第1章「アイス、要りませんか?」第13話
いつもありがとうございます!
って感じで粋がったのは良かったが、今日みたいなことが明日にも繰り返されると思ったらさすがに憂鬱になる。
マミさんは無理する必要はないと言ってくれたが、私はちゃんとマミさんの役に立ちたい。
昼になったら気温もかなり上がって、マミさん一人だけに無理をさせてしまってことを、私は本当に面目ないと思っている。
だからマミさんの休憩の間だけでも代わりに私がお客さんを呼び寄せなければならない。
でもいざとなったら声が出てこなくなって、結局私は何もできず、ただマミさんの後ろ姿を見ていただけ。
マミさんには魔力供給もしてもらっているから、その分だけでも労働力で支払わなければならないのになんという不甲斐なさ…
こんなダメダメでポンコツな自分なんて大嫌いと、そう思って落ち込んでいる私に、
「じゃじゃーん!そんなヤヤちゃんのためにマミーからのプレゼントがあります!」
渡したいものがあると、なにかプレゼントを持ってきたマミさん。
でもそれは、
「ええ…!?マミさん…!?これってもしかして…!」
「はい♥ヤヤちゃんのために先街で買ってきました♥」
間違いなく本の中でしか見たことがないバリバリのメイド服であった。
白と黒の色合いが主従の関係をよく表す女の使用人の証。
ひらひらのフリルのエプロンと白いカチューシャまでバッチリ用意したマミさんから私に渡したその衣装に自分はただどう反応したらいいのか迷っているばかりであった。
「どうですか?♥ヤヤちゃん♥
ヤヤちゃんにお似合いだと思って思い切って買っちゃったんです♥
一度試着してみませんか?♥」
っとぜひ感想を聞かせて欲しいと、すごいテンションでその短いスカートのメイド服を私の目の前にひらつくマミさん。
「こんなもので無駄遣いしたんですか?」と叱りたいところだが、本音を言わせてもらえばロマンというか、私個人ではこういうのにちょっとしか憧れがあって本当はちょっとだけ嬉しかった。
今までこういうひらひらな服は着てみたことがない。
お母さんは私に愛情もない無情な人だったし、当然こんな可愛い服をプレゼントしてくれたことがないから、ただ見るだけでも貴重な経験だった。
それを今から自分が着ると思ったら、とても新鮮な経験でもうこんなに胸がワクワクしている。
もちろん絶対似合わないとは思っているが、それでも私のためにマミさんが買ってきてくれた可愛いお洋服ってことがたまらないほど嬉しかった。
「あ…ありがとうございます…じゃあ、お言葉に甘えて…」
っとその服を受け取ってまずお礼を言った後、私は早速着替えてくることにした。
「ど…どうでしょうか…」
まもなく着替えを終えた私が部屋の向こうから現れた時、
「すっごく可愛いですよ!♥ヤヤちゃん♥」
マミさんはやはり自分の目に狂いはなかったと、この服を選んだ自分のチョイスに一段と強い確信を持つようになった。
家にいた時も、魔女たちに売られてホムンクルスになった時も、あのトンネルの時もずっと同じく服しか着させてもらえなかった自分。
着すぎてもうボロボロになって着古しにもちろん愛着はあるが、もう物理的に着られる状態ではないから。
もう身長も伸びたし、胸だって…
「…」
「どうしたんですか?ヤヤちゃん。」
何でも…ないです。
っと少し悲しく自分の胸を眺めている私になにか気に入らないことでもあるのかという視線のマミさんだが、マミさんからのプレゼントになんの問題もないから、そこは安心して欲しい。
むしろ最高すぎて恐れ多いって思っているくらい。
悲しいのはただこんな素敵な衣装を完璧に着こなせない自分の貧しい身体だけ。
まあ、今までの栄養状態から考えたら別に無理な話でもないんだが、一応女の子だからマリアさんみたいないいプロポーションが手に入ったらとは思っている。
マミさんはちょっと栄養過多のような気がするが、今の私なんかよりずっと健康的で良い感じだから。
「やっぱり本物の大人は違うな…」
自分もいつか大人になったらああやってかっこいい大人になれるのかな。
マミさんに会う数日前までは考えたこともない大人の自分。
私はテラと契約でテラの魔力と体が修復したら、即この体をテラに渡すことになっていたからあまり大人になった自分のことを考えたことがない。
でもマミさんのおかげで少しずつ自分の未来を描くようになった私のことに自分も内心驚いて、こんな私のことを今は割と結構受け入れるようになった。
これについてテラは未だに一言もせず、ただ大人しく付き合っているが、もしその時が来たら私はー…
「ヤヤちゃんなら素敵な大人になれます。」
その時、少し考え込んでいた私に前向きな未来を予言してきたマミさん。
その無邪気な表情に一点の偽りはなく、ただ純粋にそう信じてくれて、私はこの瞬間、マミさんに会った記憶さえあれば、自分にどんなに未来が訪れても受け入れられると、心からそう思ってしまった。
「でかい…」
もちろん大人になった自分が今のマミさんと同じ大きさの胸が持てるかと言われたら、それはなんとも言えない。
「ほら、鏡の前で自分のことを確かめてみてください。」
っと私を部屋一面にある鏡の前まで連れて行ったマミさんは今度は今の自分がどんな姿なのか、自分で確かめることを勧めた。
マミさんの手に引っ張られて姿見の前に立たせられた私は、実に何年ぶりに自分の顔を自分の目で確かめることができた。
あのトンネルの暗闇のような真っ暗な長い髪。
可愛い衣に包まれた白い肌の小柄の女の子。
浮ついたほっぺには昔と違って鮮やかな生命力の溢れる桃色の生気が染まっている。
輝く金色の瞳、そしてその目で鏡に映った自分を見つめている眼鏡の少女。
最後に自分の姿を確認した時は髪もバサバサで、青白い肌にくままでできて、痩せこけていてあまり健康的には見えなかったが、今の自分はあの時は正反対の元気で実にフレッシュって感じ。
マミさんから供給してくれる魔力の質があまりにも上質で丁寧な健康管理のおかげで、私はやっぱり一番はマミさんが傍にいてくれることで伝わる安心感と思う。
今までこれだけゆったりしてのんびりした生活はしたことがないから。最近ご飯もすごく美味しくなったし。
まあ、たまに、
「…ヤヤ…お前、太ってんぞ…」
「ウソでしょ。」
っと私の体重を勝手に測りやがって、デリカシーなところを突っついてくる野暮な雇い主の魔神は鬱陶しいんだが、それも今はどうでも良くなった。
だって今の私って前よりずっといい感じで、私は断然こっちの私が好きだから。
前より背も伸びて、体重は少し増えたが、ガリガリの方よりこっちのが断然いいから、それなりに満足しているつもり。
こんな私を見て、
「ヤヤちゃん、初めて会った時より健康になって良かったです。
女の子なんだからもう少しぽっちゃりした方が絶対可愛いんですもん。」
マミさんは私のことを「ぽっちゃり」と言ったが、
「ぽっちゃりではありません。」
そこんとこははっきりさせて置くべきだ、私は本気でそう思う。
マミさんの「ぽっちゃり」という部分を訂正してもらおうという私の勢いにマミさんは一瞬怯むように見えたが、
「大丈夫ですよーこのムニムニの太ももとか柔らかくて可愛いじゃないですか。
やっぱり女の子はもっと肉のついた健康的な体型の方がずっといいですー」
「ぽっちゃりではありません。デブではありませんから。」
どうやら私は自分が思ったよりマジで太っているらしい。
私の体重のことは後にして、今の自分は結構いい感じ。
でもこれは単に私が自分の姿を確かめたのが久しぶりだから気づかなかったことだけで、
「でもヤヤちゃん、初めて会った時からずっとこんな感じでしたよ?」
私は最初から宿なしにしては割とスッキリだったと、マミさんは私が知らない私のことをそう言ってくれた。
「トンネルの中に3年も引きこもって生活していた割に体に異常もなくて、髪もよく手入れされて、身なりもスッキリしてましたから。
後、ちょっとした魔力欠乏の症状はありましたが、命に関わるほどではありませんでしたし。」
っと当時の私のことを教えてくれるマミさん。
でも私はトンネルでの生活を始めてから一度も風呂に入らなくて、あまり外に出たことがない。
それはそれで結構問題はあるかもしれないが、改めて考えるとそれでも割と快適に生活してきたと思う。
そして私たちは、
「…なんだ…」
まもなく、それが全部テラが私のためにやってくれたことに気づくことができた。
「…ああ、私がやっといたぞ…」
っと特に照れたり、隠したりもせず、すんなりと自分がやっておいたことを認めるテラ。
「…お前、ほっといたらすげぇ臭うからな…」
「ウソでしょ。」
その後、テラはデリカシーの欠片もない言葉で乙女のプライベートなところを好き勝手に突っ込んできたが、確かに私はすぐ本に夢中になったら他はあまり気にしないから、あのままほっといたら大変なことになったかもしれない。
もしあんな格好でマミさんに会ったら、あまりいい印象として残らなかったかも。
当時、私は最低限の魔力でしか生活できなくて、あの地獄から逃げ出した時のちっこいままだった。
でもこの時、私はそれはテラが私の成長より生存のことを優先したことによるものであることにやっと気づいて、初めて詳細を聞くことができた。
最近体重が増えたのはマミさんからの魔力供給によって成長が促されて、どうやら私の半分の人間の身体はまだ伸びしろがあるらしい。
つまりトンネルで暮らしていた時、テラは空気中に漂っている微弱な魔力をかき集めて私を生かしていてくれたということで、魔力供給という条件が満たされたことで、私はかつてない成長期を迎えたということだ。
「…龍脈でもあったらもっと大きくしてやれたがな…」
っと今までちっこいままにして悪かったと謝るテラ。
でもそんなテラに、
「ありがとう。世話してくれて。」
私はちゃんとお礼を言うべきだと、心からそう感じていた。
「…ああ…一応女の子だから、自分の身なりには少しでも気を使った方がいいぞ…」
っと文学少女もいいが、年頃の女の子だからもっと自分を飾ることにも関心を持った方がいいと、忠告するテラ。
そんなテラの言葉にマミさんも、
「そうですよ、ヤヤちゃん。
だってヤヤちゃん、すごく女の子っぽくて可愛いですからもっとおしゃれしなきゃもったいないですもん。」
っとこれからはもっと自分を磨いていこうと、色んなことにチャレンジしてみようと、私の視野を広げようとした。
メイクとか可愛いお洋服とか、自分にはあまり似合わないことばかりだと思うが、
「はい。」
それでもその不慣れの分野への挑戦とその先にいる未来の自分は私の心をそっとときめかすに十分なものであった。
それにしてもテラが思っていたよりずっと世話好きで面倒見が良いってことには改めて驚かされてしまう。
契約当時は、
「…私が力を修復するまでの契約だ…
勝手にくたばったら承知しねぇからな…」
って自分の身の安全以外は全く興味なさそうだったのに。
一緒に生活しているうちに世話好きってことはなんとか気付いたが、まさか私の普段の身なりや清潔のことまで見てくれたとは。
思い返せば、
「…よく野菜も食べろ…後、たまにでもいいから日を当てろ…」
「お母さんなの?」
って感じで野菜の料理を作ったり出不精の私のことを何としても外に出させたり、割と私の健康管理に本気だったかも。
結局一度も外には出たことがなかったし。
今思えばちょっと悪いことしちゃったかも。
マミさんのおかげで未知なる世界に憧れて、少しずつ勇気を出すことができた自分。
そんな私のことにずっと気を使って面倒を見てくれたテラ。
私はもう一度そのことにお礼を言って、これからはもう少しでもテラやマミさんが安心できるように自分の身なりにも気をつけよと、自分にそう誓うようになった。
「でも何でもメイドなんですか。」
可愛いお洋服なんていくらでもあるのに、どうしてその中でメイド服を選んだ理由について、
「だって可愛いじゃないですか♥メイド服♥」
あまり深く考えたことはないと、分かりやすいほどシンプルな答えを聞かせてくれるマミさん。
マミさんは昔、バイトでこういうメイド服を着てみたことがあって、その時に随分気に入ったこのフリフリの服を私にも着せてあげたかったと、この服を購入した理由を話してくれた。
でもマミさんのメイド服でのバイトって、
「はい♥マミーの搾りたての健康なミルクです♥召し上がれ♥」
なんだかいつか見たエロ同人誌みたいな気がしてすごく嫌かも。
「変なバイトではないんですよね?」
「変なバイトってなんですか?」
っと聞く私に、ただメイド服を着てお皿洗いや、注文を取って、料理をお客さんに持っていくだけの、割と普通なメイドカフェのバイトだったと説明するマミさん。
「バージンロード」の活動資金を稼ぐためにやったアイドルの活動当時、イベントで皆とやることになったというメイドカフェバイトをマミさんは随分気に入っていたそうだ。
「あの時、やっちゃん、あまり慣れないことだってすごく恥ずかしがってましたから。
ちょうど、今日のヤヤちゃんみたいに。」
っと当時のことを回想して、あのヤチヨさんも同じ反応だったと、私はマミさんが今日の自分のことを慰めてくれているような気がして、少しだけ気が楽になる気分になった。
私のようにあまりそういうことに慣れなかったというヤチヨさん。
もちろんヤチヨさんほどの人が私みたいな臆病ってわけではないが、慣れない仕事で随分いじけていたというヤチヨさんはずっと皿洗いや掃除ばかりで、あまりお客さんには顔を出さなかったらしい。
でも、その時、偶然店に寄ったある人物のおかげで、彼女は少しずつお客さんに触れるようになったそうだ。
自分を「十六夜歌劇団」の関係者だと、マミさんたちにそう明かしたという女性。
彼女は恥ずかしがって人前に出られないヤチヨさんのためにこう言ったそうだ。
「自分に一つ役を与えて、それを演じるつもりで人に触れれば、割と簡単にできるかもしれない。」
っと。
「キネナ」という街を拠点とする大人気劇団「十六夜歌劇団。」
あの世界を巡る「ジゴクラクサーカス」と肩を並べる十六夜歌劇団。
その劇団の関係者という彼女は人は皆それぞれなんだから勇気を出す速度にも違いがあると、こういう時のための勇気を出すコツをヤチヨさんに教えてくれた。
自分をそっとおいて、少し離れたところで物事を見る。
そうすると、人との距離感をそう感じなくなり、一段と当たりやすくなると、彼女はヤチヨさんに恐れをごまかす方法を伝授したそうだ。
「自分から離れて物事を見る…」
そしてそれこそマミさんが私に教えたかったということに気づいた私は、
「いらっしゃいませ。」
それから数日後、「冴えない顔のメガネのメイドさん」としてマミさんと一緒に一躍有名となった。
そしてそのことで、
「デビューしてみませんか?」
私の前には更に大きな問題が突き出されるようになったのであった。




