可憐
『可憐さんは二十歳まで生きられないでしょう……』
小学校中学年の時、両親と医者が話している会話をこっそり聞いた。
わたし、可憐は生きるのに絶望していた。
元々情緒が不安定だったのが更に不安定になった。
響にだけは私の寿命を伝えたことがある。
響はただ私を抱きしめてくれた。
『おう、可憐、異世界ごっこしようぜ! 俺勇者な!』
『はっ? そんな子供っぽい事やってらんないわよ』
『いいじゃんかよ、最近響も冷てえんだよな』
『あんたが超おバカだからでしょ! まったく、私聖女役でいいの?』
私はどうせ死ぬ。だから、自分の想いを滝沢には伝えちゃ駄目なんだ。
そう思うと心が苦しくなる。でも、普通にしてなければ滝沢に変に思われる。
『へへ、来月から中学校だな。同じクラスになれるといいな』
『あんたね……、これだけ馬鹿にされてもそんなに私がいいの? なに好きなの?』
『はっ、好きじゃねえよ』
『あんた響の事好きだったもんね』
『べ、別にそんな事ねえよ……』
『バレバレじゃん……馬鹿』
響は響の事情で、私は私の事情で、滝沢と距離を取り始めた。
なんてことはない、嫌われてしまえば未練は無くなる。
もしかしたら中学に上がったら滝沢にも友だちが出来ると思った。
体調を崩した私は入学式から学校を休んでしまい、初登校した日は――
『おう、可憐、やっと登校できたな! やっぱ俺友だち出来ねえよ』
『あんたなんかに友だち出来るわけないでしょ! 馬鹿!』
『ははっ、異世界の事言ってねえのにな……』
『はぁ、ほら、あんたのノート見せなさいよ! 馬鹿、異世界ノートじゃなくて授業のノートよ!』
クラスメイトの目が死んでいた。後で話を聞いたら、少し不良ぶっている男女グループが滝沢にちょっかいをかけたらしい。
うまくコミュニケーションが取れない滝沢馬鹿にして、そこからいじめに発展した。
発展した先は地獄――
なぜなら滝沢の感覚は普通のクラスメイトと違っていた。やられたら倍返しをする。
いじめていた生徒は家族にまで被害が及んだ。仕事を失った両親もいる。
滝沢の力は異常だった。異世界に行きたい、という信念が彼を怪物に変えた。
もちろんいじめをした生徒が悪いに決まっている。それでも……、死ぬ寸前まで追い詰めるのは一般常識からかけ離れている。
滝沢は学校を休みがちであった。異世界に行くための準備をしているのは知っている。
私のやることは変わらない。滝沢に嫌われつつ、クラスのバランスを調整して壊れないようにする。
いつか滝沢の事を理解してくれる人が現れるはず。私はそう思っていた。
……それが義妹の愛梨であったら嬉しかったけど、葛之葉さんが適任なのかな。
『わ、私と異世界ノートどっち取るのよ!』
あの日、私は医者から再び宣告を受けた。二十歳までのはずが、病気の進行で余命半年と言われた。
抑えきれない感情と、自暴自棄の心があんな行動を取ってしまった。
完全に嫌われたと思ったのに、すっきりしたと思ったのに……滝沢、優しすぎるのよ。
だから、私は嘘をつく。
嘘をつかないと、滝沢に嫌われないと私が死んだ時滝沢が悲しんじゃう。
軽い返事で感情を隠して、嘘とバレる嘘をつく。
積み重ねが嫌悪感を増幅させる。
別に悲劇のヒロインになるつもりはない。自分によっているつもりはない。そんなの気持ち悪いもん。
私は、私達は心から滝沢の異世界の夢を応援している。
「はぁ……。調子悪いな……」
響に追いついて言葉を交わしたあと、私は裏校舎の階段のすみっコで休んでいた。
響は私よりも滝沢が異世界に行けることを信じている。だから自分が重荷になるからと言って、滝沢と距離を置いている。
……それなのにまた戻ってきちゃった。
響には本当は幸せになって欲しい。だって、嫌いじゃないのに嫌いって言うのは悲しいんだよ。
「そういえば避難訓練だったっけ? なんだろう? 変な音が聞こえる……」
パンッという弾けるような聞いたことのない音。
なんだろう、運動会の鉄砲の音みたい。来月にある運動会の予行練習かな?
「よいしょっと。そろそろ戻ろうかな。あれ? 誰だろ」
随分と綺麗な顔の女の子が私に近づいてくる。制服を着ているのに変なジャケットを着込んでいる。
確か愛梨と同じクラスの転校生の――アーヤって言う名前の女の子だ。廊下を歩いている時に愛梨が説明してくれた。
アーヤさんは私の前に立つ。モデルガンなんて持っていると他のクラスに変に思われるよ?
「アーヤさんだっけ? 妹の愛梨が同じクラスで話聞いたことあって――」
「対象確保できた。あと一人も捕まえたか? これで交渉ができる」
「え?」
その瞬間、私は後ろから羽交い締めにされて身動きが取れなくなる。
恐怖心よりも……、滝沢が私の事を探しに来ないか心配だった……。
大丈夫、私はもう『元友達』で嫌われている。
余命が短いからどんな事が起きても動じない。
「……素直だな。ならば抵抗せず付いてこい」
もしも、私のせいで滝沢が嫌な思いをするなら――
いつでも私は自分を犠牲にできる。
誰も悲しまないから……大丈夫……。