第1章「アイス、要りませんか?」第15話
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「なるほど…つまりこちらのメイドちゃんがマリア先輩が話した…」
「ええ。魔神「万眼の深淵」、テラさんを宿した「杉本ヤヤ」ちゃんです。」
一気に逸れた話。
デビューの話で訪ねた業界関係者の事務室で出会った芸能界のスーパーアイドルは完全に私のことを芸能界の関係者ではなく、一人の「オーバークラス」、「オーバーフロー」として扱っていた。
「確かに私一人だったら瞬殺されそうね。」
っとマリアさんの時のように自分とテラの戦力差を割と淡々と認めるカノンさん。
彼女は、
「魔王なら2回くらい見たことはあるけど、本物の魔神は初めてだから。
でもなんか思ったより大人しいし、あなたに懐いている感じだからちょっと安心。」
その一瞬で私とテラの仲を判断し、ひとまず安心したらしく、私たちをどうこうする気はないことを知らせてくれた。
「前に会ったのは「女王蜂」と呼ばれる「黄金王国」の「グレースハニー」っていう魔王でね。
あの人だって一応魔王なのに、あまり危険な感じはしなかったから。
まあ、なんかこっちの無駄におっぱいだけが大きい人と一緒に子供を生みたがる変な人だったけど。」
っと隣のマミさんのことを羨むよんな視線でちらっと見るカノンさん。
魔王にも狙われるその才能と祝福された身体は実に羨ましいと言わんばかりの彼女の視線。
でもそんな彼女と違って、
「落ち着く…」
なんとなく目についた彼女のこぢんまりした胸の大きさに、私はなんだか心が落ち着いて和んでいくような気がした。
夕焼けの空のような、揺らめく炎のような心に滲んでくるきれいなオレンジ色の髪の毛と狐のような妖艶でツンとした尖った紫色の目。
何より鈴を転がすような美しい声。
舞台の上でのキラキラした衣装ではなく、普通な私服の格好で私達の前に現れたスーパーアイドル「カノンチャン」、本名「月島花音」さんは魔神の依代である私のことを興味深い目でじーっと見つめていた。
古から西大陸に存在した由緒正しい神社「楪神社」。
その神社は世の理と循環を悟る修行と人々の幸福を祈るために修行者「楪一族」によって作られ、今も旺盛な活動を見せている。
今や西大陸全域にまで広まって、西に限って女神「エル」を崇める聖王庁よりも大きな影響力を振る舞い、人々を導いている。
独自の戦闘部隊まで運用しているほどの莫大な資金力とあっという間に多くの人々を集められる動員力、そしてマフィアや軍閥ですら逆らえない影響力を元にして、万年桜が咲く「カロン」で活動している大組織。
無法地帯と呼ばれる西大陸で最も正しい秩序と認識されている彼女達もまた聖王庁の異端審問団「クライシスター」と同じく特殊な目的で育成、運用している特殊部隊があって、人々は彼女達のことを「神和」と呼んでいる。
全員が戦闘に特化した巫女であって、その中で最強を誇っていたのが今、私達の目の前にいるカノンさんだそうだ。
彼女は本来、神に神楽の奉納した巫女で、楪神社の当主に目をつけられていた問題児だったらしいが、今は最も偉大な巫女として称えられている。
特に「無形」を別のもの、いわば「現象」などで変換、置換する「L'Arc」の「橙」の使用者として、彼女の場合は音を媒介にして「五行思想」の具現化、「元素」に置換することができる非常に稀な類の「オーバークラス」としてその名を轟かせている。
また噂によれば彼女にはそれ以外にも何か特別な力があるらしいがー…
「あなた、結構詳しいわね。全部先輩から聞いた話?」
っといきなり顔を近づけて、思ったより自分に詳しい私にすこぶる興味を示してくるカノンさん。
というか顔が近い。
長いまつ毛。そして神秘な光に満ちた紫色の瞳。
間近で見たカノンさんの姿は想像以上にきれいで美しくて、また首の辺りからぐっと匂ってくるいい香りに、私は一瞬、気を失いかけてしまうほど見とれてしまったが、
「は…はい…」
私はやっぱり彼女からの初めての質問にはちゃんと答えたいと思っていた。
そんなに背が高いわけでもないのに一瞬だけ彼女のことをぐんと大きく感じてしまうほどの存在感。
現役の「オーバークラス」として、そして人気アイドル「カノンチャン」として熾烈に生き抜いてきたプロ。
私は彼女のことを立派な大人で、社会人だと心から尊敬して、
「いい子じゃないですか。先輩。」
彼女もまた私のことを結構気に入ってくれた。
色気がムンムンとする艶めかしい目笑。
でもその笑みのことがそんなに嫌ではなかった私は自分のことをいい子と言ってくれた彼女に好感を抱くようになった。
彼女が私のことをいい子と判断した理由は思ったより単純。
カノンさんはただ私が清くて優しい目をしているからだと、そんな簡単な理由で私のことをいい子と評価したのであったが、
「人というものは大体目を見れば分かるのよ。
あなたはとても優しくて温かい目をしている。
だから先輩が傍についているんだと思う。
それだけ。」
目には大きな力が宿って、大半はそれだけでも判断できると、私に対する評価を取り下げなかった。
カノンさんとの自己紹介はとっくに済んでいる。
「「ムーンライトアイドル」所属アイドル兼社長を務めている「月島花音」です。
今日はよろしくね?」
「す…「杉本ヤヤ」と申します。
初めてお目にかかれて光栄です。」
「そんなに堅苦しくしなくて大丈夫だから。
あ、ヤヤちゃんって呼んでもいいかしら。」
「あ、はい…」
「ありがとう。
じゃあ、ヤヤちゃん。私のことを「カノン」って呼んでね。」
って感じで初対面の私にすごく親しく接してくれたカノンさん。
彼女はまず私のことを見て、
「うん。あなたにはすごい可能性があると思うわ。
あなたが望むなら私が絶対売れてあげるから。」
っと自分にも分からない私の可能性を信じてくれた。
その言葉に少し自身ができた自分だったが、
「でもあなたがここに来たのはデビューの話だけではなかったみたい。」
どうやら私がここに呼ばれたのは、ただその話をするためだけではなかったらしい。
「リサさん、ちょっといいですか。」
っと急に私とマミさんにあの広場で名刺を渡してここまで来るようにしたスカウト担当のリサさんを呼ぶカノンさん。
彼女の呼びに、
「はい、こちらにおります。」
まもなく、ドアを向こうから、
「やっぱりこの人も「楪神社」の関係者だったんだ…」
先、見た時の私服ではなく、いつの間にか「楪神社」の巫女服に着替えたリサさんがようやく私たちの前に姿を表したのであった。
茶色のショートカットとよく相まっている白衣と緋色の袴。
あの有名な「楪神社」の巫女服にしてはどこにもある神社の普通な巫女服とそう変わらない、割と淡々とした形だなと、私はそう思ったが、まもなくその清潔な形から感じられる奥ゆかしさがようやく理解できて、機会があれば一度着てみたいなと思うようになった。
特徴といえば楪の模様が描かれた千早を全員が着るということで、実際、目の前のリサさんもそれを着ている。
上質の布地でできている心が和む美しいお花の模様の千早。
たとえ華やかさで派手なお花ではなくても、心を癒やしてくれるそうなその仄かな美しさが私は大好き。
そしてそれは「楪神社」が目指している理想と一脈相通じていることで、そこの巫女さんたちはそのお花をとても神聖なものと、お花も、その意味もすごく大事にしている。
だからその楪の模様が描かれた千早は「楪神社」の象徴であって、とても大事なものであった。
「ちなみに服が可愛いからって勝手に似たものを作って着ちゃうのはダメなんです。
「楪神社」の巫女さんはとても神聖な存在で、その品位を落とすような行動をするのはご法度ですからね。」
「そうなんですね。」
最悪の場合は死刑まで免れないほど、重罪という巫女の詐称。
たまに死亡した巫女の遺品が高い値段で、闇市場に出回っているらしいが、それもマフィアなんかにバレたらその場で即決裁判されるそうだ。
それだけ西の人たちにとって「楪神社」は神聖な存在ということであった。
「お呼びでしょうか。」
年はリサさんの方がずっと上だが、階級から見たらカノンさんの方がは「楪神社」の最上級幹部でずっと上。
だからリサさんは彼女に対して、敬語を使わなければならなかったが、本人はさほど気にしていないようだ。
「先輩って、リサさんが連れてきたんですよね?」
っというカノンさんのいきなりの質問に、
「はい、いかにも。」
特に隠す気はないという、リサさんの身も蓋もない正直な返事。
でもそれも予想していたように、
「やっぱり…」
カノンさんは特に怒ったり、責めたりこともなく、
「あの人は先輩のせいで苦しんでいるのに…」
ただ小さな声で、マミさんのことを恨むような表情でそう呟いて目の前のマミさんのことをちらりと見るだけであった。
「私、先輩がいるって聞けませんでしたけど。」
「話したらいらっしゃらないと思いまして。」
「そりゃそうでしょう…」
っとまたマミさんの方にチラ見するカノンさん。
その視線からマミさんへの明らかな気まずさを感じた私はまもなく、今のカノンさんがあまりマミさんに会いたくないと思っていることを察するようになった。
突然の「バージンロード」の解散。
マミさんは今もそのことをずっと気にかけていて、カノンさんもまだそのことを引きずっている様子。
そしてそれを解決するためにリサさんはある人物から頼まれて、マミさんに接触したというわけ。
「…つまり私はついでってこと…?」
「…食玩の食べ物の方って感じだな…」
例えがムカつく。
というか食べ物を粗末にしないで。
っと思い込んで勝手に凹んでいた私は気を釣り直して、まずは今回についての詳細を聞いてからいじけちゃおうとしたが、
「それは違うと思うよ、ヤヤちゃん。」
どうやら私のデビューの件はただの口実ではなかったようだ。