恋未満
週末の都内の繁華街。
俺の今日の目的地だ。
なんだかあっという間に週末になってしまった。
毎日のように葛之葉とファミレスで語りあい、うちのサウナで整う。それがいつしか日常にようになっていた。
今ではうちのサウナには葛之葉専用のサウナハットやらタオルやら色々置いてある。
葛之葉は今週末に予定があるらしく東南アジアに行くみたいだ。俺の中学の頃みたいだな。
響はここ最近学校に来ていない。ほんの少しだけそれが気にかかる。
「とりあえず目的の場所に行くか」
この繁華街は不思議な現象が良く起きるって噂だ。ただの噂じゃない。裏社会の噂だから信憑性が高い。
なんだか異世界に通じる場所があるとかないとか、不思議な生き物を目撃したとかしないとか。まあ調べる価値はある。
古い町並みの中にあるケーキ屋さん。噂の中心はここだ。
……やっぱ葛之葉に来てもらいたかったな。男一人だとこういう店は入りづらいな。
それでも調べなければならない。
俺はケーキ屋に入ろうとすると、入り口で一人の女性が立ち止まっていた。
「あの〜、入っていいですか?」
『あ、ま、まて、俺が先に……、い、いや、勇気が……、――え?』
随分と綺麗な女の人だ。年は25歳くらいだろうか? 褐色の肌に金髪がよく似合っている……。
「ていうアーヤじゃねえかよ⁉」
アーヤはいつもの男装と違った。とても可愛らしい春物のコートを着て、流行りのミニスカとロングブーツ。どこぞのモデルなんか目じゃない。キレイなのに可愛らしい姿であった。
アーヤは目を泳がせながら俺に言った。
『ア、アーヤ? ち、違う、俺は……、いや、私はアーレだ。多分君は私の姉と勘違いしている。アーレだ。アーレ16歳だ!』
「えぇ……。16歳は流石に無理ねえか……。ていうか、妹のアーレね……了解。そういう事にするわ。てか何してんだ、こんな店の前にいたら迷惑だろ?」
『べ、別に貴様には関係ないだろ! わ、私は……、可愛らしいケーキをインスタにあげたりなんてしないぞ! 可愛らしい店に入るのを躊躇しているわけじゃない! ……む、そういえば貴様はアラビア語ができるのか?』
「てか、俺の日本語通じてるよな?」
『……カタコトしかわからんし、文字はうまく読めん。……貴様もケーキ屋に入りたいのか?』
「ん? ああ、そうだな俺の目的地はここだ。てか、恥ずかしくて入るのに勇気がいるよな」
アーレは俺を見つめながらしばらく考えていた。
『よし、貴様には私と一緒にこの店に入る名誉をやろう。……べ、別に恥ずかしいわけじゃないぞ。に、日本語がわからないからだ』
「いや、お前絶対英語できるだろ。英語でも店員に通じるだろ」
『う、うるさい! とにかく一緒に店に入るぞ!』
こうして、俺はアーヤ……じゃなくてアーレと店に入るのであった。
***
店に入るとエプロンを装備した綺麗な外国人の女性が立っていた。
隙のない立ち振舞い、どこぞの貴族を思わせる。
「む、お客様だ。――マスターご来店だ。いらっしゃいませ。二人でいいのか?」
厨房にいたマスターが小走りでやってきた。なんか随分若いな。
「バカちんッ! ちゃんと敬語使えよ⁉ ほら、クリスやり直しだ」
「くっ、私としたことが……、失礼した。お二人様のご案内いたします。どうぞ、こちらへ――」
俺とアーレは顔を見合わす。
『な、なんだあの女は? 随分と高貴の出のように見えるが……』
『知らねえよ、ていうか早く席に着こうぜ』
『あ、こら、私を押すんじゃない! は、恥ずかしいだろ!』
『あぁ、面倒だな……。早く行けよ!』
『くっ、これだからがさつな男は嫌いだ……』
俺達はクリスという店員に案内された席に座るのであった。
***
「ねえ、クリスさんに接客任せて大丈夫?」
「ああん? 仕方ねえだろ。他のスタッフは学校行ってんだからよ。暇な時間に練習だ」
「……了解、私頑張ってフォローするね!」
「へへ、ありがとな」
俺達はカウンター越しからなにやら店主と女従業員のいちゃつきを見せられているような気がする。
若い店主がケーキを作る。これまた若い女の子が店主のフォローをする。クリスと呼ばれたポンコツっぽい店員が接客をしている。
常連客がクリスを温かい目で見守っている。
というか、目的である異世界への入り口なんてなさそうだ。だが、あのクリスという店員から異質なものを感じる。
俺がクリスを見ているとアーレが小声でつぶやく。
『……貴様も気がついたか? あのクリスという店員、只者じゃない。血の匂いがプンプンするぞ』
『ていうか、貴様っていうのはやめろ。せっかく美味しいもの食べるのに嫌な気持ちになるだろ。滝沢って呼べよ』
『……わ、悪い。そ、そんなつもりでは。ならば滝沢、これでいいか?』
『おう、アーレは素直でいい子だな』
『ば、ばか者! わ、私はそんなに軽い女ではない!』
ただ、血の匂いがするっていうのは同意する。修羅場をくぐってきた者だけがわかる雰囲気。ありゃやべえわ。俺が全力出しても敵わねえ。
「異世界の騎士団ってあんな感じなんだろうな」
「私はただの騎士団ではない! 黒薔薇騎士団長である!」
店主がクリスの頭をポカリと叩く。
「バカッ! お客さんに変な事言ってんじゃねえよ⁉」
「くっ、し、しかし、マスター……、これは重要事で……」
「あとでケーキやるから真面目に働けや」
「ふむ、了解だ!」
というわけで俺達の前にケーキと紅茶が無事に運ばれたのであった……。
『……私の前で異世界の話はやめてくれ。あまりいい思い出がない』
「ん? そっか、ならケーキの話でもしようぜ! てか、アーレはやっぱナツメとか好きなのか?」
『嫌いではないが、日本のケーキが一番好きだ。あと、ゲームも大好きだ』
『お、ならゲーセン行かねえか? 確か近くにあったはずだぜ』
「ゲームセンター? それは一体?」
「知らねえのか。ゲーム機がたくさんある場所だよ」
「よし、私に案内しろ」
「了解、あっ、早く食おうぜ」
「ああ」
多分本人は気がついていないと思う。途中から普通に日本語喋ってるぞ……。
***
「……滝沢はあまり男と感じないな。なぜだ?」
「んだよ、突然」
アーレは運ばれたケーキを食べながら俺に言った。
「いや、私の周りにいた男は傲慢で嫌な奴しかいなかった。そんな奴らに負けないように私は努力したんだがな」
「アーレって日本に友達いねえのか?」
「……そう、だな。一人だけ昔馴染みの友達がいる。……はは、あまり好かれてない。私は大好きなんだが」
「ふーん、自分の考えを押し付けちゃったんだろ? 多分」
「……それもあると思う。私は人との付き合いが苦手なんだ。どうしても高圧的な態度になってしまう。きっとあの娘も私の事嫌いなんだ」
「よくわかんえねえけど、その娘は友達で好きな子なんだろ? 友達ならお前の事嫌いじゃねえよ。多分、どんな風に話していいかわかんねえだけだよ」
アーレが少し考え込む。
「……ふむ、一理ある。私の意見ばかり押し付けていたような。……あの娘のためになると思って」
「あんまり難しいこと考えずに学生らしく遊べばいいんじゃねえか?」
「……私には友達がいない。だから同年代の遊ぶという感覚がわからないんだ」
アーヤの男装姿はもしかしたら心の弱さを隠す装備なのかも知れないな。可憐とは違うタイプのツンデレってやつか。
「そっか……、なら今日は俺の事友達だと思って遊ぼうぜ!」
「滝沢と遊ぶ……、し、しかし、貴様は男だ! どうせ私の事をエッチな目で……。いや、そんな目で私を見ていないのはこの数分でわかった。だが、は、恥ずかしいではないか……」
そう言いながらも嬉しそうな顔をしているアーレ。なんだ、年齢相応(25)の可愛らしさがあるじゃないか。
こうして俺達は店を出て街へと繰り出すのであった。
雑貨屋さんでは――
「こ、これは何に使うんだ?」
「ああ、猫と遊ぶ道具だぞ」
「ふむ、可愛らしいものが多い。……私には似合わないな」
「はっ? てか超似合うだろ? そんなに可愛らしい格好をして何いってんだよ」
「か、可愛い、のか?」
「俺は嘘が嫌いだから言わねえよ」
「ふ、ふん、あ、ありがと……」
ゲームセンターでは――
「このにゃんこのぬいぐるみが欲しい……。あっ、へ、変な事言ったな。気にするな」
「ん、これが欲しいのか? 可愛いじゃねえかよ。よし、俺得意だから任せろよ!」
「それ! そこだ……、あーー、頑張れ頑張れ! やった!! 滝沢すごいのだ!」
「ちょ、お前、恥ずかしいだろ! 抱きつきなよ!」
「――ふぇ……、こ、これは違う、わ、私は外国人だからハグなんて、ふ、普通だ……」
桜並木では――
「へへ、猫ちゃん。可愛い」
「超似合ってるじゃねえか。名前でも付けてやれよ」
「ふむ、そうだな。……ゴンザレス」
「ばっ⁉ もっと可愛い名前にしろよ!」
「むぅ、面倒な男だな。……滝沢が取ってくれたから……。サワにゃんにしておくか。なあサワにゃん」
「えぇ……。もういいや。嬉しそうだし」
「べ、別に感謝を込めてお前の名前を入れたわけじゃないからな!」
いつの間にか夕暮れになっていた。
「そろそろ家に帰らなくては行けない時間だ。……きょ、今日は私に付き合ってくれて、あ、ありがとう」
「なんだ、随分素直になったな。俺も楽しかったぞ」
穏やかな空気が俺達の間で流れる。
今日はすごく楽しかった。初めはアーヤにばったり会ってどうしようかと思った。
「……そ、その、また、こんな風に遊んでくれないか?」
「ああ、もちろんだ」
俺がそう言うと、アーレは手に持っていたぬいぐるみをそっと抱き寄せた。
そして、大きなリムジンがやってくる。
「じゃあね、また今度……」
「ああ、またな!」
アーレはリムジンの中へ入っていった。
なんだか、最後の別れが気になった。悲しそうな顔をしていたのは気の所為だろうか?
***
「姫様、異世界ノートは発見できましたか?」
「……うむ、見つかった。持ち主と接触できた」
「ならば次の段階ですね」
「……う、ん。そうだ。俺達の国が栄えるために……だからな」
「はい、国王が吉報をお待ちです」
「なあ、友達って一緒にいて胸がドキドキするのか? 葉月と一緒にいる時と違う感覚だ」
「はい?」
「……姫様。私達は一般人とは違います……それは……つらくなるだけです」
「あはは、そっか。つらくなるんだな」
「……姫様、泣かないで下さい、いつかきっと……」
「所詮私は妾の子だ……。ただの道具に過ぎん。……忘れよう」
これは私の恋にも満たない物語。男の人なんて大嫌いだった。
だから、私は絶対に恋なんてしない。友達なんていらない。
なのに――彼が取ってくれたぬいぐるみを抱き寄せるのはなぜなんだろう……?