第2章「バージンロード」第28話
その後、「連合」は大規模の開拓プラン「グランドフォール」を発動、本格的な領土拡張に取り掛かりました。
そのために腕の立つ実力者を正規軍の以外の戦力として雇い、前線に投入。
「連合」側で戦ってくれたものには正式な「連合」の国民と認め、そこで暮らせる権利が与えられる。
そのために世界各地から様々な人達が中央政府に寄り集まりました。
開拓プラン「グランドフォール」。
「帝国」に対抗するために同盟として結ばれたいくつかの国の集まりである「連合」が決行した領土拡大プロジェクトで「帝国」による「魔術殺し」や「征服戦争」に等しいほど多くの異種族の犠牲者を出した虐殺事件。
私はそれにフリーン様の付き添いとして同行しました。
「マミ。お前には真実を知ってもらう。」
普段なるべく世間のこと、特に人間社会への干渉を極力控えるフリーン様がなぜ「グランドフォール」に参加しようとしたのか。
その答えを私はその旅で見つかることができたのです。
特に市民権が欲しかったわけではありませんでした。
魔術師はフリーン様と同様人間社会に関わることをあまり望ましいとは思わなかったので結局私もただフリーン様の連れとしてしか参加できなかったのです。
もしあの時自分が正式な一員として「グランドフォール」に参加していれば魔女に襲われてゆうくんが殺され、愛する二人の娘達を奪われることを防げたかも知れないという悔いが未だにこの胸を重く押し付けているのです。
結局魔術師達は「連合」の市民にはなれなくてなんの庇護も受けられませんでしたから。
「連合」がある南大陸は資源が豊富で土地も肥沃で大半がそれなり富裕な国でしたがその分、紛争が絶えなかったです。
特に人間の間で「魔物」と呼ばれる異種族、魔族との争いは毎年犠牲が出るほど激しかったです。
今は大半が魔女達がいる北の大陸に移住しましたがちょっと前までは南の方にも結構な数の異種族が住んでいました。
「グランドフォール」はその魔族から人間の土地を取り戻すという戦争でした。
私は陸軍所属の外人部隊に配置されましたが主な仕事はフリーン様の身の回りの世話をすることで実際戦闘に投入されたのは少し後のこと。
突然現れた「首なし」に先陣が全滅された後なのです。
「首なしだ…!首なしオーガが現れたぞ…!」
あれはまだ朝日も昇らなかった夜中のこと。
首のないオーガを先頭にしたオーガの部隊が夜中私達がいる外人部隊を襲撃しました。
3人の「魔王」よりは格下でも「首なし」の強さは普通の人間に比べたら圧倒的。
だから未だに「連合」も、あの「帝国」ですら「首なし」以上のものには「オーバークラス」に頼って対処している。
でも残念がらあの頃の「連合」には「オーバークラス」がたった一人もありませんでしたので「連合」は「首なし」に対応する術を何一つ持ってなかったのです。
「連合」側の武器は全く巨大なオーガの分厚い皮膚を通ることもできず有効な打撃を与えられないままあっけなく壊される一方。
普通のオーガは大きくても3メートル級ですがあの首なしはざっと見てもその2倍以上、私はほぼ7メートル級だったと覚えています。
魔物の中で稀に生まれる「首なし」。
「魔神」や「魔王」と同様、作り方などについては全く知られたことがありませんが一つだけ「首なし」の間に見られる共通点があります。
それは魔力の飛躍的な上昇。それによって彼らはあれほど爆発的な力を発揮できるのです。
でもその大きな力の影響なのか知性を失う個体が多くて大半の「首なし」はただの害と見做されて同じ魔族にまで狩られることがありました。
「竜」や「精霊」などの知能の高い生物なら「首なし」になっても理性を保つことはできますがあの時の相手は彼らより知能が劣るオーガ。
力に酔って理性を失った彼にはもう僅かな我は残っていませんでした。
あの時もそうだったのです。
「あいつ…!敵と味方の見分けもできないのか…!」
敵味方全体投げ飛ばし、突っ込んでくる巨人。
片手で思いっきり振り回す大きい棒に当たったら悲鳴も上げられず即死することを皆は本能的に分かっていた。
それでも相手のオーガ達は進撃を止めなかったのです。
ただ一つ、全身を、心を飲み込んだただ一つの感情に身を任せてその巨漢をこちらへ向かわせている。
その目に宿った「復讐」という感情を目視できた瞬間、私は何か大きく間違っていることに気が付きました。
初めて経験した死の恐怖。
今まで自分がどれほど楽な人生を送っていたのか感謝までさせられるほど私は恐れていました。
「フ…フリーン様…!早く避難を…!」
ここは逃げるしかない。あんなの戦って勝てるわけがない。
ただその本能に身を任せてここから逃げることしか考えなかった自分のことをフリーン様はこう言いました。
「それでいい。お前は自分のことだけ考えていればいいんだ。」
その言葉の意味が一体何なのかあの時の自分には分かりませんでした。
ただそれがフリーン様が言ってた「真実」の一つであることだけはなぜか気づいていただけ。
ただそれだけのことでした。
でもフリーン様は逃げませんでした。
彼女の手にはいつの間にか星の生命力が詰まっているような美しくて不思議な魔法の杖が握られていてそこにはとてつもない魔力が溜められていたのです。
「でもさすがに人間側に便宜を図ってもらっている身としてここで逃げるわけにはいかなくてな。」
っと言ったフリーン様は
「せいぜい恨んでくれ。」
杖を前に差し出してその巨漢に向かって一筋の閃光を放ったのです。
日も出てない真っ暗な明け方。
悲鳴と死が満ちているこの残酷な戦場を光る眩い閃光はほんの一瞬だけすべての時間を止め、皆の視線をこちらに留まらせました。
白夜と呼ぶに値する真っ白な夜空。
その暗闇を真っ直ぐに貫いたその光は微塵の誤差もなく正確に首のないオーガの心臓を貫通しました。
なんの痛みも感じないようにその大男は廃れるように倒れました。
まるで腐った巨木が自分の寿命を果たしたように苦しむこともなく倒れるその姿は自然の理のようにも見えるくらいでした。
どれだけ体が大きかったのか地面に体が落ちる時は地震でも起きたのかと思わせるほど大きな地鳴りまでしましたがあの一瞬だけは皆その場に固まってただその光景を眺めているだけだったのです。
切り札が倒れた途端、オーガ達は即逃げ出すようになりました。
でも戦意を失ったわけではないということを私は彼らの鬼気迫った眼差しを見てなんとか分かっていました。
でもフリーン様が私に教えてあげたかったのはただ死の恐怖だけではありませんでした。
それから数日後、「連合」から送った増援部隊が加わって「グランドフォール」は続行されるようになりましたが今回は新たな指令が下されてそれを中心に作戦を遂行するようになりました。
その指令とは
「交渉の余地なく殲滅すること。」
今までの「グランドフォール」以上の過激な強硬策。
もはや話し合う意思すら投げ捨てた身勝手なエゴ。
そしてそこで確かめることができた人間の残酷さ。
フリーン様が言った「真実」はそこにありました。