再逢の季05
古檜の妖面。
七百年ほど昔、面打ち師の永吉が大檜の樹妖から彫り出した呪面の一揃えをそう呼び表す。古い妖怪の一部であり、欠片と言えどただ放置するには危険な代物ばかり。長い時間の中で紛失したものも多いが、現存しCCPの管理下に置かれている品のほぼ全てが封印措置を受けている。
今回捕まえようとしているのはその内の魂剥ぎの女面と呼ばれる一枚で、名の通り人の魂を喰うのだそうだ。何に感銘を受けたらそんな物騒なお面を作ってみようという発想に至るのか、と千春はげんなりした。
「逃げ出したということは、持ち主が食べられてしまったとか」
「所有者は病死だが面は関係ない。生前は古物商だった男がどこかで買い付けて、そのまま仕舞い込んでた物が遺品整理で表に出てきた」
渡された写真には蓋の開いた古びた木箱が写っていて、内側の布張りには黒墨で何かの紋様が描かれている。問題はその褪せた紫布の一部が破れて墨線が途切れていることだろう。蓋の縁にささくれが立っているので、それが引っかかって裂けたのかもしれない。
「これは休眠の術式らしい。人の生気を喰う呪面に使ったからには封印の前処置だろうな」
「動力切れになったところを封じるつもりが何故か現代までそのままだった、と」
術式が損壊してばっちり目が覚めた時にはン百年単位で絶食状態。冬眠明けの熊も同情して餌を譲るぐらいには飢えていたことだろう。その後、所有者周辺の人物に取り憑き栄養を吸い取って着々と元気になり、行動範囲を広げて自由に動き回るようになったそうだ。
「何人か乗り換えてうちの管轄区域に入り込んだのが昨日。元々呪面を追っていた別の支部からの要請で参加した捕獲作戦の成否はさっき話した通りだ」
「その節はご迷惑をおかけしまして……」
「全くだ。この借りは働きで返せ」
物言いはあれだが声色はそうでもない。初対面から眉間も寄りっぱなしだがどうやら機嫌が悪いというわけでもないらしく、不機嫌面が標準装備というだけなのかもしれない。
仕事が出来そうという印象は間違っていなかったようで、自分が協力を要請したからなのか経緯や相手についてもしっかり説明してくれた。部外者に教えていい情報なのか、事が片付いたら機密保持のために始末されたりしないだろうな、という心配は一旦横に置いておく。
経緯や諸々の情報を聞いた千春の頭に浮かんだのは、どうして見つけられないのかという疑問だ。それを口に出すと、柊崎の顔が忌々しそうに歪んだ。
「あの面は宿主の顔を擬態として纏うからだ。面を模した呪物だけあって擬態の精度が恐ろしく高い。そのせいで捜索が難航している」
「擬態……?」
「まさかそこから解説が必要か?」
「いや意味は知ってますけど」
擬態とは、一般的には天敵に食べられないよう虫や魚が他の物の姿を真似ることを示すわけだが、千春が疑問に思ったのはそこではない。
改めて記憶を呼び起こして結局首を振る。だってどこからどう見ても完全に能面だった。家に帰ってから気になって調べたので間違いない。あれは能楽で使う面の、女面と呼ばれる種類のもので少なくとも宿主である少女の顔には見えなかった。擬態したと言うなら元から能面顔の女子高生だったとでも? 確かに存在しないとは断言できないけれど、生まれながらに似ていたとしてそこから自主的に寄せていくものだろうか。
「やっぱりあれは面の顔だったと思います」
「だろうな」
あっさりと肯定を返されるが、そうなると何故千春にしか見つけられなかったのかという新たな疑問が浮上してくる。しっかりばっちり見える方と自負しているが、それはそういう体質というだけの話で。
千春に見えたものが本職である彼らに見えないなんてことがあるのだろうかと再度問えば、柊崎は僅かに考える素振りを見せた。
「……結界は内と外を区切る境界だからな、綻んだとはいえ擬態したままで越えられなかったんだろう」
「なるほど……?」
「擬態を解いた場面に遭遇したってことだ。他に考えられるのは、そうだな……宿換えしたばかりで力を消耗していて擬態する余力がなかったとかな」
「やどかえ」
「……古い宿主から新しい宿主に乗り換えることだ。そもそもあの時、緊急的に広域結界を張っていたのは近辺でその痕跡が見つかったからだ」
ため息混じりの説明をヤドカリみたいなものかなと勝手に噛み砕いていると、いつの間にか奥の部屋に消えていた加賀美が戻ってきた。
「こちらの高校でしょうか」
テーブルの上にノートパソコンが置かれる。開いてあるのはとある学校のホームページで、顔がはっきりとはわからない程度の写真が数枚掲載されていた。文化祭か何かだろうか、学生姿の男女が数人ずつ写っている。
「あ、そうです、この制服」
「青色の飾りを付けていたということですし恐らく二年生かと。個人を絞り込むにはもう少し時間がかかるそうです」
「いい。制服以外の情報が今は無いしな」
残念ながら学生の個人情報は掲載されていませんねと微笑んでいる。千春が提供できたのは紺色のスカート、胸元の徽章は多分青で赤い紐ネクタイはリボン結びという情報だけ。十分と掛からず学年まで調べ上げてくるのが一般的な技能なのだろうか。もしやお抱えの制服鑑定士でもいるのだろうかと慄いていると、「雑用係」と任命されたばかりの役職で呼ばれた。
「はい」
「服のサイズは」
「…………はい?」






