5
「月子は朝子様と、本当に何もかも違いますねえ」
ある日のことだ。
ドグラスの部屋でお茶を飲みながら休憩していたヴィンセントは、のんびりしながらそう言った。
ドグラスも同意するように頷いている。
あれから私は半日以上をドグラスの部屋で勉強をして過ごし、ドグラスも私の世界の知識を楽しそうに吸収している。
ヴィンセントはそんな私達を面白がっているのか、護衛の休憩時間によくやって来るようになり、それもあって私はすっかり二人とは親しくなった。
「それ、最初に会った時に聞きましたよ、ヴィンセントさん」
朝子姉と似ていないのは今に始まったことではない。
「でも改めて思いますよ。こう言ってしまっては何ですが、朝子様は勉強があまりお好きではなさそうですし」
「……あまりじゃなくて、朝子姉は勉強が大嫌いですよ」
姉は高校卒業後、勉強はもうしたくないと言って進学することは選ばなかった。
とはいえバリバリに働くかと言えばそうではない。
時々アルバイトをしていたが、基本的にニートだ。
父母は姉のことを「マイペースすぎる」とか「目標を持って生きて欲しい」とか常々こぼしていたっけ。
常に彼氏がいたが、そのうちのどれとも結婚まではいかなかった。
朝子姉は男性の理想像が高すぎて、結婚するならば顔がダメとか、高収入ではないとか文句を垂れていたっけ。
……それこそ言わせてもらえば、朝子姉が付き合っていた彼氏たちは皆ハイスペックでいい人だったと思うのだけれどね…。
「朝子姉は…私とは違って勉強も仕事も好きではないと思います。そもそも自分一人では何もできないイメージがありますよ」
ヴィンセントが「身内に対しては誰しも、厳しい目であれこれ言ってしまいますね」と言って笑う。
「今の朝子様からは想像もできないなあ…。人々を助けることを使命とし、生き生きとしているけれどなあ」
ドグラスがそう呟き、ヴィンセントも頷いた。
でも私にしてみれば、姉のそっちの姿の方が想像付かない。
のんびりと言うかマイペースで、ふわふわ思考で、自分から苦労するのは絶対嫌で、男達にちやほやされるのが好き…そんなイメージしかない。
「朝子姉が生き生きしていると言うならば…、こちらの世界の方が朝子姉にとってはいいのでしょうね。こちらで暮らすのもアリだと思います」
本を読みながらそう答えれば、少し驚いた二人の顔が。
「月子は…寂しくないのか?朝子様が永遠に向こうの世界に帰れなくなっても」
「……別に…。死んでいるわけじゃないですし、帰りたいと思ったら半年に一回は帰れるのでしょう?問題ないじゃないですか」
「しかし…その…。そんなに離れていては…」
「もう大人ですから、そんなベタベタしませんってば。それに私と姉は、そこまで親しい姉妹ではないですし」
姉が私の事をどう思っているのかは知らないが、私は別に姉が傍にいなくてもそこまで寂しくはない。
仲が良くないというわけではなく、単純に価値観が違うというだけ。
こういう性格だから冷たいとか言われるのだろう。
「朝子姉は私と違って寂しがり屋ですよ。友人か恋人か家族か…。誰かと常に一緒にいたいという人です。まあでもこちらの世界では一人ではないので、過ごしやすいのでしょうね」
「ふむ…。しかし朝子様はヴィンセント殿がいればいいと思うが」
すらりと発言したドグラスの言葉にヴィンセントは口にしていた茶を噴き出しかけた。
「ドグラス、な…何を言いますか…!」
「何をと言われても…。見ていれば分かるだろう。そう思わないか、月子も」
「ドグラスさん、あまりヴィンセントさんをからかうものじゃありませんよ。朝子姉は一応あれでも隠しているつもりなでしょうから」
「…隠している…?バレバレだが」
「朝子姉は、ヴィンセントさんから好きだと告白されたいのだと思います。自分からは絶対に言わないですけれどね、あの人は」
つい二日前のことを思い出してついつい笑ってしまう。
聖女の活動をどこかで終え、王宮に戻ってきた朝子姉は疲労でふらふらだった。
私にとってはダメダメな姉でも、この国とってみれば崇高な存在である聖女なのだから、疲労困憊な朝子姉を周りが気遣いのは当然として。
『聖女様、大丈夫ですか』
『お部屋にお運びいたしましょうか』
周りの人達にあれこれ心配され、にっこりと笑う朝子姉はしかし、ヴィンセントに部屋まで自分を運ぶように指示を出した。
ヴィンセントは嫌な顔をすることなく、喜んでと一言、朝子姉をお姫様抱っこで部屋まで送り届けたそうな。
その間、二人は恋人同士のように見つめ合って笑い合っていたとか。
私はその話を侍女のヘレナに聞いた。
二人が恋人なのではないかという噂は前々からあったが、これはいよいよ真実味を帯びたとかで。
でも朝子姉は聖女、ヴィンセントは護衛…決して許されることはない恋だとかで、互いに気持ちを伝えることはしないだろうと、ヘレナは顔を赤らめて語ってくれたっけ。
まるで物語に出てきそうな恋愛模様だが、ロマンチストでかしずかれるのが大好きな朝子姉ならさもありなんと思わず笑ってしまった。
「まあ、朝子姉とヴィンセントさんならお似合いじゃないでしょうかねー」
美男美女だし、とヘレナに告げれば、そうですよねと嬉しそうにヘレナも頷いた。
朝子姉はヴィンセントから告白されるのを待っているに違いない。
姉は肉食系女子ではあるが、自分から告白は絶対にしない主義だ。
相手に言わせるのが得意と言うか、相手から告白されるのを待っているタイプの女子で、しかしそれで失敗したことは未だかつてない。
ヴィンセントは真面目そうだし護衛という職業だから易々と気持ちを伝えることはできないかもしれないが、二人が結ばれる日はそう遠くないと踏んでいた。