サウナ回①
「ふぅー、今日は楽しかったぜ! あとはサウナ入って寝るだけだ」
「サウナ? わぁ、いいな。私サウナ大好きなんだよ! テレビ付きのサウナでゆっくりするのが週末の楽しみなんだ」
「おう、俺んちのサウナにもテレビあるぞ」
「ん? お家にサウナ? いいな……、私はいつも近所の温泉に行ってるよ」
「前に公共の温泉に入れなくてな……」
すっかり暗くなってしまった。ファミレスでの時間はあっという間であった。
葛之葉の足が徐々に遅くなる……。どうした? どっか痛いのか?
「あ、あのさ、サ、サウナって大きいの?」
「おう、10人入れる広さだぞ。一人でロウリュウしてるぞ」
葛之葉の足がついに止まる。そして――
「異世界以外に一番好きなことはなに?」
「「サウナ」」
俺と葛之葉は無言でハイタッチをする。葛之葉の顔がほんのりと桜色だ。
「ね、ねえ、め、迷惑じゃなかったら、サウナ見てもいいかな?」
一瞬だけ思考が止まる。……友達だから別に構わないか。
「ああ、うちに寄れよ! と、友達だからな」
「えへへ、うん、ありがと! あっ、ポテチとか買っておくね!」
「あ、俺の家に誰か来るの初めてだ」
「わ、私も、と、友達の家に行くの初めて……」
「友達だもんな。べ、べつに普通なんだろ?」
「う、うん、多分大丈夫な、はず。だって「友達から」だもんね!」
「ん? と、とりあえずこっちだ。そんなに歩かないから」
こんなに心拍数が上がったのは、異世界修行を始めたての頃、近所にいた軍隊上がりのクソジジイから特訓を受けた時以来だ。
……あのクソジジイ元気かな。
俺はジジイの顔を思い浮かべなから心拍数を抑えるのであった。
***
な、なぜこうなった。
とある異世界ラノベの温泉に憧れて純和風で作った大浴場。
大きな露天岩風呂にサウナと水風呂。都心だけど、ここはマンションの屋上だから夜景がすごくキレイだ。あっ、ちゃんと大きな柵を作って絶対に人の目が入らないようにしている。
ここで一日を振り返ったり、異世界のことを考えながら過ごすのが俺の日課だ。
「うわぁ! うわ! すごい、すごいよ滝沢! これもしかして温泉? 一緒に入ろうよ!」
「まて、ちゃんとかけ湯をするんだ。二人だけだが、マナーだからな」
「了解! えへへ、サウナも楽しみ!」
本当はただサウナを見せて終わるはずであった。だが、葛之葉はサウナを見た瞬間――
「入る。絶対入りたい。一生のお願い! このサウナに入らせてととのわせて!」
と言って聞かなかった。
しかも――
「ど、どうせなら、い、一緒に入ろうよ。そ、その、一人だと、寂しいし……。滝沢からは変な視線とか下心感じないから――信じてる」
なんと、俺のことを随分と聖人だと思っているようだ。まあ、下心が無いのは事実だ。葛之葉とは友達になれた。そんな風に見る対象ではない。
「えへへ、いざという時のためにちゃんと水着持ってるからさ!」
「よ、用意が良すぎるな……。し、仕方ない、と、友達だから大丈夫? か」
「う、うん、友達だから大丈夫だよ! 着替えてくるね!」
……
…………
そして、今に至る。スクール水着姿の葛之葉と、海パン姿の俺。
まあ、海にいるもんだと思えばいいのか。
俺達はかけ湯をしてとりあえず温泉に入るのであった。
「ふぅ……、たまんねえな」
「はぁ……、声が出ちゃうね」
都会の高層ビルの屋上は静かだ。お湯の音と風の音が心地よい。
「……異世界、一緒に行けるといいね」
「ああ、必ず行こうな」
「その前にもうすぐ学校のテストがあるよね」
「あー、テストか……。適当にやればいいだろ」
「そだね。私は目立たないように満点取らないようにしてるもん」
「そっか、俺と同じだな。いつも大体平均点になるように調節してっぞ」
「運動会のほうが面倒だよね。競技決めるのが……」
「そうなんだよな、友達いねえとHRが苦痛なんだよな」
俺達は会話の途中だけど温泉からあがる。特に示し合わせていない。タイミングはばっちりのようだ。
視線はサウナだ。程よく身体を温めてからサウナに挑むのであった。
***
同級生の可愛らしい女の子(水着)とサウナで二人っきり。なんとも不思議な展開だ。
サウナにはテレビが付いている。俺はリモコンを操作して異世界アニメに変えた。スライムが大活躍する物語だ。
「丁度良い温度だね。湿度もばっちりだし香りもほどほどで心地よい空間だよ」
「ありがとな、ここの良さがわかってくれて嬉しいぜ」
ここはプライベートサウナだ。無言になる必要はない。
「あれだよね、滝沢って女の子から好かれてるよね」
「はっ? それは無いだろ? 笑いもんにされてるだけだろ」
「うーん、それはわかるんだけど、滝沢って実はすごく優しいよね?」
「お、俺が優しい? ちょ、まてよ。そんなことねえよ。俺は鋼の心を持つクールが売りな男だぜ」
「可憐さんは?」
「ツンデレ」
「愛梨ちゃんは?」
「メスガキ」
「響ちゃんは?」
「ど畜生」
葛之葉は柔らかい笑みをこぼす。
「ほら、みんなのことよく知ってるじゃん。嫌いだったら無視するもん。私が他の男子にしてたみたいに。それにさ――」
なんだ? 葛之葉の身体が妙に大きく見える。凄まじいまでのプレッシャーを感じる。いや、違う、これは色気だ。
サウナによって汗をかいている葛之葉がより一層可愛く見える。
俺は頭をふって邪念を飛ばす。
「異世界ノート」
「ん? それがどうしたんだよ」
「……もしもクラス転移した時、特殊な力とか貰えなかった場合、クラスのみんなを守る方法が書いてあったよね」
「あ、ああ、あれはそういう場合俺が率先してどうにかしなきゃいけねえと思ってな」
「『実力なんて隠している場合じゃない全力を尽くせ』って書いてあったよ。やっぱり滝沢は優しいよ」
「…………別に優しくなんてねえよ。ただ、悲しいのは嫌だろ? 修羅場を経験してる奴なんて普通はいない。すぐ殺されっかも知れねえからな。……死ぬのを見るのが嫌なんだ」
葛之葉はほんの少しだけ俺に近づく。心臓が跳ね上がった。
「ど、どうした」
「ううん。誰かが死んだ時の悲しみって……本当に辛いんだよね。滝沢、私は絶対に死なないからね」
言葉の重みが違う。死を知っているもの特有の空気感があった。葛之葉は頭が良い、勘も良い。もしかしたらなにか感じ取ったのかもな。
俺と同じか……。
俺達は異世界に行きたい。獣人と戯れたい。色んなものを見てみたい。好奇心を満たしたい。
だが、『なぜ異世界に行きたいか?』という会話をしたことがない。
「異世界、行こうね」
「ああ、必ずな――」
この前の言葉とは少しニュアンスが違っていた。
込められた感情が俺の胸を打つ。
そして、同じタイミングで立ち上がる。
葛之葉は少しよろめいて俺の肩を掴む。
目が合うと照れてしまうが、なんてことはない。
「水風呂の温度は?」
「「十六度」」
俺達はハイタッチをしてから水風呂へと向かうのであった――