どうしたい?
こんな風に感情的になって動くのはいつぶりだろうか? 多分小学校の頃だけだと思う。
感情とコントロールしないと痛い目にあう。身をもって経験してきたことだ。
「……滝沢。よく来たな」
「アーレ? いや、アーヤ、なんでここに……」
言葉とは裏腹に頭では二人を攫ったのがアーヤだと理解できる。胸の膨らみは武器を携えているはずだ。
可憐と響が地面に座らされていた。
俺はそれを見て――我を失いそうになり――
「駄目っ! 滝沢、多分違うよ!」
アーヤの首に手をかけそうになったが、葛之葉が俺を蹴飛ばしてくれた。
俺の手は宙を切る――
「ちゃんと冷静になるの! 今日は特殊水着でサウナ入ってあげるから!」
「えぇ……、そ、それはそれで困る……」
葛之葉の声で冷静さを幾分取り戻す。
状況を確認すると、可憐と響に怪我はない。意識もある。本当に拘束しているだけだ。
アーヤの顔が青ざめていた。
「た、滝沢……、顔こ、こわい。……わ、たし、ひ、ひっぐ……、違うのに……」
「ア、アーレ、泣かないでくれっての! てか、なんで俺を呼び出したんだよ!」
「私、アーレじゃない。実は……アーヤなんだ」
「そんなのバレバレじゃねえかよ! てかぬいぐるみ持ってんじゃねえかよ!」
アーヤは俺が取ってあげたぬいぐるみを抱きしめていた。少しだけ罪悪感が湧いてくる……。
「いやさ、てっきりアーヤが二人を攫ったんじゃねえかって思ってよ」
アーヤは護衛からハンカチを手渡され涙を拭く。
「……実は……国からはそう命令された。……でも私……、嫌だったから……」
アーヤの雰囲気が変わった。さっきまでの泣き顔と違う。それはとても凛とした美しい強い表情であった。
「――私は……政治の道具になるのはまっぴらごめんだ。これからは日本人として生きる」
「そっか、なんかわかんねえけど良かったな」
アーヤは強い表情を崩さない。
「あ、あんたなんで来ちゃったのよ……。私達なんて放っておけばいいのに……」
「そうよ、バカは引っ込んでなさいよ」
いつもよりも少し強い視線で二人をにらみつける。
……本当になんだって来ちまったんだろうな。
わかっている。どんなに嫌われようとも俺はこの二人とは幼馴染なんだ。
普通の女の子の二人はこっちの世界に関わっちゃ駄目なんだ。
「説明するぞ……」
二人は大人しく成り行きを見守っている。
アーヤは説明をはじめた。
***
……
…………
すごく簡単に言うと、人質を盾に俺と葛之葉を拉致る予定であった……。
アーヤは国を裏切って俺の味方になってくれた。ってことだ。
俺と葛之葉が裏社会で懸賞金がかけられている。いや、自分にかかっていたのは知ってんけどよ……。葛之葉まで?
懸賞金っていっても、組織に引き込んだらもらえる賞金みたいなもんだ。別に殺されるわけじゃねえ。
アーヤの言葉によると――
『滝沢の『異世界に行く公式』は本当に行ける可能性がある、という共通認識だ』
『そして、異世界の公式だけでは実現しない。滝沢本人の協力と異物『異世界ノート』も必要』
『葉月はただのおまけだ。裏社会では有名な闇医者だからな』
葛之葉の事は置いておいて、自分の事は身に覚えがある。異世界に行きたいならうちの研究所に来ないか? ってよく言われんだよな。
ぶっちゃけ誰彼構わず異世界に行くって言ってねえのによ……。
てか、異世界ノートって森で拾っただけだぜ? 変なうさぎと犬が落としてったもんなんだよな。
辞書よりも分厚くて、いらない文字は瞬時に消せるし超便利なんだよ。で、大半は白紙だけど、後ろの方にちょこっとだけ知らない文字が書いてある。
どんなに調べてもこの世界には存在しなかった言葉だ。
ていうか、俺が知ってる異世界に行きたい奴らって、大半は異世界の資源や植民地化を考えている。
そんな奴らとは話したくもねえ。
「てか、随分と甘くね? 二人を人質に取っても俺はアーヤについて行かなかったぞ」
「……いや、それはないと思った。観察した限り、この二人は君にとって特別な存在だ。……嫉妬しちゃうほどにね」
「そ、そんな事ねえよ! 二人はただの『元友達』だ」
「話にはまだ続きがある」
アーヤは困惑した表情で俺に伝えてきた。
「正直どうすればいいかわからない。……上は私が失敗すると前提して動いている。……あと数刻で別の部隊が学校を急襲して全校生徒を人質に取り、お前の身柄を確保する予定だ」
「……はっ? テロリストじゃん……」
確かにそれはまずかった。流石に全校生徒を守ることは出来ねえ。大人しくついていってどうにかするしかなかった。
俺が頭をボリボリかいていると可憐が俺の胸ぐらを掴んだ。
「……あんた、もう異世界に行くのやめなよ。よくわからないけど、危険な事してるんでしょ? あんたが攫われそうになったんでしょ? しかも私達のせいで……」
「可憐? お、おいどうした?」
「ひぐ……、どうすれば私達と離れてくれるのよ……。どうすれば私達はあんたの邪魔にならないのよ……。わたし……、どうすればいいのよ……」
俺は小さくため息をこぼした。
可憐と目が死んでいる響を見る。
「あーー、別に今まで通りでいいだろ。俺の事をバカにして、普通に話して……」
「それじゃあ駄目なの! わ、わたしたちのせいで――」
「可憐、全部任せろ――」
俺は可憐を優しく抱き寄せた。
「お前の余命はあとどれくらいだ」
俺は可憐にささやく。
可憐は「え……っ」と驚いた声をあげる。
何か言おうとする可憐を抱きしめて喋れなくする。
俺は響に問いかける。
「お父さんは見つかったか?」
響は苦い顔をする。
「まだよ……。ふんっ、きっとどこかで見てくれているよ」
「そっか……。もしかしたらこの世界にいないっていう選択肢はねえのか?」
「そ、それは……」
アーヤが俺と可憐を引き離す――
「馬鹿者……。今はそんな事を言っている場合ではない。各組織の連合部隊がすぐにこっちにやってくるんだぞ……」
俺はアーヤに近づいてお腹に触れた、湿った感触。アーヤは苦悶の表情を浮かべた――
「バカ野郎はお前だよ。お前、死にかけてんだろ? 裏切ったから監視者かなんかにやられたんだろ?」
「……仕方ない、私にはもう未来がない。だからどうでもいい事だ……」
アーヤはいままで普通に喋っていた。瀕死の傷を負いながらだ。俺達を守ろうとするために……。
「滝沢っ!! どいて、アーヤちゃんは私が診るから!!」
葛之葉の空気が瞬時に変わった。
いつものオドオドした調子ではない。目には意志の力が宿っていた――
「こんなの致命傷じゃない! アーヤちゃんのバカ!」
「葉月? 君は私の事を嫌っていたんじゃ……」
「うまく話せなかっただけだよ! 病人は大人しく寝てなさい!」
葛之葉はブレザーの中から注射器を取り出してアーヤの首にぶっ刺した。アーヤは一瞬で意識を失った。
え? マジで? そ、それって大丈夫なのかよ……。
「絶対に死なせない、ここが私の戦場だもん……」
葛之葉はいつも持っている大きなバッグから様々な道具を取り出す。そしてブレザーを広げるとそこには大量の医療器具を装備していたのであった。
「可憐さん、響さん、手伝って! そこのガスボンベでお湯を沸かして! 滅菌室を作るからこのポンプを使って膨らませて!」
「う、うん、わかったわ!」
「ちょ、マジで⁉」
この場は葛之葉に任せる。俺はテロリストを止めないとな……。
たく、しょうがねえな。
俺はスマホを取り出した――
「――なあボブ、本当はこっちにいるんだろ? ちょっと俺と付き合えよ」