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ラブコメに足を踏み入れる


 陰キャが髪を切る。まあ、ラブコメではよくある話だ。

 現実は髪を切ったごときで周りの態度がそんなに変わるわけではない。元のベースは一緒なんだから。もしも俺がカッコよかったら髪を切らなくてもキモいって言われないはずだ。


「お二人ともすごくお似合いですよ! またの来店をお待ちしております!」


 俺と葛之葉はなんの因果かわからんが一緒の美容室で隣の席で髪を切った。


「うわぁ、全然滝沢ってわからないね」

「いや、葛之葉もだろ」

「うへへ、こんなスタイリッシュな髪型初めてだよ」

「俺もだ。異世界なら髪が長い方がいいからな」

「ねっ! ……でも身だしなみも必要だよね」


 俺達はなぜか一緒に歩いていた。まるで長年の旧友のように息があう。さっきの美容室でも話が止まらなかった。


「さっきは美容師さんがいたから言えなかったけどさ……、け、今朝の私の詠唱見たよね?」

「おお、あれか。キレイな発音だったな」

「あ……、わ、笑わないんだね」

「なんで笑う必要がある。あの言語は相当勉強しなきゃたどり着けない領域だ」


 俺がそう言うと葛之葉は立ち止まってしまった。

 少し涙ぐんでいる。


「あ、わ、悪い。俺、調子に乗って嫌な事言ったか?」

 葛之葉は首を振る。


「ううん、違う、違うよ。あんな変な姿見られて笑われなかったの初めてで、嬉しくて……」

「そっか……」


 俺と葛之葉はこの世界(学校)では異端であることは間違いない。

 どんなに努力しようと、普通のリア充のような行動ができない。何をしても笑われるだけだ。


「俺も同じだ」

「え? 滝澤ってリア充と仲良いイメージあるけど……」

「いやいや、あいつらは元友達だ。異世界を馬鹿にして俺を笑い者にして楽しんでいるだけだ。今朝の嘘告白だって俺だから耐えられてものを……、他のやつだったら……」

「うん、あれは酷いよね。ほんと、学校って怖いよね。私も嘘告白されて事あるよ」

「おお、仲間だな。待ちぼうけは?」

「あはは、カラオケ屋さんで一人ぼっちだったね」


 なんだかしんみりとした空気になってしまった。異世界に行くための努力はつらくない。だけど、冗談半分の悪意が一番辛い。


 友達だと思っていた仲間から受ける仕打ちが一番応える。


 ――あ、そうか。俺は可憐や響から冗談半分で笑いものにされたり、きつい言葉を受けたりするのが嫌だったんだ。


 昔は仲が良かった。俺は変わらずアイツラの事が好きだった。アイツラは俺の事を嫌いになった。俺が子供の頃から変わらなかったからだ。


「あ、あのさ、滝澤」

「ん? どうした?」


 葛之葉の言葉が少し言い淀んでいる。口をモゴモゴさせていた。言いたい事をうまく言えない。

 俺と同じだ。

 葛之葉が何を言いたいか俺にはわからない。気がついたらもう駅前についていた。

 だから、俺は――


「な、なあ、あそこのファミレスで……もう少し、話しないか?」

「う、うん、わたしもそう言おうと思っていたんだ。えへへ、ありがと」


 こうして俺たちはファミレスへと向かうのであった。


 ……

 ………

 …………


 サウナで今日一日の思い出を振り返る。

 嫌な事もあったが、良い思い出で一日が終わることができた。


 結局、葛之葉と三時間もおしゃべりをしていた。

 葛之葉の異世界計画は非常に良くできているものであった。

 いついかなる時でも異世界転移されてもいいように大きなカバンを持ち歩いている。

 転生された場合の育成計画もばっちりであった。特に異世界金融論は中々の出来栄えであった。


 まさか、葛之葉も異世界に行きたい側の人間だと思わなかった。

 しかも対人恐怖症で、それを打開するために美容室に行くという選択。……思考回路が俺とそっくりだ。


 それにしても、あんな風に楽しい会話をしたのは何年ぶりだろうか?

 俺は学校以外では殺伐とした日常を送る事が多い。


 幼い頃は幼馴染の可憐たちと沢山語り合ったものだ。あの時のように胸がわくわくして別れる時間を惜しむ気持ちになるなんて思わなかった。


「あれ? ……汗かきすぎたのか?」


 身体の調子がおかしい。嗚咽が込み上げてくる。涙が止まらなくなった。


 ――あ、そっか……。一人が寂しくて悲しくて……、だけど、異世界の事を喋っても笑わない人と出会えて嬉しかったからだ。





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