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絶句して何も言えなくなった私の顔を見ながら、侍女さんは申し訳なさそうに丁寧に説明をしてくれた。
「まず聖女様がこの世界に現れるところからご説明した方がよろしいでしょうね」
「お願いします、お手数をおかけいたします」と言えば侍女さんはいいえと笑ってくれる。
「聖女様とは、十数年に一度の夏至の日に‘聖女の間’に現れるとされております。朝子様は五年前の夏至の日に、ご降臨されました」
「五年前に……、ご…降臨……。えっと、はい……」
は!?
五年前にこっちに来ていたと言うの!?
え、五年前!?
じゃあ朝子姉は、今は二十八歳ではなく三十三歳ということか!?
え、ちょっと待て…色々と頭が混乱する!いやしかし今の侍女さんの話が本当だとすると、元の世界とこっちでは全く時間の流れが違うということか!
私の混乱を他所に、侍女さんは話を続ける。
「聖女様とは、必ず別世界の女性です。どこの世界からどんな方がいらっしゃるかは誰にも分かりません。しかし一度ご降臨されると、‘聖女の間’に存在する異世界を繋ぐ空間は、聖女様が元いた場所と繋がることができます」
「はい、うちのクローゼットとこちらの空間は…繋がっていましたからね…」
「そうです、空間は繋がります。しかし行き来できるのは聖女様ご本人と、血縁者である方のみです。私どもでは‘聖女の間’に存在する空間を通って異世界に渡ることは決してできません。月子様がこちらの世界に来られたのは、月子様が聖女様の妹君であらせられるからなのですよ」
「……」
「そして聖女様ご本人も、いつでも行き来ができるわけではないのです。異なる世界を渡るということは非常に大変なことなのです。ですから半年に一度だけお渡りできます」
「………」
「五年前にこの世界にご降臨された朝子様は、聖女として五年間頑張っていらっしゃいました。しかし半年前に、一度だけ家に帰って家族の顔を見たいと言われ、王がそれを許しました。そして本日、半年経って朝子様がご帰還されたのです。月子様を伴って」
一通りの説明を受けた後、深いため息が出てしまった。
こちらとあちらの流れる時間が違うということはよく理解できた。
私にとっては一日ぶりでも、姉にとっては、私と会うのは実に五年ぶりだったというわけか…。そういえば今朝、父と母の顔を見てわんわんと泣いていたっけ…。母が「いい歳して大泣きして何なの」とか言っていたが、その裏にはこういう理由が隠されていたのかと納得する。
「ええと…、もう一度整理させて頂くと……。何をどうやっても、私はこちらで半年間過ごさないと元の世界には帰れないってことですね…」
「………はい…」
「………ええ、ええ…。よく分かりました……。ああ、姉を思いっきり罵りたいです………!」
本当に、心の底から姉を罵倒したい。何を勝手なことをしてくたんだあの人は!確かにこっちの世界に興味がないわけではないが、私は今すぐに向こうの世界に帰りたいのだ!
そして五年経っているとかちゃんと説明してくれればいいものを!どうしてそういう大切なところを全く話さないのかあの人は!
「はあ……。姉とは意思疎通がいっつもうまくいきません…」
「………えっと…」
私の独り言で侍女さんを困らせてしまったようだ。
しかしこちらとあちらを繋ぐ「道」が開かれるのは次の半年後。改めて絶望的な気分になる。
「帰って来られるならばいつでも帰ってくればいいじゃん」とか思ってしまって、脳味噌ないなんて思ってごめんよ、朝子姉。それにしても、「ちょっと行こうよ~」的なノリで声をかけてきた姉に本当に!腹が立つ。何も準備して来てないし、第一私はこれから大事な試験があるっていうの!
「あああああああああああああ!」
「つ、月子様っ!?」
試験勉強しなきゃいけないのに!やらなきゃいけないこと多いのに!私にどうしろと!!!!
思わずじわりと涙が出てきて、侍女さん達がいるのにも構わずベッドにこの身を投げて叫ぶ。悔しいやら悲しいやら、複雑な感情がぐるぐると自分の胸の内を駆け巡っていた。
(朝子姉に文句の一つでも言いたい…!言いたいけれど!!)
どうせ姉の言うことなんて決まっている。「月ちゃん、頭いいから大丈夫よ~」であろう!!
「あの、月子様…。いかがされましたか」
「………いえ、あの……。すみません。しばらく一人にしておいてくれますか…?」
やんわりと言ったら、侍女さんたちは困ったような表情をした後、静かに頭を下げて部屋を出て行った。彼女たちには悪いが、今は気遣う程自分の気持ちが整理できていない。
「ちょっと異世界に行ってみよう」なんて来てみれば、まさか半年は帰れないなんて言われるとは思わなかった。
姉に思うことはあれど、ちゃんと確認しなかった私も馬鹿だ。何事も事前準備は必要なのに、それを怠った私のせい、つまり自業自得とも言えよう。
その考えに至るまでしばし時間を有したが、半年間帰れないのはもう決定事項だから仕方ない!
「…よし!メソメソするのは性に合ってないし!私は私のやれることを探さないと!」
私の良いところは切り替えの早いところだっ!いつまでも落ち込むのは嫌いだ。
ベッドの上で、一人でガッツポーズをして決意を新たにしていれば、扉がコンコンと叩かれた。
「失礼いたします。お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
先ほどの侍女さんとは違い、男性の声だった。何だろうかと思いつつ、「はい」と返事をすれば……
「こんにちは、初めまして、月子様。私は朝子様の護衛のリーダーで、ヴィンセントと申します。朝子様の妹君がいらっしゃっているとお聞きしたので、こうしてご挨拶に参りました。以後、顔を合わせる機会が多いとは存じますが、何卒宜しくお願い致します。勿論、あなた様の事も我々護衛がお守り致します」
「同じく、朝子様の護衛を務めます、ディティスです。お会いできて光栄です、月子様」
「同じく、護衛のサミエルです。敬愛なる朝子様の妹君にお目にかかれて光栄です」
なんと、入って来たのは超絶美形の男性たちだった。
腰には剣を下げ、白い服はどこからどうみても宮廷騎士のような感じだ。歳の頃は二十歳~二十五歳くらいか。三人とも美形だ。え、これ全部姉の護衛なの?
アイドル級の美青年を前にして、流石の私もうろたえる。今しがた、やっと気持ちを浮上させたばかりだというのにこんな爆弾を投げられたような出来事と遭遇するとは思わないっていうの!
「ご丁寧にありがとうございます…。月子です。あ、私に‘様’付けはいりませんので。月子か、もしくは名字の山井って呼んで下さい」
聖なる力を持っている姉と違って私はただの付き添い。「様」なんて言われる身分ではない。
そう言えば三人とも困り顔になるが、文句は姉に言って欲しいですわ。その中で堂々と私の前に立ったのは、見たところ二十五歳くらいの、ヴィンセントと名乗った護衛のリーダーさんだった。
「では月子とお呼びします。以後、よろしくお願い致します」
「ヴィンセントさん…でしたね。はい、よろしくお願い致します。あ、でも私は朝子姉と行動を共にすることはほとんどないと思いますから…どうぞ私にはお構いなく!」
シャシャっと手を横に振って笑えば、彼らの顔がまた止まる。しかしこれは真実だから予め伝えておくべきことだろう。私は姉と決して仲がいいわけではないのだから。
「……こう申し上げては何ですが…」
ぽつりと言いだしたヴィンセントという青年に、私はにっこり笑って口を開く。
「似ていませんでしょう?姉と」
そうずばり言ってやれば苦笑される。ええ分かっていますとも。私達は似ていないのだ。顔が、と言うよりも雰囲気が。姉はふわふわ系で、男が好みそうな優しげで可愛らしい感じだから。一方で私はクールで、第一印象は「怖い」と言われることもしばしば。ずけずけと言いたい事を言うから更にそう思われるらしいけれど。
「ま、それはともかく、半年間はここにいることになりましたので。以後よしなに」
まだまだ虚を突かれたような顔をしている三人に対して、ペコリと頭を下げて挨拶をした。
その後すぐに知ったことだが、姉には二十人の専属護衛がついており、誰もが美形だった。
つまり姉は逆ハーレム状態なのか…と遠い目をしてしまったが、ちやほやされて彼女は嬉しいだろう。
そのうちのヴィンセントというあのリーダーの青年を、姉は一番気に入っているようだ。
年が近いせいもあるのか、それともヴィンセントが美形だから気に入っているのか。常に熱い視線を送っているからすぐに分かった。ヴィンセントも気付いているのかそうでないのか分からないけれど、ニッコリ笑って姉の相手をしているからまんざらでもなさそうだ。
後々聞いた話によると、姉は護衛の中から結婚相手を選んでもいいとのことだ。
別に強制ではないけれど、あの調子だとヴィンセントに迫りそうだな…と個人的に予想している。ふわふわ系の姉だが、恋愛には肉食系なところがあるから。