ブレない
サウナのお陰で身体が超軽い。
サウナは俺にとって聖域だ。体力も回復できるし考えをまとめる事もできる。
葛之葉も喜んでいたな。……ちょっとだけ恥ずかしかったけどな。
あれがサウナ以外の場所だったらドキドキして固まってしまうと思うが、サウナだったから大丈夫だった。
今日もばったり会える事を期待したが、流石に時間が重ならなかった。……今度一緒に登校してもいいか聞いてみよ。多分迷惑じゃないだろう。
というわけで、俺はいつもの時間に登校している。
そういえばこの時間は――
「せんぱーい!! 愛梨ちゃんっすよ!! いつもみたいにナデナデしてくださーい!」
愛梨が登校する時間であった。流れで一緒に登校する時もあるが、それを後で可憐に言うと機嫌が悪くなる。……なんでだろ?
今日は愛梨のメスガキ度が低いような気がする。
いつもなら頭を俺にグリグリ押し付けて、『せんぱ〜い、照れてるんすか?』とかなんとか言うのに。
今日は少し疲れた顔ですぐに真顔に戻った。
「はぁ……、なんか今日は違うっすね」
「んだ? 今日は調子が悪いのか?」
「可憐ちゃんが寝かせてくれないっすよ。これも全部先輩のせいっすからね!」
「えぇ、俺のせいなのか……」
「そうっすよ! はぁ、一晩中話を聞いてあげたり、アドバイスをしてあげたり……。我が姉ながらツンデレすぎるのよ……」
もしかしたら可憐は自分なりにもがいているのかもな。あいつはツンデレで性格が悪い。それを自覚していない。悪意のない悪意をばらまく女だ。
愛梨は俺の袖の裾を掴んでいた。いつもどおりだ。無理に引き剥がそうとすると、エッチな攻撃が待っている。俺にはとても耐えられない。
「先輩ってイメチェンしたけど、あんまり変わってないっすね」
「マジか……。まあそうだよな、人の性格はすぐには変わらねえよ」
前を向くと決意した。異世界に行く事は変わらねえ。それでも学校の人間関係に向き合う事にしたんだ。
「そのままでいいっすよ。無理に変わろうとしたら綻びが出るっす。ていうか、異世界仲間できたみたいっすね」
「おお、葛之葉の事だな」
「……ちょい!」
愛梨はいきなり俺の首に手を回した。女の子の匂いが鼻をくすぐる。
俺は顔が熱くなるのを感じる。
「ば、バカ! やめろよ! 誰か見てたらどうすんだよ!」
「えっと、嬉しそうでなんかムカついたからっす。先輩の浮気者!」
「えぇ、お前は相変わらず理不尽だな……」
「それがメスガキの流儀っす。ブレちゃ駄目っす。一度決めたならとことんメスガキ道を突き進むっす」
……メスガキ道とはなんぞや。頭にハテナマークが浮かぶが、こいつは昔から変わらねえ。
いつも俺の誘惑しようとする。だが、大人のハニートラップとは違って、なんというか健康的なお色気だ。
これがメスガキ? なるほど、愛梨って結構すごいな。
俺じゃなかったら好きになってたぞ。
「せんぱ〜い、異世界の調子はどうっすか?」
「ん? 珍しいな。愛梨が異世界の事聞いてくるなんてよ」
「んー、たまには良いじゃないっすか」
愛梨は俺を馬鹿にしてくる。だが、それは異世界に事じゃない。愛梨から異世界の事で馬鹿にされたことは一度もない。女の子に耐性がない俺をからかうだけだ。
「準備は結構進んだな。異世界に行けそうな場所は沢山調査したぜ。で、最近判明したが東京にも怪しい場所があってな。週末に行こうと思ってるぞ」
「ふ〜ん、進んでるっすね。……あれやってくれないっすか? あの『シャイニング!』ってやつ」
「ば、馬鹿! こんな所だと笑いものになるだろ!」
「ぷっ、懐かしいっすね。可憐ちゃんと私達の前で魔法を披露してた先輩」
なんだろう、愛梨の言葉には寂しさが感じられた。
俺の袖を掴んでいる手が強くなる。
「ねえ……先輩が異世界に行きたいのって……可憐ちゃんの病……。――ううん、やっぱりいいっす! へへ、運動会は先輩のためにブルマっていう伝説の装備を用意したっす! 先輩だけに特別に体育倉庫で見せてあげるっすよ!」
「お、おう、そ、それは……、い、いいのか?」
「あっ、先輩の目が野獣になってるっすよ! あははっ、怖いっす!」
「ば、ばか、違えよ! こ、これはその……」
そういえば、俺が落ち込んでいる時や可憐から限度を超えた笑いものにされた時、次の日にはいつもそばに愛梨がいてくれた。それに、愛梨と一緒に可憐が謝りに来てくれた事もある。
「なあ、愛梨って……」
「なんすか、先輩? 私に惚れちゃいました? ふふ、またパンツ覗きたいっすか? あっ、今日は履いてないっすよ」
「な、なんと……。い、いや、違えよ⁉ べ、別にみたく――」
「本能には逆らえないっすよ。ほら、正直に行って下さいっす!」
「馬鹿! 風邪引いちゃうだろ! そこのコンビニでパンツ買ってやるから!」
「ちょ、せ、先輩声が大きいっすよ! はぁ、まったく先輩は本当に変わらないっす……」
学校近くのコンビニの前を通ると、愛梨は俺の袖から手を離した。
「先輩、今日はここまでっす。……異世界、行けたらいいっすね」
「おう! 頑張るからな!」
「……残された人は悲しいっすね」
「愛梨?」
愛梨が寂しそうに小さな声で呟いた。俺じゃなきゃ聞こえなかった声量だ。
残された人か――
俺には家族は誰もいない。保護者の登録は一応近所のクソジジイだ。
それに愛梨は勘違いしている。
確かに子供の頃は異世界に行きたいだけだった。
だけど、俺はいつしか目標が変わっていた。
単純に異世界に行くよりも難しい選択に、だ。
「――安心しろよ。俺は異世界に行き来できる方法を探してんだよ」
もし現状で飛ばされたとしたら、俺は現地でこっちの世界に戻る方法を全力で探すと思う。異世界とこの世界の架け橋になりたい。
「あ……、そ、そうんすか? ちょ、それを早く言って欲しいっす! せ、先輩のエロ馬鹿!」
愛梨はポカポカと俺の胸をピンポイントで殴る。痛くないけど、そこはちょっと恥ずかしい……。
「愛梨は寂しがり屋だからな。ほら、頭撫でてやんぞ」
こんな事をしたら現実世界では嫌がられる。少し嫌がらせのつもりで愛梨の頭を撫でたら――
「あ……っ。――ふ、ふん、もう少しこのままでいるっす」
猫のように嬉しそうな声で恥ずかしそうに笑っていた。
「ジャンプ買う時間が無くなるだろ」
「知ってるっすよ。先輩がエッチなラブコメばっか見てるの」
「ちょ、可憐には内緒な」
「もっと優しく撫でるっす。私の胸だと思って」
とても優しい気持ちになれたのはなんでだろう?
俺は一目を憚らず愛梨の頭を撫で続けるのであった――
風邪で執筆が出来なかったのですが、書き溜めしてたので更新できました。
全快です!
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