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異世界アイスクリームおばさん  作者: フクキタル
第1章「アイス、要りませんか?」
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第1章「アイス、要りませんか?」第12話

いつもありがとうございます!

「オーバークラス」、「魔王」、「帝国」と「聖王庁」、「連合」などの巨大組織。

「ウィッチクラフト」から抜け出した何人かのホムンクルスと大陸あっちこっちから起こっている戦争と蜂起。

そして時に人々の生活を脅かす災害まで。


宗教は人々の心を支えられず、堕落する一方で、加速化する荒廃化によって人が住める地は恐ろしい速度で減っている。

乾いた土地と川、炎に飲み込まれた森と山。

大地には悲しみが、海には死だけが満ちていて、もうこの星に安らげる場所はない。

この星はとっくに昔に限界に達し、破滅を迎えようとしていた。


その中、


「はいーチョコとバニラの2つ、出来上がりましたー」


この人だけはこの戦乱の世界で誰よりも平和で穏やかな顔でアイスを売っていた。


南大陸で最も盛んだ街「ヒルリス」は「帝国」の横暴に反旗を翻した「連合」領の大都市で、巡礼者の町として有名なため、毎年たくさんの人達がこの町を訪れている。

またこの当たりの森には女神「エル」を崇める聖王庁の基になる「ルーレンシア」文明の遺跡が数多く残っているため、学術的な価値も非常に高い。

またここは物資の流通、交通が容易いため、経済的な利点も多い。

もはや「都市国家」と言っても遜色のないここならマミさんの師匠「フリーン」様に関する手がかりもつかめると思ったが、


「ここに来てからもう3日目…」


実際、私達はなんの情報も手に入れず、ただ中央広場でのんびりアイスを売っているだけであった。


「ヤヤちゃんのお手伝い…ですか?」

「はい。」


最初にマミさんの販売のお手伝いがしたいと言ったのは自分の方。

文無しの私はマミさんのフォローなしでは生きられない上に、まだ社会の常識すらまともに身につけてないから、この際にちゃんと勉強しておきたい。

そのために、まず第一歩としてマミさんのお力になろうと思った私が選んだ方法はマミさんのアイス販売のお手伝いだったが、


「ふぇぇ…ありがとうございます…ヤヤちゃん…私、とても嬉しいです…」

「泣くほど…?」


さすがにそこまで喜ばれたらちょっと怖い。


ああいう感じですごく喜んでくれたマミさんと違って、


「…できるのか…ヤヤ…私は不安しか感じられん…」


自称私の保護者であるテラはただひたすらの不安しか覚えないと、初っ端かな水を差すような話をしたが、


「分かんない。」


本当のことを言うと不安だったのは私も同じだった。


自分は顔に自分の感情を表すのが下手で、表現も薄い。

だから昔からよく「なんか怒ってる?」とか言われてきて、それなりに気にしているつもり。

よほどのことでなければ決して人前で笑ったり怒ったりしないから、ますます誤解されやすかった。

だからいつの間にかあだ名が「木偶」となり、皆から遠ざけられ、いじめられる存在となった。


「オメェは何考えてんのかわかんねぇんだよ!」

「あんたは一体何考えているの!」


学校に行ったらクラスメイト達に水を差されて、殴られて、家に帰ったら理由もなくお母さんに叱られて、夕食も食べさせてもらえなかった。

兄弟がいないから家事は全部自分の分で、やっと終わったと思ったらもう真っ暗な夜になっていた。

唯一心を安らげたのは寝る前の束の間の読書。

本だけが私の唯一理解者であり、憩いと現実逃避の避難先であった。


だからますます本に夢中になるようになった。

本の中なら誰も自分をいじめなくて、叱らない。

苦しい現実のことなんてすぐ忘れられる。

何より本の中では誰も私のことなんて知らないから、自分の惨めな存在なんてこれっぽっちも気にならない。

だから本が好きで、本だけが私の世界の全てであった。


こんな私がいきなり人前に出てアイスを売るなんて。

自分が考えても結構無謀なことではないかと、私は鏡に映った引きずったようなぶっきらぼうな自分の顔を見て、一瞬怯んでしまったが、


「大丈夫ですよ、ヤヤちゃん。

ヤヤちゃんの笑顔、すごく可愛いですから。」


そんな私の手をそっと握りしめたマミさんは、そう言いながら私に勇気を吹き込んでくれた。


「さあ、私との時みたいに笑ってみて。」


っとそのきれいな細長い指で私の口角を上げて笑顔にしてみせるマミさん。

マミさんの自然で素敵な笑顔から程遠いギクシャクでぎこちない、お世辞にもいい笑顔とは言えない身の丈に合わない笑み。


「ほら、こんなに可愛んですもん。自身持ってください。」


それでもそんな私の笑顔のことを、マミさんは心から嬉しく思ってくれて、


「分かりました…」


私もちょっとだけでもマミさんのような笑顔ができるように、もう少し頑張ってみることにした。


結局、本番前までマミさんのような笑みにはなれなかったが、


「うん!今日も可愛いです!ヤヤちゃん!」


私はたった一人、大切な人を笑顔にできたことを心から誇らしく思うようになった。


少しでもマミさんの力になりたい。

そう思って覚悟を決めたのが昨日のこと。


「なんか中央広場ででっかいおっぱいの人妻と冴えた顔をしたメイド服の女の子がアイス売ってるらしいぜ!」

「何だそれ!?マニアックすぎんじゃねぇ!?早く見に行こうぜ!」


気がついたら、なんか知らないうちに自分のことが街中にバズっていた。


初日、予想通り私は何もできなかった。


「はいー美味しいアイス屋さんがまたやってきましたー」


朝早く起きて販売の準備をして広場に出て、役所から許可を取って場所まで移動し、役割分担まで済ましてようやく販売スタート。

マミさんの知り合いから借りた小さなテントの前には、長い列ができるほどあっという間にたくさんの集まるようになった。


人通りも多い中央広場。

ここで一週間アイスを売ることになった私達の話はあっという間に噂になって、連日門前市をなすようになった。


ここまでマミさんのアイスが人気だった理由。

それはマミさん自身が現役の「オーバークラス」として有名人ということもあるが、私はやっぱり何と言ってもアイスの美味しさとマミさんのとびきりの笑顔だと思う。


「実は私、この街で商売するの、これでもう3回目です。

だから知る人は皆知っていると思います。」


短い間にしか味わえない知る人ぞ知る名物。

マミさんのアイスは私が来る前からこの街の人たちに好評を受けていたというわけ。


豊富で柔らかい風味。

何種類も味がって、て味の組み合わせまで考えたら決めるだけで一苦労。

高品質の原料と食べてくれる人達の幸せを心から祈るマミさんの気持ちまでたっぷり込められている愛情いっぱいのアイスはあっという間に人々の心を掴んで恐ろしい速さで売り出された。

通常のアイスより値段は少し高いが、原料の品質と量、労働力を考えると、むしろ赤字が出るのではないかと心配になるくらいだ。

実際、マミさんはこの商売のことをちょっとした奉仕活動と思っているらしい。


「ただで与えるのもいいですが、私はもっと社会的な責任を教えてあげたいです。

人が人の社会で人として生きるために学ばなければならないことなんていくらでもありますから。」


マミさんにはこの商売に対するなにか哲学みたいなものがある。

そしてそれはまるで先生が生徒たちに大事なことを教えるようなものだったの、私は思わずこれを社会見学の一種ではないかと、そう感じてしまった。


もちろん割とただで提供することも多くて、この商売を支援してくれる人によく怒られたりはするらしいが、それは多分マミさんの逆らえない優しい本性によるものだと、私はそんなに悪い気はしなかった。


「俺は5つ。」

「3つくださいー」


次から次へと押し寄せてくる客。

今回、テラは一切私達に手を貸さないため、私は接客からお会計、宣伝も全部自分でやらなければならなかったが、


「ア…アイス…」


この前の決意が嘘だったみたいに私は誰も私達のテントに呼び寄せられなかった。


通りすがるお客さんに声をかけてアイスを食べてもらう。

実にわかりやすい簡単なお仕事だが、


「い…言えない…」


私はお客さんの前で何も言えなかった。


まるで口がくっついたようにどうしても声が出てこない。

緊張しすぎて喉が詰まっていることを認識していても、それはもはや自分の意思でどうこうできるものではない。

人というものに対する内在された恐れと元々の根暗の性格。

それと相まった不慣れの場所での慣れない仕事。

それらすべてが私の心を押し付けて、勇気を塞いでいる。


「はい、お待ちどおさま。」


疲れた気配もなく、あんなに楽しく働いているマミさんと今の自分の間にはこれほどの差がある。

私はいきなり押しかけてきた自分への不甲斐なさに思わず目を瞑って、しばらくそこから動けなくなってしまった。

こんな私にテラは最後まで温かい言葉で慰めてくれたり、勇気を吹き込んでくれたりはしなかったが、


「…人にはそれぞれの速度がある…」


ただその一言で、できるだけ私が自分を責めないように、受け入れられる余地を残してくれるだけであった。


結局、私は裏方に回ってマミさんのサポートすることになったが、マミさんは、


「大丈夫ですよ、ヤヤちゃん。」


これもまた立派な仕事だと、私の努力は決して無駄ではなかったと、精一杯フォローしてくれた。

初めては皆そんなもんだと、いじける必要はないと、私のことを慰めてくれたマミさん。

でも私はやっぱり立派にマミさんの力になりたかった。


マミさんの仕事ぶりは実に凄かった。


「はいーいちご味一つ。」


お客さんがどんなに多くても決して笑顔を崩さず、一人一人親切に接していて、何よりもすごく楽しそうに働いている。

溢れる活力と元気な性格、そして生まれ持った人に好かれる才能まで。

つくづくマミさんは戦う戦士よりこっちの方がお似合いだと思ってしまう。


「おばさんのおっぱいすごい!どうしたらそんなに大きくなるの?」

「それはですね♥よく食べてよく寝ると自然と大きくなるんです♥」

「そうなんだ!」


子供たちの無邪気な質問にもニコニコした笑顔で答えてー…


「可愛いお嬢ちゃんにはおばさん特性ミルクソフトクリームをおまけしちゃいます♥」

「わあ!ありがとう!」


だからそれはもういいですから。


って感じで子供たちにはすぐおまけしようとするマミさんのことには時々困らせられたりはしたが、


「まったく…」


それでも私は美味しそうにアイスを食べている子供を見ながら微笑んでいるマミさんの表情があまりにも幸せだったので、それだけは大目に見ることにした。


その夜、宿に戻った私はマミさんに昼の不甲斐ない自分のことと暑い日にマミさん一人に働かせてしまったことについて謝ったが、


「全然大丈夫ですから。私の方こそいきなり仕事を押し付けてごめんなさい。」


マミさんはむしろ私に自分が仕事を任せすぎだったと、そう謝るだけであった。


「初日だったのにあまり気を遣ってあげられなかったかもです。

本当にごめんなさい、ヤヤちゃん。」

「い…いいえ…今日はすごく忙しかったから。」


それに私はほぼ雑務ばかりでそれらしき仕事は何もできてなかったと思う。

ドジばかりで失敗だっていっぱいあったからなおさら申し訳が立たない。

それでもマミさんは私のことを叱るどころか、むしろ褒めながら、


「でもヤヤちゃん、計算も全部ピッタリだったし、察しも良かったから助かりました。」


明日の商売もこの調子でお願いしますと、私のことをすごく頼ってくれた。


何年間も魔女の実験室で働かせられたせいか、誰が何をどんな時にして欲しいのか、そのコツを掴むようになった自分。

強制的に鍛えられた察しがまさかこんなところで役に立つとは。


「でも私は今日、ヤヤちゃんが傍にいてくれて本当に楽しかったです。」


でもマミさんは私という存在が今日一日一緒だったのが一番嬉しかったと、自分が頑張れた理由をそう言ったのであった。


「力になるというのはただ能力的な部分だけの話ではありませんから。」


誰かの力になる。

それには色んな意味が含まれていて、今日みたいに傍で同じ時間を過ごすだけでも十分伝わるものもある。

人は誰か傍にいるだけでいくらでも頑張れるものだと、マミさんは今日の自分の気持ちをそう言ってくれた。


「だから今日、私がいつもより頑張って、楽しく働けたのは全部ヤヤちゃんとテラさんが傍にいてくれたからです。」


っと私とテラに「ありがとう」とお礼を言うマミさんのことを私は恥ずかしくてまともに見られなかった。


「でもヤヤちゃんって思ったより落ち着いて働いてたからちょっとびっくりしました。

計算もピッタリで思わずお会計の方は全然気にしないようになっちゃいましたから。」

「結構緊張していたと思いますけどね…」


お会計の方はすっかり私に頼っていたというマミさんの話にちょっとだけ鼻が高くなる私のことを、テラは「すぐ調子に乗りやがって」って言ったが、それでもちゃんと役に立てたという充実感は仕方がないほど嬉しい。

マミさんは「バージンロード」時代はあのカノンさんが今みたいにお金の管理をしていたと、私にあの頃の話をしてくれた。


「でもヤヤちゃんよりはちょっと厳しかったかもですね。

あまり買い食いとかさせてくれなくてお金に関してはちょっと口うるさい子でしたから。」


西の覇者「(ゆずりは)神社」。

女神「エル」を崇める聖王庁とはまた別の宗教観を持った楪神社は軍閥やマフィアにも逆らえない西の絶対権力を収めている。

そしてその楪神社の巫女であるカノンさんは現役の「オーバークラス」でありながら、人気アイドル「カノンチャン」として活躍しているため、今最も注目されてりうセレブリティだが、「バージンロード」活動の頃は買い食いもさせてくれない節約の鬼だったそうだ。


「あだ名が「ケチンボ」だったくらいですからね。

いつも「もったいない、もったいない」って言ってましたし。」


見習い巫女時代、あまり豊かな生活を送れなかったため、自然と節約の習慣を身につけるようになったというカノンさん。

カノンさんは特にお姫様という高貴な身分であるヤチヨさんの無駄遣いに近い消費習慣がすごく不満だったそうだ。


「やっちゃんは派手好きで、その点でカノンちゃんとは反りが合わないって感じでしたね。

ああ見えてもやっちゃんって割とチヤホヤされながら育ちましたから。

対してカノンちゃんは長い見習いの生活で生活力が強かったし、生存に関わるものでなければいなくてもいいっていうタイプでしたから。」


だから買い物に行ったら、


「こんなの、絶対要りませんから!」

「いいえ。私には絶対要ります。

だって先輩にすごく似合いそうですもの。」


って感じで必ず揉めたという二人。

でも二人のそういうところも可愛くて仕方がなかったというマミさんは、


「あれはもう「婦婦」でしたね。」


釣り合わないカノンさんとヤチヨさんのことをこっそり「婦婦」と呼んでいた。


ヤチヨさんが何を買ってきても必ず怒ったというカノンさん。

でも一度だけ、高い値段のものだったにもかかわらず、何も言わずに済んだことがあって、


「あ、でも確かにカノンちゃん、あの時は怒りませんでしたね。

あの髪飾り、結構高かったのに。」


その日はカノンさんの誕生日だったそうだ。


「カノンちゃん、すごく嬉しそうな顔でしたね。」

「なるほど。」


今もはっきり覚えているカノンさんの喜びに満ちた顔。

その顔を見て、マミさんは二人の仲がそんなに悪くないということが分かってほっとしたそうだ。

そして多分カノンさんはヤチヨさんの華やかさに憧れてアイドルを目指したのではないかと、マミさんはそう思っていた。


「私も、カノンちゃんも最初は失敗だらけでした。

だからヤヤちゃんも自分の失敗を責めず、むしろ自然な過程として受け止めてください。」


っと私の手をギュッと握って勇気を吹き込んでくれるマミさん。

取り合った手から伝わる温もりに少し元気が出た私は、


「ありがとうございます、マミさん。

私はもう大丈夫ですから。」


明日はもっと頑張ろうと、そう自分をなだめて、今も嫌な気持ちも自分の大切な気持ちだと、そっと受け入れることにした。


「あ、言っておきますが私もあまり無駄遣いは好きではありませんから、そのつもりで。」

「ひぃぃ…」


無論それと今後の方針とは全く関係ないからビシビシ行かせてもらう。

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