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それから私は大忙しだった。学習した内容の復習、ドグラスと一緒に知識を本にまとめ、街に下りて人々にその知識を伝え始めて…。

勿論、王宮の人達から「聖女がいるから大丈夫なのだ!」とか「勝手な事は慎むように」とかあれこれ言われたけれど全て無視した。病気の人を助ける気がないくせに偉そうに!とヴィンセント達に愚痴を言いながら知識を広める。




「あまり大きな声では言えませんが、貴族の中にも月子と同じような考えを持っている方もいるのですよ」


 ある日のことだ。部屋まで私を送り届ける途中で、ヴィンセントがこっそりと耳打ちをしてきた。私の考え方や行動は王宮の考えに反したものだというのは分かっていたので、まさか貴族達に私と同じような考えの人がいるとは思わなかった。


「貴族は各々領地を持っております。領地が潤えば、当然その領主である貴族も潤う。しかし例えば、病気が流行れば…言わなくても分かるでしょう?」


「…成程。病気や災害など、防げるものは防いでおきたいというのが上に立つ人達の考えですものね」


「その通り。朝子様は確かに聖女として‘癒し’の力を持っておりますが、その力は一度に国民全員に届くわけではないのです。恩恵を受けるのは一部の上位貴族のみ…。ですから下級貴族程、月子の広めている知識は欲しいと思いますよ」


「……本当、どうしようもないですね…。朝子姉も、もう少しそこに気付ければいいのでしょうけれど」


苦笑しているヴィンセントを無視して。


「私ももう少し貴族の知り合いがいればいいんでしょうけれどね…。彼らの考えを聞く事も、私の知識を伝える事も出来ない状況ですから。とは言え、私は貴族の方々が顔を見せる場へ参加もしたことがないですし」


「分かっていますよ。だからこそ、この話を出したのですよ」


首を傾げれば、ヴィンセントは悪巧みをするように口角を上げた。


「一週間後、王宮で夜会があります。それに出席してみてはいかがです? 多くの貴族達と言葉を交わす絶好の機会ですよ」


「……夜会ですか」


社交界というやつか。なるほど、人脈を作るのはそういう所にも顔を出すべきか。


 しかし憂鬱だ。私は愛想がいいわけでもないし、初対面の人と笑顔で和やかに話せるコミュニケーション能力が全くない。ガリガリと机に向かって勉強している方が楽でいいと思う女だ。


「ああー…本当に、そういうのは朝子姉の方が向いているんですけれどねえー……。朝子姉が協力してくれれば手っ取り早いのですけれど…。そういう場は苦手で…」


 けれど私がしていることは朝子姉の「聖女」の存在意義を問うようなことだ。だからこそ朝子姉には頼めないし、それをさせるほど厚かましくないつもりだ。


「苦手なんですか? 月子にもできると思いますけれど…?」


「…ヴィンセントさんは私のとこをどう見てそんな事が言えるのでしょうかね…? 見るからに私はそういうの苦手そうでしょう?」


「そうですか?」


「そうですよ!! 私は朝子姉と違って可愛くもないし、愛想もないですし! お世辞も全く言えない可愛げのない女ですよ!? 貴族達に好意的に見られることなんてほぼないと思います!!」


 自分のことはよく分かっている。勉強しかできない、可愛げのない女。それが私の評価だ。

 朝子姉よりよくできたことは勉強面のことだけで、人付き合いは姉の方がよくできる。いや、料理や掃除などの家事も朝子姉は得意だったし、付き合った男の数を比べても朝子姉には敵わない。


 勿論、そんな事をヴィンセントに伝えるつもりはなくただ一つ息をついただけだ。


 しかしヴィンセントはうーんと首を傾げて私をまじまじと見つめた。


「朝子様は確かに聖女らしい女性です。可愛いですし、のんびりした性格も実に好ましいです。けれど私は月子も可愛いと思いますよ」


「はいはい、お世辞でも嬉しいですよ。ありがとうございます」


 部屋についたので扉を開け、護衛ありがとうございましたと頭を下げて中に入ろうとすれば、ヴィンセントも一緒になって部屋に入って来て、無言で扉を閉めた。


 え、ちょっと待て…。誰も部屋に入っていいなんて許可していないけど、と文句一つを言いそうになり、そしてやめた。なぜかヴィンセントの顔が怖いくらい無表情だったから。


「あの…ヴィンセントさん……?どうかしました?」


「分かっていないからもう一度いいましょうか? 私は月子が可愛いと思っていますよ」


「え?いや…それは聞きましたよ。ですからありがとうございますと……」


「全く聞いていないではないですか。それも月子の性格だということもよくよく分かってきましたけれど」


 ヴィンセントが私に一歩近寄る。私は一歩下がる。また近寄って、私もまた下がる。

 トン、と壁が背中に当たり、自分がなぜか追い詰められているということを理解した。


「あの……ヴィンセントさん……?」


「なんです?」


「ち、近い…です……」


 美しい男性の顔が目の前に。普段ならビシビシと文句を言えるのだが、今はそんな余裕がない。


「月子、私はあなたを可愛いと思っていますよ。お世辞でもなんでもなく、本心から」


「…趣味が悪いですね…。私は人から‘よくできた子ですね’とか‘優秀ですね’とか言われても、可愛いだとか女の子らしいだとかはかつて言われたことがありませんよ」


 勉強中は分厚い眼鏡をかけているし、黒くて長い髪はぼさぼさで、乱雑に三つ編みをしている程度。服だってヨレヨレのズボンを愛着しているし、アクセサリーを身に付けることもない。こんな私のどこをどう可愛いというのだろうか?


「可愛いという言葉がお気に召しませんか? では別の言葉で言い換えると…そうですねえ…月子は猪突猛進な性格をしていて、目の前の事に一生懸命取り組む女性ですね。己の領分をきちんと把握していて、まさに仕事のできる女性…といったところでしょうか? 欠点を上げれば、理性的すぎるところでしょうね? 冷静さは時と場合によっては冷たいと感じる人もいるでしょうから」


「あ…それはどうも。それはきっと正しい評価です、はい……」


「私の周りにはいないタイプです。大抵の女性は感情が優先され、その時の気分によって行動します。そして着飾る事に一生懸命で、肝心の中身を磨こうとする人は稀です。私に近づく女性のほとんども、私の顔と身分を気に入ったという人が大半ですから。しかし月子はそのどちらにも興味はない。私からすれば実に面白いです」


「……それは…つまり珍獣がそばにいて気になるってことですか」

 

 世の中全ての女性がヴィンセントの言うばかりな人ではないと思うけれど…ということは、今は置いておいて。


 しかしヴィンセントの価値観を聞き、それならばと納得してしまった。ヴィンセントの顔は確かに綺麗だと思っているが私からすればアイドルを見ているような感覚だし、それはお近づきになって仲良くしようなんて思うものではない。

 また彼はどうも高位の貴族らしいけれど、それも私には興味のない事。


 私にぴったりとくっつくように、体を近づけてきているヴィンセントは少しだけ困り顔になって笑う。


「別にそれだけが理由ではないですけれど……。遠回しにあれこれ言わず、ちゃんと言葉にしないと駄目ですか? 頭の良い月子ならば、今のこの状況と私の言葉から、ある程度私の気持ちが分かってくれていると思うのですが…?」


「……………」


 想像もできなかった。でもなんで? どうして私なの? え、朝子姉がいるのに? と疑問が頭の中でぐるぐる回る。

 だってこんな美形の男性が私に興味を持つなんて、普通に生活をしていたら想像もできなかったよね!?


「あの、あの…! 目を覚まして下さいっ! ヴィンセントさんは珍しい動物を見て興味を持っているだけです! 一時的な気の迷いです!」


「珍しい動物を見て興味を持って好きになったらダメなんですか?」


「……それは……その」


「月子は私には興味がわきませんか? これっぽっちも? それともドグラスのような男が好みですか?」


「いえドグラスさんは同志というか、仲間と言いますか…。恋愛的な目で見たことはありません」


「ならば私のことはどうです? これから先も、そういう目で見られませんか?」


「っ!!!」


 ヴィンセントの手がゆるりと私の腰に回り、優しく抱きしめられる。


「……細いですね…折れそうです」


 耳元でぽつりと呟くヴィンセントの声は穏やかで優しい。騎士である彼の腕も胸も広くて逞しく、自分の身体がすっぽりと収まるのを感じる。それといい匂いもして心地よくなってしまう。


 ここまでされれば私だって彼の気持ちは理解できる。未だに「なんで私?」という疑問は拭えないけれど。


 黙って抱かれていたが、意外に押しの強いヴィンセントはその唇を私の頬へと寄せ、ちゅっとキスをしてきた、

 押し返すこともしなかったのは彼の気持ちが嬉しくて、彼にこうされているのが心地よいからだろう。勿論、半ばパニックになっていたということもあるだろうけれど。


「……ずっとこうしたいと…思っていたんです。月子の全てを暴いて、自分のものにしてしまいたいといつも思っていますよ…」


「……………むっつりですか……」


 ははっと笑うヴィンセント。


「月子、少しでいいから私を見てくれませんか? もう分かっていると思いますが、私はあなたに心を奪われていますよ」


「……未だに理解できないです。あんなに可愛い朝子姉の傍にいて、私の方がいいというヴィンセントさんを……」


「私にとっては月子の方がいいです」


「……私、異世界人ですよ?」


「そうですね」


「私、元の世界に帰りますよ?」


「知っています。でも先の事まであまり考えていないんです…。ただ、気持ちを伝えないと月子には全く伝わらないで終わるだろうなと思ったので。これで少しは私のことを意識してもらいたいものですが……」


 しばらく彼に抱かれていたが、その後するりと彼の腕から抜け出す。

 そしてようやく落ち着いてきたこともあり、ヴィンセントに向かって静かに口を開いた。


「あの…ありがとうございます。私なんぞを…その、好ましいと思って下さって。でも今言ったように、私はいずれ元いた場所へ戻ります。なのでこの世界で一時的な恋人を作るつもりはないのです。その…ヴィンセントさんのことはかっこいいと思いますし…こうしてお気持ちを下さったことは嬉しいです。でもだからと言ってすぐに付き合うとかは…」


 感情よりも理性を優先した。

 だっていずれ私は帰る人間だから。ヴィンセントに気持ちを残すと、きっと帰れなくなるだろうと思ったから。


 しかしヴィンセントはにっこりと笑ったまま。


「そういう月子だから好ましいと思うのですよ。私にはないところだから…」


「………」


「分かっています。私もこの場で月子とどうこうなろうとまでは思いませんよ。流石に図々しいのでね。ですから、明日以降もアプローチさせて頂きます。勿論、この先のことも視野にいれて…。私の気持ちはそんないい加減ではありませんよ」


 ヴィンセントはまた私の頬に一つキスをする。不意打ちを食らって固まる私を残し、彼は部屋から去っていった。


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