ほら、ココまで堕ちておいで
初投稿&完全思いつきで書いた駄文です
それでも良い方だけ、どうぞ↓
執着愛★★★☆☆
いつだってこの手の中にあった。
いつだってこの手の中に収められた。
それなのに、なぜ。
「君だけはうまくいかないんだろうね、レイミアナ。」
たった一つの手に入れたいものですら、この握った拳の中には収まってくれないのだから。
僕が彼女と出会ったのは彼女がデビュタント前の五歳、僕が八歳の時だった。
公爵夫人が亡くなり、いつ何があるかわからないからと父親である公爵が周囲の同意を得て愛娘を城に連れてきていたのがきっかけだった。
彼女はたった一人で中庭で遊んでいた。
もちろん、近くに彼女の護衛と思われる公爵家の騎士はいた。
中庭の何もない大きな木が一本あるだけのその中庭で、彼女はとても楽しそうに踊っていて。
型にはまらないその動きを当時の僕は知らなくて。
ただ、とてもきれいだと思った。
あの動きがバレエと呼ばれるものの動きだと知ったのは、王太子教育の一貫で諸外国の歴史について学んでいた時。
あの出会いから、二年後だった。
彼女がデビュタントしたのと同時に僕は婚約者として彼女を欲した。
もちろん、家柄も人柄も問題ない彼女はすぐに僕の婚約者として正式に決まった。
彼女が驚きながらも嬉しそうに朗らかに笑ったのを見て、どす黒い感情が芽生えた。
いや、それ以前から彼女を欲した理由には察しがついていた。
だけど彼女を落とすどころか、僕がどんどん堕ちていくのが嫌でもわかった。
堕ちて、
堕ちて、
堕ちて。
どうしようもない底なし沼にはまったように彼女以外を欲せなくて。
彼女を大切にしたい気持ちと穢したい気持ちが日に日に大きくなって。
出会ったあの日に戻れたなら。
今よりももっと素直に気持ちを伝えられただろうか。
『ヴィクター様!』
この天使のような微笑みを称える大切な僕の婚約者を。
「会いたかったよ、僕のミア。」
ただ大切にしたいという素直な気持ちだけで、この腕の中に収めることができただろうか。
『私も、ヴィクター様にお会いしたかったです!』
あぁ、ほら。
その笑顔を見ると仄暗い気持ちが渦巻く。
穢したい、汚したい、ドロドロに甘やかしたい。
僕以外を映さないでほしい、僕だけを見てほしい。
僕以外を欲っさないでほしい、僕だけを愛して欲しい。
僕なしじゃいられない身体にして、一生閉じ込めて匿っておきたい。
僕以外の誰も触れられないくらい沈めてしまいたい。
『ヴィクター様?』
「ふふ、なんでもないよ。向こうにお茶の用意をしてるから、散歩しながら行こうか。」
『はい!』
無邪気に笑う彼女は今年で十歳になる。
僕は十三歳。
もう少しで学園に入る年齢だ。
学園に入れば、こうして頻繁に顔を合わせることもできなくなる。
それがとてももどかしい。
僕が居ない間に彼女が穢されてしまったらと考えるだけで気が狂いそうだ。
いや、もうとっくの昔に狂っている。
「早く大人になってね、ミア。」
そうすれば、全てが手に入る。
そうすれば、全てを手に入れられる。
僕という檻に一生涯閉じ込めておける。
『もちろんです!でも、あの……成人まではまだまだ時間がかかるので……ヴィクター様、待っててくださいますか……?』
不安そうにチラリと見上げて来る彼女にドロドロとした感情が湧き上がる。
その醜い欲に蓋をして、いつも通りの彼女が好きな笑みを浮かべる。
「もちろんだよ、ミア。」
そうすれば、あの日見た満面の笑みで君は笑った。
それからは数ヶ月に一回という頻度でしか会えなくて。
嘆かわしいと思いながら、あと少し、ほんの少しと言い聞かせて。
ようやく、今日。
「ミアが、入学してくる。」
待ちに待った婚約者の入学式だ。
自然と口角があがる。
あぁ、やっと……
やっとだ。
「えぇ、そうですね。確か、今回の入学式で総代を務めるとか。さすが殿下の婚約者様ですね、レイミアナ様は。」
「ククク、そうだろう?」
「殿下、悪い顔をしております。」
その指摘に笑みを引っ込めてゆっくりと息を吐き出す。
そして、いつものように万人受けする笑顔を浮かべる。
「どうだ?」
「えぇ、それならいつもの会長です。」
「そうか。」
「全く……彼女もとんでもない男に気に入られてしまったものですね……同情しますよ、心の底から。」
「僕に対する同情はないのか?」
「同情する部分がありますか?」
「彼女が成人するまで後二年もある、長い。」
「……殿下なら待てますよ。」
「待てるかな。」
どうだろう、待ってあげられるかな。
この醜い欲望を抑えられるかな。
「毎日彼女と顔を合わせるんですから、待ってあげられるかと思いますよ。」
「…………そうだな。」
確かに、この衝動は抑えてきた分だろうから。
今日からたっぷりと彼女を愛でることができるなら、耐えられるかな。
入学式の会場に生徒会会長として入場すれば、舞台袖にはすでに総代を務める愛しい婚約者の姿。
「ミア。」
呼べば肩を震わせて振り返る。
そして、変わらない笑顔を浮かべて駆け寄ってくれる。
『ヴィクター様、おまたせしました!』
「?」
『これで毎日会えますね!私、今日がとても楽しみで────』
あぁ、もう、可愛いのが悪い。
抑えがきかなくて、触れるだけの口づけを送る。
目を見開いて固まっているのが可愛い。
「緊張、解けた?」
そう言ってニコリと微笑めば、顔を真っ赤にしてコクコクとうなずく。
それに頬を撫でながら解放する。
「さ、そろそろ出番だよミア。」
『は、はい……っ!!』
頬を抑えて首を振ると目を閉じて深呼吸を数回。
そして、目を開けた時には立派な公爵令嬢のレイミアナが居て。
「行ってきますわ、ヴィクター様。私の勇姿、目に焼き付けてくださいな。」
そして公爵令嬢らしく不敵に笑い舞台へと足を踏み出していく。
スポットライトに照らされる彼女は、制服姿だと言うのに女神のようで。
「なぁ、ギル。」
「はい。」
「僕の婚約者自慢、聞く?」
「…………いいえ、もうお腹いっぱいです。」
その返答に笑みを深めた。
「そうか、残念だよ。」
舞台の上で堂々と挨拶をする彼女は、あの日とは違った輝きをもって、そこに立っていた。
社交界でも有名な僕の婚約者は学校でも、うじゃうじゃと人に囲まれていて。
公爵家らしく、それをニコニコと対応している。
学園は小さな社交の場だ。
「ミア。」
その集まりの中心に居る婚約者の名前を呼べば、視線が一斉に集まる。
「歓談中すまない、少し良いかな?」
『えぇ、もちろんですわ。』
公爵令嬢らしく振る舞う彼女に感嘆の声がそこら銃から聞こえてくる。
『どうかなさいましたか?』
「実は、今から急遽陛下の代わりに公務を一つ済ませなくてはならなくなった。悪いが付き合ってもらえないだろうか?」
『えぇ、それはもちろん。ですが、私はまだ授業が……。』
「あぁ、学園側には事情を説明してある。君は成績が優秀だから抜けても大丈夫だということだ。」
『それなら、何の問題もございません。ご一緒致しますわ。』
「ありがとう、ミア。」
手を差し出せば、自然ととられる手。
昔から変わらない小さくて可愛い手。
簡単に折れてしまいそうだ。
『ヴィクター様、お急ぎの公務とは一体どういうものですか?』
「あぁ、実は……。」
進行方向からこちらに向かって駆け寄って来る少女の姿を捉えて。
顔を歪めないように、自然に見えるように。
愛しい婚約者の手を引っ張り、肩を押す。
簡単にトンッと数歩退がって、壁にぶつかる。
『ヴィクター様……?』
戸惑う彼女との距離を縮める。
彼女は真っ赤になりながらも視線をそらすことはしなくて。
羞恥心と戸惑いと、わずかな疑問。
「ミア、ジッとしてて。」
耳元でお願いすれば、息を呑む音がして。
「今日の公務は、研究棟に来る来賓の接待だ。」
『!』
「研究棟に来賓があることを学園に知られたくない。あそこは立入禁止にしている場所だからね。」
彼女を腕の中に閉じ込めるように、隠すように、壁と僕の間に挟む。
「だから、もし誰かに聞かれても今回の急ぎの公務は両陛下が対応するはずだったお客人の対応とだけ伝えてくれ。詳細は誰にも知らせてはならない。」
少し身体を放し、コツンと額をあわせる。
「わかった?」
『はい。』
ニコリと変わらない可愛い笑みを浮かべてくれる。
無防備で、
無邪気で、
可愛くて。
本当……
ぐちゃぐちゃに
甘やかしたくなる。
「うん、良い子。」
前髪に触れるだけの口づけを送り、彼女を解放する。
「行こうか、ミア。」
『はい、ヴィクター様。』
その手をとり、歩き出す。
信じられない物を見たかのように固まる少女の横を何食わぬ顔で通り過ぎる。
「ミアは公務で抜けるのは初めてかな?」
『はい。』
「じゃあ、抜けてしまったところは僕が教えてあげるから安心してね。」
『ありがとうございます、とても心強いですわ。』
戸惑いも全部押し殺して公爵令嬢らしく振る舞うレイミアナはやはり、自慢の婚約者だ。
レイミアナの同級生であるあの少女の突撃だけは、どうしても避けたかった。
特に、レイミアナとの接触は気をつけていたというのに。
「どうしてその女がココに居る。」
『ヴィクター様。』
「ヴィクター様!!お会いしたかったです!!」
『申し訳ありません。生徒会室に居ながら、部外者を招き入れてしまいました。』
「ミアのせいじゃないよ。」
扉の傍に控えていた側近の一人に視線を向ける。
「何のための護衛だ。」
「申し訳ございません。」
「もう良い。一時の感情で仕事もまともにできないヤツに用はない。彼女を連れてココから出て行け。これは会長命令だ。」
何かを言いかけて、口を閉ざすと礼をして少女の手首を掴むと強引に出て行った。
少女が何やら喚いたが、無視だ。
『よろしいのですか?彼は次期宰相とも名高い────』
「構わないよ。しょせんまだ候補に過ぎない。」
『……彼以上に優秀な方がいらっしゃると?』
会長席に座って、愛しい婚約者を手招きする。
そうすれば、キョトンとした顔をしてすぐに意図を汲み取れたのか顔を真っ赤にして目を少し伏せると、机越しではなくちゃんと隣に来てくれて。
そんな彼女に手を伸ばせば、細い腰が腕に収まる。
「ミア。」
足を軽く引っ掛けて重心をずらすと、膝の上に座らせる。
『ゔぃ、ヴィクター様……!!』
焦ったように僕の名前を呼ぶ。
きっと今頃顔が真っ赤になってるのだろう。
そういうところも変わってなくて安心する。
「可愛い、ミア。」
僕の可愛い婚約者。
僕の愛しい人。
君は誰にも……
穢されなかった。
「ミア。」
『な、なんですか……?』
戸惑いと恐怖の混じった瞳が僕を見る。
たったそれだけのことにゾクリと身体の芯が震える。
「キスして。」
『────』
トントンと唇を指し示せば、顔を真っ赤にして。
「教えたでしょ?」
少し舌先を出せば、小さなうめき声をあげて顔をそらす。
そのまま伺うように待てば、真っ赤なまま潤んだ瞳で僕を見て。
『……うぅ…今日のヴィクター様、少し意地悪……。』
昔と変わらないすねたような口調にそのまま待てば、頬を包まれて。
『目、目を…閉じてください……。』
「わかった。」
言われた通りに目を閉じて待つ。
数回深呼吸の音が聞こえたかと思えば、触れる温もり。
触れるだけの一瞬のもの。
薄っすらと目を開けば、泣きそうな顔で僕を見て。
『し、心臓が……!!呼吸が……!!も、もたないです……!!』
「うん。」
『心臓が口から出そうで……!!』
「うん。」
『もう一回チャンスください……!!』
真っ赤な顔で懇願する姿が可愛くて。
もっと意地悪したくて。
でも、彼女はまだ成人してないから。
成人するまであと二年。
「ふふ、いくらでも。」
口づけ一つで、これだけ真っ赤になってたらきっと身がもたないね、レイミアナ?
『い、いきます……っ。』
頬に触れる指先がかすかに震えている。
ソレすら可愛くて、愛しくて。
ゆっくりと触れる。
触れて、離れて、また触れて。
ぺろりと舌先が唇を撫でるから、誘われるまま舌先を出せばたどたどしく触れる。
薄く目を開けば、真っ赤になってムギュッと目を瞑っている僕の女神。
触れる舌先が、深く絡まる。
たどたどしく絡められる熱が、愛しくて可愛くて。
まだ穢されてない彼女を少しずつ穢している背徳感。
「…………。」
『!』
うっすらと開いた彼女の目が僕の目を捉えて慌てて目を閉じる。
離れようとするから、後頭部に手を回しもう一度深く合わさる。
ザラリと上顎をなぞれば、ビクッと身体が跳ねる。
それでも逃げないように腰を抱き寄せ、深く絡める。
ごめんね、ミア。
やっぱり僕は攻める方が好きらしい。
腰砕けになってしまった彼女は熱にでも浮かされてれんじゃないかというくらいに火照った身体を僕に預けてうなだれている。
そんな彼女を抱きしめながら執務をする僕に、副会長のギルはジトリと視線をよこす。
「何かな、ギル。」
「…………生きてますか、レイミアナ様は。」
「あぁ、生きてるよ。大丈夫だ。」
片付けていった書類をギルが仕分けていく。
僕の首筋に顔を埋めながら身動きしない彼女は夢の中。
「危機感がないとは思わない?」
「えぇ、本当に。この人が国一番の危険人物なのに。」
「可愛いだろう?」
安心しきっている寝顔も、預けられる身体も。
何もかもが僕を信じ切っている。
僕が悪い男だったら君なんてペロリと食べられちゃうというのに。
「…………。」
あぁ、本当に。
壊してしまいたいほどに、
愛してる。
「……そういえば殿下、アイツを解雇したって聞きましたよ。」
「そうか。」
「次の人材をお考えで?」
「まぁな。」
「……あぁ、そうそう。面白い話を聞いたんですよ。」
「ほう。」
「教えてくれた少女が言うには、“私のせいでジーニギルスが殿下の側近を外されてしまった”らしいんですよ。いったいどういうことですか?」
「…………。」
「私はいつ、少女のせいで側近を外されたんでしょう?」
「ククク……なるほど、通りで話が噛み合わないわけだ。」
あの男がジーニギルスと思って近づいたのか。
そしてソレを怪しんだ彼は僕の傍から遠ざけるためにその話に乗った。
「まぁ、その考えは知っていたが。」
「わかっていて、捨てたんですか?」
その問いかけにニコリと笑ってペンを置く。
そして、腕の中で安心しきっているレイミアナの髪を撫でる。
「僕はね、ギル。」
髪の毛を一房すくい、指で弄ぶ。
「彼女に害意があるものはいらないんだ。ソレが、なんであれ。」
彼女に悪影響を与えるモノは何もいらない。
人だろうと物だろうと関係ない。
彼女を守るのも壊すのも、僕一人だけだ。
「知ってるだろう?僕の欲しいもの。」
なかなか僕の思う通りには動いてくれないけれど。
僕に応えようと一生懸命な愛しい人。
この腕の中にある重たさ一つで充分。
そう、充分なんだ。
「えぇ。きっと僕は正確に把握してますよ。だからこそ言わせて頂きます。成人の儀を済ませるまでは絶対に駄目ですよ、ヴィクター殿下。」
その言葉に肩をすくませる。
「わかっているよ。僕だって公爵に目をつけられるのだけはゴメンだ。」
あと二年。
あと
二年だ。
「僕がこの学園にいる間にゴミ掃除は終わらせようね、ギル。」
「仰せのままに。」
小さく身じろぐ彼女の耳にそっと唇を寄せた。
お読みくださりありがとうございました