺しを復活させて、本格的に世界との戦争を決めたことによって「神社」は自然と「帝国」と背を向けるようになりましたが、平和協定を結んだ初期には司さん自ら管長との接続を試すほどの交流もありました。
司さんの方から一方的に協定を破って、抗争を起こしたことに今も「神社」側はすごい恨みを持っていて、現在、「楪神社」と「帝国」の交流は完全に途切れている状態です。
でも何もかも全部失ったわけではありませんでした。
だって、あの時、「帝国」と「楪神社」がつながることで私達は、やっちゃんには命と引き換えてもいい大切なものに出会いました。
「「月島花音」です。
今日からあなた達の世話をするようになりました。」
赤狐さんを思い出させる燃え盛る橙色の髪の毛を持った華やかで色気のある若き巫女さん。
ツーンとしたツリ目と紫色の美しい瞳を持ったその子は歌がお上手で、とてもきれいな声で自分のことをそう紹介しました。
神様へ歌と踊りを奉納する神楽の巫女、舞姫とも呼ぶ彼女の名前は「月島花音」。
後に「オーバークラス」の一人、「L'Arc」の「橙」の使い手、「オーバーフロー」と呼ばれる私達の大切な仲間です。
「彼女の素質は本物です。能力の高さは言うまでもなく、何よりも真剣に世界の調和を思っている彼女こそ私達の仲間に受け入れるのにふさわしい人物です。
だから一度でもいいですから彼女に会ってみて欲しいです。」
っとカノンちゃんのことを仲間として迎え入れることを強く推薦したやっちゃん。
やっちゃんが自分のこと以外にあれだけ自身を持って言ったことはめったになかったため、私とマリアちゃんは、
「やっちゃんがそれだけ言うのなら私は反対しません。
むしろ大歓迎です。」
「右に同じよ。」
あっさりと彼女に会う約束をしました。
私とマリアちゃんのために駅まで出迎えに来てくれた優しいやっちゃん。
久しぶりに会ったやっちゃんは相変わらず可愛くて、とても美しかったです。
見目麗しい金色の髪の毛と透き通った青い目。
溢れ出す気品と凛々しくて強かな眼差し。
体は離れていてもやっちゃんは強くて堂々なやっちゃんのままでした。
「お久しぶりです。先輩、マリアさん。元気でしたか。」
「やっちゃん!」
仕事で忙しいのにわざわざ迎えに来てくれたやっちゃん。
私は久しぶりにやっちゃんに会った喜びを抑えきれず、一気にやっちゃんに駆けつけて、
「会いたかったです!やっちゃん!」
湧き上がる嬉しいというありったけの気持ちをやっちゃんにぶつけました。
温かくて力強い手。
つい先まで一人で抱え込んでいた不安な気持ちを一気に吹き飛ばしてしまうほど私にぐっとした勇気を与えてくれるやっちゃんの手の温かさに、私はようやくまたやっちゃんと再会できたという実感がしたのです。
「ご卒業おめでとうございます。
これは私からのプレゼントです。」
「耳飾り…ですか?」
最後まで私の卒業式に参加できなかったことを悔やんでいたやっちゃんは、私の卒業を祝い、これからの未来への祝福の気持ちを込めて、私のためにプレゼントまで用意してくれて、
「ありがとう!やっちゃん!一生の宝物にしますね!」
私はあの時、やっちゃんからもらったその星の形の耳飾りを今も大事につけていました。
「先輩のイメージにぴったりだと思ってつい買ってしまったんです。
気に入ってくれたら良いのですが。」
先日、「神社」の関係者たちと親睦を深めるために遠い国までお出かけした時、偶然見つけた星の形の耳飾り。
目を引く精巧な細工。そこに自然と漂っている上品さ。
これを作った時、職人さんがどれだけの思いを練り込んだのか、一度見るだけでその気持ちが伝わってくるほどよくできたその白銀の耳飾りはやっちゃんがこの世でたった一人、私のために用意してくれた一つしかない宝物でした。
その事実にすごい愛着ができた私は、
「どうです?似合ってます?」
早速その耳飾りをつけてやっちゃんにお披露目することになり、
「ええ。とても可愛いです。」
そんな私のことをやっちゃんは心から喜んでくれました。
あの時、やっちゃんにもらった白銀の星。
それは皆から離れて、一人で旅をした時、私の心を支えてくれた大切な思い出になって、傍からずっと私を守ってくれたお守りになりました。
皆との思い出があったから、私は自分を失わずに生きられた、今はそう思っています。
「その杖は…」
その時、偶然やっちゃんの目についたのは、私がフリーン様から引き継ぐことになった彼女の至宝である「ミルキーウェイ」でした。
数多な星が散りばめられた黄金の杖。
それが目に入った時、やっちゃんは色々と気づいてしまったように見えましたが、優しいやっちゃんは何も聞かず、ただ静かに私の手をギュッと握ってくれるだけでした。
「それでは参りましょうか。」
そして早速、私とマリアちゃんを「神社」の方へ案内しようとするやっちゃん。
「神社」まで行く車の中で、やっちゃんは私達に会って欲しい人物があって、ぜひ私達の仲間として迎え入りたいという意思を示しましたが、
「でも彼女はどうやら私のことが少し苦手なようで先輩たちがうまく話してください。」
やっちゃんは推薦者の割に彼女との関係にあまり自身がなさそうに見えました。
詳しい事情は分かりませんでしたが、大好きなやっちゃんのために、そしてやっちゃんが信頼する彼女の可能性を信じて、
「じゃあ、やっちゃんのために一肌脱ぎましょうか?」
やっちゃんの話した「神社」の巫女、「月島花音」に会うことにした私は、
「天使の歌声です…」
初めて彼女の歌を聞いて完全にその美しい声に魅了されてしまったのです。