ラブコメの世界
「滝沢ーー! やっと呼んでくれたじゃん! 超待ってたよ!」
「てか来るの早すぎんだろ⁉」
「えぇ、滝沢に逢いたいからに決まってるじゃん」
「お、おう、正直に言われると照れるな」
屋上から校舎裏に移動した時、ボブに背中からハグされた。まったく緊張感がない女だ
ボブという名前には似つかわしくない、金髪碧眼の女の子。多分この世界の人間ではない。ボブには過去の記憶が無いから確証はできないが。
「学校ってこんな修羅場なんだね。あちこちに部隊が配置されてるじゃん」
「今日はちょっとマジで怒ってる。完全にぶっ潰すぞ」
「りょーかい、隊長!」
俺とボブとの出会いは東欧であった。
みすぼらしい格好をした女の子。この世界のどの言葉も通じない。文化も知らない。記憶も喪失している、未知の女の子だった。
手を差し伸べなきゃいけないと思った。
その時から俺とボブの付き合いが始まった。
ロンドンで冴子さんと出会ったときもボブがいた。ボブは頭が良かったからすぐに言葉を覚えた。
ボブは名前がなかった。その時、テレビでスポンジボブという子供向けアニメがやっていた。
ボブはボブという語感が気に入ったようで、自分の名前をボブと名付けた。
「文哉、私は冴子のところにいなきゃ駄目なの? どうせなら文哉と一緒に日本に行きたい」
「流石に日本の学校には入れないしな……。少しの辛抱だ。休暇もらえたら日本に来いよ」
「うん、必ず行くよ!」
ボブは未だに記憶が戻らない。唯一の手がかりがある。それは俺の持っている異世界ノートに書かれてある文字だ。
ボブはその文字を読むことができた。
だから俺は異世界に行けると思っている――
そして、異世界で……。
****
次の日――
「昨日の避難訓練って結局なくなっちゃんだね」
「しらねーよ、てか授業潰れなかったな……」
「なんか近所で工事してたのかな? すごくうるさくなかった?」
「車も一杯だったしな」
「てか、休み時間も無しって意味わかんねえだろ」
「また転校生が来るらしいよ」
「多すぎじゃね……」
「そういえば、あのアイドルの噂って嘘だったらしいよ」
「なんか犯人見つかったんだろ?」
制服を着たボブと俺はコンビニの前で立っていた。
通り過ぎる生徒たちの声を聞いていると、昨日のテロリストの件の目撃者はいなさそうだ。
「よし、特に問題なさそうだな。じゃあ行くか」
「うん、屋上でいいんだよね!」
俺とボブは学校の屋上へと向かった。
昨日の件の後処理は冴子さんに全て任せてある。あの学校の運営が変わったのは俺を保護する役割だったみたいだ。
アーヤの国の組織が暴走するとは思わなかったらしい。
あの日、転校生がたくさんやってきたのも組織の人間が送られてきた。俺を監視する者もいれば、その組織を監視する者もいた。
響の事務所も裏社会では有名な組織だ。
響は俺と繋がっているから、何か利用されたんだろうな。
響にはあそこにいてほしくない。あいつのアイドルになるっていう理由がなくなればいる必要もなくなる。
校門の前では愛梨が立っていた。
まるで俺達を待っているかのように。
「おう、愛梨、おはよう!」
「……うん……、おはよう」
「んだよ、いつもと様子が違えじゃねえかよ」
「だって……、今日行くんでしょ?」
愛梨は多分裏社会の人間だ。年齢も詐称している。可憐の義妹であるが、俺を監視する役割でもあったんだろう。
「なんだ、寂しいのかよ」
「べ、別に……寂しいに決まってるよ……」
俺は愛梨に頭をぽんと叩く。
「必ず帰ってくるから安心しろよ。てか、帰ってきたらパーティーしようぜ」
「わたし、実は……」
「愛梨は愛梨だ。俺にとって、可愛い妹みたいな存在だ。な、そうだろ?」
愛梨は俺に抱きついてきた。その行動に色気なんて感じない。ただ親愛だけが感じられる。
俺達は愛梨と別れて学校の中へと入っていくのであった。
屋上に着くとすでに葛之葉と可憐、響がいた。
「あっ、滝沢……」
「文哉……」
昨日の今日で二人の顔からは疲労が見えたが、まあ大丈夫だろう。二人は強いからな。
「おう、待たせたな。てか、葛之葉も二人と友達になれたのか?」
「えへへ、うん、なんか普通に喋れたよ! 手術手伝ってくれたからかな?」
アーヤの傷は思った以上に深かった。あの場で葛之葉がいなかったら確実に死んでいた。
葛之葉の治療を受けたアーヤは病院で休んでいる。
この場にいないのは残念だけど、元気になったらまたケーキを一緒に食いにいけばいい。
「そっか、なら準備始めっか。ボブ、頼んだぞ」
「うん、りょーかい」
ボブが俺から離れてチョークで地面に書き始める。
さて、別れの時間だ。俺は可憐と響と向きあった。
思えば、こんな風にちゃんと向き合って話した事ってなかったよな。
「響、お前もう事務所やめちまえ。あそこはやべえぞ」
「……そんなのわかってるよ。でも、私、パパを……」
「お前のお父さんなら俺が見つける」
「え……、文哉?」
響の両親と俺の両親は仲が良かった。その三人は同時に消えてなくなった。
俺の異世界に行くための目的――
それは行方不明になった人たちを探すためだ。
三人はあの森でピクニックをして消えたんだ。俺と響と響ママを残して。
警察が捜索しても見つからなかった。
俺は可憐と一緒に森を探索しているときに、あの異世界ノートを発見した。
何か繋がると思ったんだ。
だから俺は異世界に行く。そう決めたんだ。
「だからもう無理すんなよ。性格悪いふりすんのはやめろよ。てか、嫌われるのって嫌な気持ちになるだろ?」
「でも……」
「いいか、俺が戻ってきたらパパも戻ってくる」
「ていうか、異世界に行けるかなんてわからないのに……」
「俺を信じろ」
そして、前みたいにクソマジメで正直な響に戻ってくれ。俺の初恋だった響にな……。
俺は可憐と向き合った。
「ちょ、い、いきなり見ないでよ! バカ!」
「相変わらずツンデレだな」
「う、うるさいわよ! ツンデレって言うな!」
「……無理すんなよ。身体、つらいんだろ?」
「……む、無理してないもん」
可憐の病気の事を知ったのは小学校中学年の頃だ。
俺は可憐と響が会話をしているところをたまたま聞いてしまったんだ。
絶望っていうのはこの事なんだろう。
可憐がどんなにきつい事を言っても、俺はどうしても嫌いになれなかった。
だって、こいつは嘘つきだからだ。
嘘をついて、自分の感情を騙す。
「絶対に俺がお前の病気を治す。安心しろ、すぐに戻る」
「べ、別に期待してないわよ。……わ、私の事で危険な事、しないでよね……」
「やっぱり可憐は優しいな」
「や、優しくなんてないわよ! どうせ死んじゃうもん……」
俺は可憐の両頬を手で挟む。
「ぶっ⁉ にゃにすりゅにょよ……」
「可憐は笑ってた方が可愛いぞ。未来を作るために異世界に行くんだ。笑って見送ってくれ」
可憐は俺の手に挟まれながら笑い泣きをする。
さてと――
「葛之葉、準備はいいか?」
「もちろんだよ! いつでも大丈夫! 私もずっとこの瞬間を持ち望んでいたから……」
「ああ、俺達なら」
「うん、大丈夫!」
俺と葛之葉は両手でハイタッチをする。
葛之葉となら異世界に行けるはずだ。
「はいはーい、いちゃいちゃしないでね。私の案内がないと死んじゃうからね!」
「んだよ、ボブ、嫉妬してんのか?」
「別にー。なんかすごく仲いいんだもん」
ボブはグチグチ言いながらも魔法陣を書き終えた。
俺がどうしてもたどり着けなかった異世界への公式。
足りないものはこの世界に存在しない魔力だけであった。
だが、それは昨日クリアした。
あの後、葛之葉と合流した俺とボブ。ボブは葛之葉の荷物を見て驚いた。
『ちょ、なんで魔道具持ってるの! これって高魔力感じるじゃん!』
『え、えっと、お父さんのコレクション……』
『はっ? ボブ、てめえ記憶戻ってんじゃねえかよ!』
『あ、いや、これは……、その、バレたら滝沢と離れちゃうと思って……。この世界の方がご飯おいしいもん。そ、それにこの魔力量だけだと一人しか行けないし』
……
…………
と、まあ条件だけは揃った。
これで本当にいけるかどうかわからん。だが、俺は絶対に異世界に行かなければならない――
俺は魔法陣の上に立つ。
別れの時間だ。
もしかしたら転移に失敗するかも知れない。そんときゃ俺が犠牲になればいい――
「じゃあこの魔導具で――、あれ? なんか、おかしいよ? ちょ、まって!」
――どうした。早くしろよボブ。せっかく別れの言葉をみんなに言ったのに、何も起こんねえじゃねえかよ⁉
「……や、少し恥ずかしいな。くそ、可憐の時間がねえってのに……」
と、その時、おかしな空気を感じた。
大きな力というか、風のながれっていうか……。これが魔力?
魔力の渦が屋上全体を包み込む――
そして魔法陣がかき消えて、屋上の床全体が光り輝く――
「ちょ――」
「え? な、何これ⁉」
「あちゃー、なんか失敗しちゃったのかな……」
「ふえ、バッグが飛んでっちゃう!」
「可憐ちゃん! 今助けるよ!」
「これって集団転移じゃ――」
光が全てを覆い尽くした――
そして、目をゆっくり開けると、そこは、
大きな広間には甲冑を着た兵士が並んでいた。そして、中央には高飛車そうで豪華な服を着た女の子がいた。
俺達は剣を向けられていた。
俺の膝の上には葛之葉が乗っかっている。
「も、もしかして成功したのかな!」
葛之葉は嬉しさのあまり俺に抱きつく。
「ちょっと、学校どうすんのよ! 仕事もいけないじゃないの!」
響が俺の肩を揺する。
「ど、どうしよう……。わ、私、怖いよ……」
可憐が俺の背中に胸を押し付けている。
「ちょっと、ここって私がいたお城じゃん。えー、クーデター起こったんだ。上の首がそっくりそのまま変わってるじゃん」
ボブがのんきに言い放つ。
そして――
「ふーん、あんまり魅力的じゃないお姫様ね。これなら私の方がエッチで魅力的よね、せんぱい?」
何故か愛梨が俺にパンツを見せつけるかのように俺の前を仁王立ちしていた……。
てか、お前隠れていたのかよ⁉
豪華な服を着ていた女の子は俺を見てドン引きしている。
「えぇ、召喚失敗なのじゃ……。こんなハーレム野郎はいらないのじゃ! ……ふ、ふん、妾もハーレムの一員にしようという魂胆じゃな?」
「あっ、こいつも駄目な奴だ。くそっ、俺は別にラブコメをしたいわけじゃねえんだよ!!!」
何をどうやってもラブコメの空気から逃れられない。
まあ、それでもいいかなって思っている自分の変化に驚いた。
本当に悪い女の子なんていないと信じていた。
自分の『元友達』を救いたいと思っていた。
信念を貫きとおせば必ず叶うと思っていた。
これは異世界に行きたいと願った狂人が奇跡を起こし、異世界へと旅立ち……大冒険を繰り広げる物語……のはずが、必ずラブコメになってしまう物語だ。
(完)
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